たいとる : 『結局は、犬も食わないお話で』
ながさ :ほどほど
どんなお話 :今日もバットマンはスペクターに腹が立って仕方ないんだってさ。
・スペクターって何? という方は、時々役立たずだけど基本的には宇宙最強存在の一つだよ。 中の人はこのお話ではハルだ。
・JLA(1997~)の前半のつもりなんで、GLはカイル、フラッシュはウォーリー。
・この時期と言えばちらっとジェイソン・ブラッドが混じってたりで楽し。
ちゅうい :最終的に腐向け。 スペクター/蝙蝠。
良い子の15歳以下は見ちゃだめだ! この二人、パララックスの前からデキてたよ。
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その日、ウォッチタワーのミーティングルームは、何故だか入口が西部劇の酒場のそれに変わっていて、
両開きの木の扉の質感、蝶番の軋みも正にそのもの。
グリーンランタンというのは、地球出身の四名だけを見てもリングの使い方に差があるが、
特にカイルは、全く必要のないような細部にまでこだわる。
否、意識すらしてないのだろう。
バットマンは、酒場の扉をじろりと一瞥。
砂塵舞う町にふらりと現れた死神のように、ぎぃっと押し開けた。
わざと音を立てたのは、警告だ。
「やべっ、」
案の定、中にいた赤いカウボーイと緑のカウボーイは、酷く慌てたようにテーブルの上を隠そうとする。
積まれたチップと伏せられたカード。
どれもカイルが作ったものなのだから、やましいと思うなら消去すればいい。
が、そうと口にせず、バットマンは横を通り過ぎようとする。
ジョッキの中身が本物のビールでない限り、ポーカー程度でいちいち目くじらを立てる気はない。
(彼自身、ウォッチタワーでカードゲームをしたことが、全くないわけではなく。)
今日はコンピュータの調整をしに来ただけだ。
しかし、
「動くな」
低い、断ち落すような声に、ウォーリーとカイルが硬直する。
世界最高峰の探偵は、その冷徹な眼差しを、ジャスティスリーグがミーティングに使う円卓に注ぐ。
今、部屋の中にいるカウボーイは二人。
テーブルに伏せられたカードは、三組。
椅子の一つ、つい先程まで誰かが座っており、そして立ち去ったように横を向き。
「あー、バットマン?」
何か言おうとするカイルを無視し、黒いグローブの指は、消えた三人目のプレイヤーのカードを開く。
スートの揃わない、75432。
役も何もない。 勝負になれば必ず負ける。
にもかかわらず、この誰かは賭けるチップの額を一気に吊り上げている。
「あっぶねェ、降りるとこだった!」
「俺は受ける気だったけどね?」
などと喋り出した二人は、バットマンの一言で再び凍り付くことになる。
「ジョーダン」
リーグのメンバーだけでなく、彼を知る人間なら誰でも心に留めておくべき注意が一つある。
それは、バットマンの前でハル・ジョーダンの話題をしてはならない、ということだ。
うっかり口を滑らせた途端、ただでさえ機嫌の宜しい日などないダークナイトは、
周辺空間が氷点下の嵐と化し、周囲の人間は24時間そのプレッシャーの中で活動することを余儀なくされる。
バットマンにとって、ジョーダンは、敵だ。
生きていようと、死んでいようと。
「あれは、良くここに、顔を出すのか」
その問いには一切の情動が無かった。
氷のような眼差しに貫かれた二人は、両の手の平を見せて固まったまま、こくこく頷く。
「先週は一人で大負けしてた」
「で、その前は俺もカイルも全部巻き上げられた」
ダークナイトの沈黙は、冬に閉ざされた極北の暗夜のよう。
ウォーリーとカイルはテーブルの下でお互いの足を蹴り合う。
これでバットマンは、彼の知らぬところでハルがウォッチタワーで寛いでいることを知った。
「……あれは、どこに消えた」
その言葉に、赤いカウボーイと緑のカウボーイは顔を見合わせる。
「なんかちょうど今“仕事”が入りそうとか?」
「それに、ブルースと鉢合わせすると機嫌悪くなるからって、痛ッ!」
カイルの後ろ頭をフラッシュは思いきり叩いた。
しかし、もう遅い。
二人の前にいるのは、普段の無愛想が穏やかな木漏れ日にでも思えるような、暗夜の騎士。
その相貌は、漆黒の仮面が表情を隠す。
なのに、何故人はそこに、凍てつく憤怒を見るのだろう。
“パララックス”として、宇宙を無に帰し、新たな宇宙を創造しようとした男は、その命を代償に地球を救った。
男が切望したものが何であれ、その罪科と共に、虚無へと葬られた。
だが、バットマンは依然、男の全存在を拒絶し続ける。
男は、“スペクター”の依代として選ばれた。
ウォーリーはバットマンを見上げ、それから意を決し、カウボーイハットをかぶり直す。
