たいとる : 『昔々ある所に、性格の複雑に屈折したダークナイトと、やることがちょっと大博打なグリーンランタンがおりまして』
ながさ :短い×116-121
どんなおはなし :ブルース様の彼ぴが死んでる件。
いつ頃の :モリソンさんとかマーク・ウェイドがJLA書いてた頃。 つまりハルはスペクター。サイトにあるこっちの話と同じ世界。 こう見えて和解済み。

スペクターとかパララックスについてはこっちでもちょっと言ってますが、だいたい↓

【パララックス】
超強い。 頭おかしい。 グリーンランタン隊を全滅させた張本人。 頭おかしいというか、キレちゃった末の色々手遅れ。
最終的には地球を救って死亡。 中の人はハル。 『FINAL NIGHT』の最後がふるえるほどかっこいい。

【スペクター】
超強い。 不思議謎存在懲罰天使。 躁鬱が激しい。 姪溺愛。 死んでる。
なんかデカイ。 気付くとデカイ。 良く蝙蝠から頭が高ぇと言われる。 死んでるわりに元気だけど一応死んでる。 中の人はハル。

ちゃんとした情報はwiki先生とかcomic vineでも見ればいいんじゃないかな!
ちなみに今回のネタ元はJLA#35とかJLA/THE SPECTRE: SOUL WAR ただそこらへんの事件は既に解決済みな気分。


ちゅうい :スペクター/蝙蝠 腐向け。そういえば。



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116.恐怖! 彼ピッピ死んでるッ


どこのメディアも知らないが、ゴッサムの名物大富豪ブルース・ウェインには、実は彼ぴっぴがいる。
恋人と言えるほど誠実な関係でない、吹けば飛ぶような馬鹿馬鹿しさ。
けれども、ぴっぴはまず見た目が悪くない。
美形と出会う機会なら掃いて捨てるほどある大富豪の審美眼にも充分堪え、はっきり言えば好みの顔だ。
黙っていれば、という条件つきで、殴り飛ばしたい衝動に駆られる時の方が遥かに多いにしても。
セックスの相性も悪くない。
吹けば飛ぶ関係ながら今日までずるずると長引いているのは、結局そのせいかもしれない。
それでも、おそらくは、それだけでなく。
(縊り殺したくなるほどの)意志の強さや、存外ものをわかっていて、面倒見の良いところ、
その正気を、どこかで頼りにしていなかったとは言えず。
(だからこそ今でも彼は激怒する。)
ともかく。
ゴッサムの名物大富豪にしてゴシップ界の至宝であるブルース・ウェインには、
表沙汰にならないだけでれっきとした彼ぴっぴがずっと存在している。
カードよりプレゼントより拳と拳の殴り合いが多いけれど、
眠るのは一緒のベッド。 ブルースを寝かしつけるのはぴっぴの役目。
しかし問題は、この彼ピッピが死んでいることだ。









117.まんじゅうこわい


熱の塊に身体の真ん中を貫かれ、引き抜かれるのだから、声が出るのは仕方ない。
枕に顔を伏せていたはずがいつのまにか上にハルがいるのはどうしてだ。
至極簡単な問いはブルースの思考上、水面に投げた火花の一瞬。
惚けたそれに精妙さなど欠片もない。
大脳基底核における熱融解。
眼窩の裏では星が散る。


目蓋を伏せるのは死が訪れた時だけ。
という信念でもないが、ブルースと睡眠はまるで縁が無い。
一日15分程度の休息だけで事件を追い続け、気付けば七日目になっていたという事態がざらにある。
彼にはそれが可能であり、そして状況がそれを必要とする。
しかし、彼を幼い頃から知る執事の指摘するとおり、やはり彼は、重度の睡眠障害なのだ。
どれだけ待っても訪れない眠りを待つ暗い寝所、意識は闇を見据えて冬の凍気のように冴え渡り、
あまりに非生産的な時間に彼は疎ましさしか感じておらず、結果ますます睡眠を遠ざけるようになる。
そんなブルースを、薬物を用いず眠りにつかせる、現在のところ最も簡便かつ効果的な方法は、ハルとのセックスだ。
ただの性行為が健常者と同等の長さの自然な睡眠をもたらす。
意識ある限り精密機械のような思考を止めることがなく、止めることが出来ず、
覚醒状態を手放すことに忌避すらおぼえる彼であるから、驚くべき効果と言えるだろう。
そして、睡眠とは結局、人間に不可欠のものだ。
ある日偶然その発見に至って以来、彼が眠らねばならない時、そこにはハルがいる。
ブルースが眠ることを完全に放棄し、ハルがハルであることを止めた頃を除き、今でも。

その今、ハルは死んでいる。
全く死んでいる。
死体すら無い。
在るとすれば太陽の中だ。 ブルースは確認していない。
けれども、ハルはここにいる。
指を伸ばせば慣れた温もり、その手に肌をなぞられると胸がざわめきだす。
ひりつくような痺れが身体を巡り、奥の方から熱が込み上げてうねり、なにか酷く、飢えていく。
手や足は言うことを聞かず、ただそれを求めて動き、爪を立て、声が出る。
思考は崩落し、論理的な言葉など出るはずがない。
一つの名前を繰り返したとして、聞く者も一人しかない。
それがハルでなくて、何なのか。
だから、ブルースは今、正体の知れない何かとセックスしている。
奥まで貫かれ、揺さぶられ、意識の裏側で底のない暗闇が口を開く、恐ろしさ。
嘲った瞬間、突き上げられて恥知らずな声が漏れる。
そういう勘の良さに腹が立つ。

死んでいる、では表現が足りないのなら、ハルはもう人間でない。
人間でなくても、犬や猫、路傍の石でもブルースは構わなかっただろう。
けれども、ハルはそんなものですらない。
この宇宙における存在のあり方を、超越している。
それを表す言葉なら太古から存在するが、ブルースはそれを口にしようとしない。
したとして、正しく理解出来るとも思わない。
理解出来ないものがあるということを、彼は勿論知っている。
それを受け入れ難くさせ、憎悪すらさせるのは、ただの彼の感情であると、
わからないわけでなく、彼自身、少し驚いているのだけれど。

なのに、夜の終わりの暗い底。
彼は溺れる人のようにハルを求めている。

酸素を求めて喘ぐのは完全なる不随意。
打ちひしがれるような快楽も、前立腺の刺激による培われた反射、生理現象に過ぎない。
そんなものが彼の思考を断ち割り、磨り潰し、霧散させる。
そんなものを、彼は必要としている。
不条理だ。
しかし、最も不条理であるのは、

思考の暗澹の、水底から星を仰ぐように、目を明ける。
琥珀に濡れる視界に一人の男。
それはハルでなければならず、
ハルが良く。
その眼に、今この時だけのかぎろいを見るのが、
焼けた刃のように心地良く。
落ちぶれたものだ。
お互いに。


苦笑か嘆息か、唇で描いたやわらかさを、気付くことのないブルースは、
自嘲のつもりでねだってみる。

「中で出せ」

閨の秘密は二人だけ。


















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わりと長いお付き合いなんだけど、ジェイソン死亡前後で一度切れ、パララックスで蝙蝠激おこ。
でSOUL WARのあたりかINFINITE CRISISで和解というのがこのサイトの推奨設定です。
まあ、問題はその二つが相容れないということですが……。











118.The Butler Did It.


アルフレッド・ペニーワースはウェイン家の執事である。
執事の仕事は多岐に渡る。
その大きさにも関わらずメイドを置かない屋敷の維持、主人の身の回りの世話、
ウェイン家の現当主は極めて多忙の人で、秒刻みのそのスケジュールもやはりアルフレッドが管理する。
(主の一言でその日の予定全てをキャンセルするのも慣れたものだ。)
執事は“家”を預かる。
主の私生活に影のように寄り添う彼は、主がデートの最中に置き去りにした女性には代わって豪奢な花束を贈り、
主と一夜を過ごした女性のドレスはクリーニングをして、目覚めよりも前に完璧な状態で部屋に戻す。
彼女達の誕生日にプレゼントとカードを手配するのもアルフレッドだ。
聡明な主は、彼女達の誕生日も嗜好も記憶しているだろう。
しかし、それらを思い出すことはおそらくない。
死体や凶器、裏切りが、主の興味をひかない限り。

伝説の数々あるウェイン家の中でも、現当主は少々、変わっている。
しかし、アルフレッドは彼の執事である。
そして、

「おはよーゴザイマス、アルフレッド」
「お早うございます、ジョーダン様」

主の友人の胃袋を掴んで離さないことなど、造作もない。
支度の調った食堂に現れたのはハル・ジョーダン。
一時姿を見せなかったが、このところまた屋敷を訪れるようになっている。
客室は使わず、主の寝室に直接入るのも以前と同様。
主に思い出されることのない女性達も、ハルも、寝室に招いたのは主の意志であり、アルフレッドに是非はない。
だが、ハルは確かに、彼女達には出来ないことをしている。

「お早うございます、ブルース様」
「…………」

ハルの後ろからぼんやり現れたウェイン邸の主が、いったい何と答えたのか、それはアルフレッドでもわからない。
辛うじて唇が動いたのは見て取れたが、果たして声帯はどうだったのか。
両目はほとんど明いておらず、同じくらい意識も覚醒していない。
シャワーを使ったはずなのにそのガウンの下はまたパジャマ。 この後もう一度眠るつもりだ。

あのブルースが、青空の爽やかな日曜日、昼近くに寝床を離れ、食事の後に二度寝しようとしている。
休息を取らせることがアルフレッドのどの仕事よりも困難である、ブルースが。

主と客人を席につかせ、食事が始める。
一分の隙もない給仕をしながらアルフレッドの観察は続く。
ハルは食べ振りが気持ち良い。 何を出しても喜んで頬張る。
それに対してブルースは、アルフレッドが長年仕える主は、まず物を食べない。
食べねば体力が落ちることは理解している。 平穏な日であれば彼も人間らしく食事をする。
しかし、他に優先すべきことがあると考えた場合、主は己が人間であることを易々と忘れ去る。
催促しても時間を取られることを煩わしがるので、用意するのは片手で口に運べ、すぐに食べてしまえるものに限る。
でなければ、夕食の料理をまとめてミキサーにかけてほしいと言い出す。
たとえ元は自分の作った料理だろうと、そんな吐瀉物色した液状物体をブルースが口にするなど、
誰が許そうとアルフレッドは絶対に許さない。
けれども、ブルースは今、
静かに、穏やかに、食事している。
相変わらず両目は明かず、黒髪はタオルでおざなりにしたまま。
その表情に、押し殺した焦燥や研ぎ澄ませた刃のような緊張はなく、暖かな陽だまりに佇む人の平穏。
それがアルフレッドの心を優しくさせる。
だから彼は、ちょうどその時ハルに何が起きたのか、わからなかった。
客人はとうに食べ終えていた。
お代わりをし、それも綺麗に平らげ、食器を片づけると、まだ当分かかりそうなブルースをからかっていた。
それが、

「あ、やべっ」

唐突な声にアルフレッドは慇懃且つ厳格な眼差しを向ける。
若年者の出入りする屋敷でFワード等卑語は慎んでほしい。
しかし、苦情を申し出るより早く、客人は消えてしまった。
その姿が煙のように薄れて揺らいだかと思うと、席にはもう何の痕跡も残ってない。
まるで最初からそこには誰もいなかったように。
完全な消失は、一秒も掛からなかった。
アルフレッドは、客人が驚いた様子で口を開き、主に声をかけようとしたのを、見たような気がした。
その声が言葉として伝わることはなかったが。
誰もいなくなった席に、主はようやく少し首を傾げ、微かに眉を顰め、
目蓋を上げた霞の天藍。

「落ち着きのない……」













++++++++++++++++++

ドレスクリーニングはほんとにやってた。












119.王子様ゲーム


ゴッサムシティの歌って踊れる大富豪、ブルース・ウェインは、
女性が選ぶ結婚したい独身セレブのランキングで常に上位に入る。
どこが調査したのか男性が選ぶランキング『掘られてもいい、むしろ抱いてほしい』にも入っている。
だが、浮き名が絶えないとはいえ、世界有数の資産家にして慈善家、ピューリタン時代から続く名門の家柄の、
最後の男子でありながら、未だ配偶者を持たないのは、死んだ彼ぴに操を立てているから。
ではない。
ブルースは、自分と関わったことで不幸に見舞われた人間の数を承知している。
彼は取り返しのつかない過ちを幾つも犯し、或いは気付くこともないまま他者の人生を破滅させた。
そんな彼を、まだ見捨てずにいてくれる人々がいる。
けれども、ブルースはきっと、彼等を幸福には出来ない。
そんな自分を変えられない。

その点、ハルは良い。
ブルースが何をしようと、ハルにはもう、過去も未来もない。















120.SAMHAIN


つい先日劇的な和解を遂げたはずが、バットマンとハルの冷戦はまだ続いている。
一方的にブリザードが吹き荒れるのはいつもブルースの方で、ハルは相変わらずハルなんだけど、
被害を受けるのは間にいる自分だから、困るんだよなあ、とカイルは思う。
何か頭のおかしな事件が起こって、それで“スペクター”がウォッチタワーに来ていたりすると、
それを見たバットマンはまずカイルの方をじろりと睨んで、何でコイツがここにいる、と無言で責める。
いつのまにかカイルは“ハル担当”みたいになっていて、まあたしかにグリーンランタンだからそうかもだけど、
でも事件を起こしたのはハルでもカイルでもないし、協力した方がずっと早いのはホントで、
だから、もうちょっと、仲良くしてくれればいいのに。
ブルースがああいう性格なのは知ってるし、“パララックス”のやろうとしたことが正しくなかったのも分かる。
でもハルは、正しいことがしたかった。
あの頃も結局、悪い人だと思えたことが、一度もない。

「つか、俺ここでどうすればいいのー?!」

叫んでみる高度2400mの快晴。
眼下は蛇行するミシシッピ川。 河岸から広がる街が空を反射してきらめく。
見渡して、羊雲がぷかりとのどか。

「妙な事件が起きてる様子は無いし、“地磁気の局地的な乱れ”とか言われてもここら一帯そうだし、
 セントルイスはちっちゃな街じゃありませんー。 どこに出るのかもっとヒントくれないと、」

探せない、と続けようとしてカイルは愕然とする。
突然“見えた”。
彼の真下、広域人口が300万人に迫るその中心で、何かが蠢いている。
とてつもなく巨大な“何か”が。

「デカすぎっ」

カイルの思考にリングが反応する。
その範囲凡そ200平方km、セントルイス市が完全に飲み込まれる。
だが、奇妙なのはそれが“どこに”いるかだ。
地表ではない、地下でもない。 コンクリートとアスファルトの街並みを“透かし”、その下に見える。
まるで、群れ動く影で濁った水面の上に都市が浮かんでいるように。

「キモイキモイキモイッ絶対オカシイでしょコレ?!」

動いている。
一つの巨大な塊に思えた“それ”は、実際にはもっとずっと小さな“何か”が犇めき狂いあい、
“こちら側”に湧き出ようと身を捩じらせている。
リングが即座に地上の様子を探る。
際立った異常は見つけられない。
地震は発生しておらず、警察無線は交通整理で忙しく、なにか賑やかに人々が溢れる街全体の雑踏。
その足元がどうなっているのか、まだ気づいてない。
大き過ぎて地上からは分からないのかもしれない。
垣間見えているのは異次元か別宇宙か。 もしも、“境界”が無くなってしまえば。
カイルは、冷たい塊が喉奥を塞ぐのを感じた。

「……ホントに何か起きたけど、こんなの聞いてない!!」

喚いて解決しないことなど知っている。
瞬間、振り仰ぐ天頂。
光が翳る。

「ハ、」

来る。
カイルは本能的に右腕を頭上へ掲げた。
だが、“それ”は物質でない。 通り過ぎていくその感触に背筋が凍えたとして、“それ”は実存するのではない。
彼が眼下の光景に気付いた時、巨大な“影”は既にセントルイスに降り立っている。

「こっちもデカッ」

“スペクター”
愚者に鉄槌を下す“怒りの御使い”が、亡霊のようなその手を地上に差し伸べる。
すると、暗く蠢く水面のように見えた大地は、蜃気楼が溶け去るように元の街並みへと戻る。
そして、スペクターの姿も消えていた。
ぐるり見回す蒼穹。
リングは相変わらず異常がないことを伝える。

「ハル?」

その時、激しい衝撃が彼を揺さぶった。
身体中の細胞が突然滅茶苦茶なことをし始めたような嘔吐感。
それは一瞬で消えてくれたが、カイルは、その感覚が何であるのか知っていた。
“何か”が空間を歪ませたことによる重力震。
三次元宇宙の鼓膜を叩き破る狂ったようなグロッケンシュピール。

「ヤバイ何か分かんないけど“こっち側”に影響してきてる!」

地上の街は陽気な日曜日、大通りの人、人、人は、思い思いの仮装で。
怪訝そうに顔を見合わせた束の間を、浮き立つような喧噪が忘れさせる。

「くそ、ハロウィンかよ!? 早いだろまだ昼間!
 避難っ、て街ごと全部かッ?」

一つの都市を周辺の大地諸共抉り取って移動させる程度なら難しくない。
けれども、そのことが干渉となり、先程のあの“境界”をこちら側から壊してしまったら?

「無理! これ一人じゃムリですッ ハイ全員集合!!」

さっさと来てね! とウォッチタワーへ叫びながら、カイルは出来ることをすべく地上に向かった。















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セントルイスにうらみはない。
響きが強そうグロッケンシュピール。
カイルくんは普段そう簡単に無理とか言わない。
でも言っていい相手の前だと言う。 蝙蝠に何か言われると五回のうち六回は無理と答える
そして結局やりとげる。















16章26節.


「もしソドムの町に正しい者が五十人いるならば、その者たちのために、町全部を赦そう。」















121.目覚めよと呼ぶ声が聞こえ


白雪姫の女王と、眠れる森の魔女が、手に手を取って見つめ合い、
道ゆく人に光やわらかにふりそそぎ、幻想の日曜日。

すげぇなあそこ、ディズニーヴィランズ揃ってる。

ぼんやりとそんなことを考えながら、ハルは雑踏の中に立っている。
向こうからやってくる、これから狩りに行くのだろうプレデターの一団。
立ち尽くす彼を通り抜け、通り過ぎ。
ハルは空気のように余所見。
あちらにはマリリン・モンロー、そちらにはギロチンの露と消えたフランス王妃。
まだ宵でもないのに亡霊達が浮かれ騒ぐ。

何してたんだっけ。

どこかにいて、何かをしていた気がする。
それが終わって、それから、どこに。

ふと聞こえたのは、懐かしい名前。
小さな魔法使い達がバスケットを手にはしゃいで通り過ぎていく。

“ジャスティスリーグ”

知らぬ間にハルは微笑んでいる。
だんだんと自分を思い出す。
“スペクター”のことを思い出すのは、面白いことではないけれど。




豊饒のミシシッピ川渓谷に暮らしたカホキアの人々は、かつて“悪霊の日”を畏れた。
星がその日を示す月の夜、彼等は戸口の前に聖なる炎を焚き、決して表を覗かないようにした。
その夜は、星の向こうから見えざる者達が訪れ、月明かりに影を踊らすのだと。
そんな祭祀も、彼等と共に消え失せた。

ブラッディヒルで胸に銃弾を受けた男は、間もなく絶命した。
息を引き取る前に男が思ったのは、父母と妻子と戦争、言葉一つ残さず死んでいく自分。
それは悲嘆でなく、嘆く力も既になく、祈りはただ、茫漠の枯野、血飛沫、翳っていく空を。
真摯な混濁は、どこに届くあてもない。
はずだった。

ウィルソンズ・クリークの戦いから約150年。
おそらくは慈悲の心で、“神”はぶらりとセントルイスに現れた。
てきとーな話だ。
(と思うが、ハルも人のことを言えない。)
宇宙を持たず、次元の狭間を流浪する“神”。
通りすがりに見かけた、石ころみたいにちっちゃな惑星で微生物が共食いする姿を、哀れに思ったらしい。
らしい、というのがそういった高次元存在の困ったところで、思考概念を始め何から何まで懸け離れている。
が、どうやら“悪意”からではなかったらしい。
人類を殺し尽くそうとしたのは。
(たとえば、失敗した実験の、試験管の中身を処分し、新しくやり直そうとするような、)
(罪穢れの無い永久楽土、それは、“神”の眼には如何にも容易い悲願。)
(ハルは生憎、その視界を良く知っている。)
元の世界に穏便に帰ってもらうため、この地に“救済”は必要ないと証明せねばならず、
通りすがりのジャスティスリーグが(“スペクター嫌い”の姿がないのは当然として、)助けてくれて良かった。

けれど、すこし、つかれた


秋晴れ、鮮やかな青の高度、空路は南南西に銀
黄金の街路樹の下、日曜日の人々は、まるでパレードのよう
楽しげに通り過ぎていく景色を眺めているのもいいけれど
突っ立っているのも飽きたような気もするけれど
どこに行けば


ますます酷くなる混濁の
何故かもハルは思い出さず
道行く人は虹色の影
夢現の十字路の、どちらが過去でどちらが未来か
時の終わりから劫初までを見通した時、全てが見えたような気がしたのは
今、見えるのは人の罪

正しい者、正しくない者
殺した者、殺された者、人に与えた者、人から奪った者
生まれて死んでいき、これから生まれくる者は皆、人に明かせない罪を犯す
秤にかけることが出来ず、飲み込んで臓腑の底に隠し、墓の下まで抱えていく
人が人である限り、果てのない業

だが、その業は人が己で背負うべきものであると、“神”に赦させるのも、人でなければならず
真実、ジャスティスリーグは人々の希望なのだ
彼等がいなければ人類は今日、“神”の瞬きと共に消え失せたかもしれない


(この世の全ての不条理の、根幹を断ち切りたく、“パララックス”は、)
(ハルは一度、宇宙を消し去った。)
(それはとても簡単なことだった。)


ハルは人でない
人であることをやめた
どう贖えばいいのか、今もわからない




漠々とした心細さに、見失っている、とは思うが空疎、今がいつでここがどこか、尋ねようにもハルは死んでいる
街に溢れかえる人の誰もハルのことは見えずハルはハルで何を見ても罪しか見えず
三世無限、一縷の絶え間もないその罪咎、いったいどれがだれなのか
だいいち、ハルはハルがわからない
ハルはどこにもいない
どこに行くあてもない




しかし、彼は何故か、ぷらりと歩き出す。
風に漂う綿毛、傍らを遥かに流れゆく罪の色は白、黒、菫、藍、青、緑、黄、橙、赤。
咎人の大地の雑踏は、なにか幸せそうですらある。
けれど彼は目をとめた。
否、“それ”が彼の目玉を縫い付けた。
ハルを睨む眼差し。
まるで、この世にこれ以上など無いというほど、不機嫌な。
ハルは近寄ってみることにした。
そこに、黒いゴーグルをした長身の男が立っている。
立襟のスーツとフェドーラは渋い藍鼠。 同色のケープが肩から流れる。
大昔のテレビドラマ、子供の頃弟と見た、正体を隠し正義のために戦うヒーロー。
そういえば、今日はハロウィンだ。
なかなか良い出来の“グレイゴースト”は、喧噪を隔絶する静けさ、
ゴーグルで隠す眼差しが、月下の白刃のように冷たく冴えるのが、

エロい。

ハルは自分の感性に、ん? と首を傾げた。
なんだかよくわからないのでもっと近づいてみる。
その顰め面に鼻先を寄せて、たしかめる。
なつかしい、におい。
深い夜霧、石造りの古い街並み、摩天楼に轟く雷鳴、
湿った路地裏の欠けたネオンサイン、甘ったるい煙草と香水、ばら撒かれる薬莢、
壊れた街灯に死体は吊るされ、下水道で腐乱していく腕と脚は数が合わず、
コンテナに詰め込まれ子供達は声もなく売られていく。
ありとあらゆる汚濁と醜悪を、胎の中に宿す街。
その心臓で、ひらひら、小さな蝙蝠が。

「ジョーダン」

いないはずの死霊の名を呼ぶ声。
冷ややかな侮蔑と憤怒と、鉄槌のような確信の響き。
ハルは笑わずにいられない。
(そして実際、その唇に噛みつきたい。)

「……おまえホント、俺のこと大好きだろ」

“通りすがり”のジャスティスリーグ?
スペクターのことを誰よりも忌み嫌う奴が、気に食わなければ神も悪魔も殴り倒すコントロールフリークが、
ハルの不始末に備えておかないわけがない。

「ジョーダン、その姿を、止めろ」

麗らかな午後の煉獄、魑魅魍魎の跳梁跋扈。 “本物”が混ざっていたとして、誰に見咎められるわけでなく、
けれど、どこにもいないはずのハルは、いつのまにかそこにいる。
目深に纏う罪人の暗衣の内、曖昧模糊とした虚ろが、守るべき全てを裏切って死んだ男の姿になる。
やがて、ハルはハルに。
かつてコーストシティと呼ばれた、地上から消え失せた街の、その青空を銀翼で駆け抜けた頃の、
今はもう、どこにもいないハル。

「ジョーダン、じゃないだろ。
 昨日あんだけ何度もハルって呼んでくれたのにー?」

わざとらしく言ってやるのは、それが愉快だから。
ゴーグルの向こうでブルースがじろりと睨み、冷然と鼻先で嘲るのも。

「記憶に無い。 それはお前の錯誤錯覚錯綜錯節錯迷錯乱だ。
 そんな分裂した男が“スペクター”かと思うと甚だ不安でしかない。 人類のためにもう一度死ね」
「もうとっくに死んでる奴にもう一回死ねとかおまえバカなの?
 つか何そのカッコウ、何そのコスプレ、いつもので充分コスプレなのにハロウィンは特別なんだ?
 かわいーからアメちゃんやる」
「ハロウィンは、嫌いだ」
「絶対ぇ嘘だろ」

もちろん、ハルは理由を推察できる。
バットマンはスペクターの事件には徹底的に関わりたくない。 この場にいたくもない。
それでも、ジャスティスリーグを動かしておいて自分は素知らぬ顔、というのは出来ず、
昔からそういう奴だった。

「触るな」

その仏頂面を直接拝もうとゴーグルに伸ばした指を払い除けられ、
ハルがもう一つ悟ったのは、ブルースはたぶん、今日の“グレイゴースト”を気に入っている。
本気で飴玉でもやりたくなる。

もう一度差し伸べる手は、気性が荒く敏感な人食い蝙蝠を刺激しないようにゆっくりと、
ゴーグルにではなく、その頬に。
両掌で包み、そっと傾ける距離は零。
暗い紗の向こうから真っ直ぐハルを貫く眼差しは、ハルの罪を永遠に赦さないだろう。
けれど、引き結んだ唇は触るなと言わず、逃げもせず、
淡くかさねる、ただそれだけのくちづけは、なんだかそこらのティーンよりも清廉で、
笑ってしまいたくて、上手く笑えないのもわかっている。
その唇が、微かなためいきのように、音のない言葉で囁く。
その音色を知っているから、資格もない誓いをしてみたくなる。

全く、死んでる場合じゃない。


「……とりあえず、セントルイスって何が食えんの?」


















+++++++++++++++++++++++++++


おつかれさまでした。

グレイゴーストはアニメの方の設定なのかな? 幼少のみぎりのぼっさまが夢中だったヒーローね。
ところで、カホキアにはもちろんそんな伝承はないしブラッディヒルはセントルイスじゃない。
ジェフ・ジョンズの蝙蝠はわりと頑なにジョーダンなんだけど、SPECTREのデマティスはジョーダンだったりハルだったりするのが乙女心の揺れみたいで面白いです。
SPECTREにしろIDENTITY CRISISにしろ、読んでると結局スペクターにあるまじきクソポジティブなので、生き返るつもりあったんだなあと思う。
途中の引用の創世記は日本聖書協会の『聖書 新共同訳』より。 アブラハムが十人まで頑張ったけどやっぱりダメだったwww のあれ。
ちなみにソドムは若かりし頃のマット先輩が滅ぼした。 その後べろんべろんに酔っ払った挙句べんあふと駆け落ちしたのが『ドグマ』です。




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