「俺、あんたら二人は、こないだので仲直りしたと思ったんだけど」
ブルースは一瞥すら無く、黒衣を翻した。
翌日、ジャスティスリーグのミーティングに、バットマンの姿はなかった。
諸事情とスーパーマンは言ったが、何の諸事情かは説明しない。
特に珍しいことでなく、疑問にするメンバーもなかった。
ただ、フラッシュとグリーンランタンは、ちらりと視線を交わす。
しかし、彼等とて何を知っているわけでない。
正直なところ、ブルースが何故あれほどスペクターに、ハルに対して冷淡なのか、まず分からない。
先日の事件でも、ハルは自分を犠牲にしてリーグ全員の命を救ったのに。
***
ブダペストの裏通りに、その古びた店はひっそりとある。
店構えは小さく、路地から中を覗こうとしても、ガラスが曇っている。
商店であるという証に、軒先に不思議な意匠の看板が揺れる。
しかし、それも目立つものでなく、文字なのかのたうつ蛇か分からない。
何も知らずに路地を歩けば、そこに店があると気付かないだろう。
同じ通りに店を構える住人も、その店のことは良く知らない。
十年ほど前には、いつのまにか存在していた。
客が入る様子は滅多に見られず、そもそも店はいつも閉まっているように見える。
が、骨董品店とはそんなものかもしれないと、周辺の住人は思い、それ以上を考えない。
付き合いが全く無いせいでもあるが。
店の主は四十がらみの男。
しかし、そのように見えるというだけで、本当はもっと若いのかもしれないし、年を取っているかもしれない。
一房銀色のまざる赤毛が印象的な、その容姿は精悍と評することも出来たが、
どこか陰鬱な影が漂っていた。
その眼には、彼の商う古物同様、人の世の巡りを離れ、遥かな時の中に身を置くものの、年経た陰影がある。
が、そうと気付くほど人は彼を知らない。
彼の名前はジェイソン・ブラッド。
名高いキャメロット城包囲戦の折、“悪魔”を地上に召喚する器にされ、
その運命から解き放たれる術を探して、はや千五百年余。
そんな彼であるから、骨董品店といっても、商売が目的でない。
ただ、長年地上を流離い、魔術の研究や超常現象の調査などをしていると、必然として、
オカルトに関する様々な品が手元に集まる。
ある者は、それらの歴史的、資料的価値のために彼の元を訪れ、
またある者は、“実用”のためにそれらの品々を求める。
よって、彼の商品は、19世紀のセーヴル焼きのティーセットよりも、
15世紀のアステカの神官が、生贄の心臓を取り出すのに用いた黒曜石のナイフだ。
都市生活の中の隠者のような彼が、流通を介して世界と接点を持つことには、利点もある。
彼の耳に入る曰くつき商品の情報の中には、市場に出回るべきでない“本物”が混ざっていることがあり、
その危険を理解してない者や、悪用しようとする者の手に渡らないよう回収することが出来る。
オカルト物品の売買は、一般市民が思うよりも活発に、広く行われている。
しかし、彼の場合は詰まるところ、無聊の慰みかもしれない。
凡そ二ヶ月半ぶりに店を客が訪れた時、ブラッドは皮肉めいた微笑を向けた。
「おや、珍しい客人だ」
地味な黒いシャツに黒のパンツ。
髪は簡単に整えただけで、端正な相貌を隠しもしないが、
メディアに露出する人間でありながら、彼は驚くほど群集の中に溶け込む。
「何が入り用だろう。 この店にあるのは概ね合法の品だが」
罪人を地の果てまで追う暗夜の騎士と、華やかな社交界の貴公子。
相反する二つの仮面を持つ男を、ゴッサムから遠く離れた異国の街で迎えるというのは、
不吉な予見めいたものを感じさせる。
彼の行くところ、隠された罪咎は暴かれ、古い血の上に新しい血が流れる。
しかし、ブラッドはからかうような口許を、すっと引き締めた。
「どうした。 またあの街で誰かが異界の門を開いたのか」
まるで、人でも殺して逃げているような顔色で、いや、とブルースは低く答える。
「調べたいことがある。 書庫を借りる」
「それは構わないが……」
その言葉が終わらぬうちに、ブルースは店の奥に入っていき、地下へと消えた。
それから既に二日経つ。
地下室に籠ったブルースは、事情をまるで話さない。
そして、どうやら書庫に保管してあるものを手当たり次第読み漁っているようだ。
紙の書物以前の羊皮紙やパピルス、竹簡や粘土板など、文章の体裁をなしているものは全て目を通そうと
いうのか、読めないものや解釈の分からない部分があると、階上に来てブラッドに教わる。
神話、異聞、儀式書、巫術……が、尋ねる中身はその都度右から左へ跳躍し、いったい何を調べているのか、
ブラッドにも見当がつかない。
そもそも、オカルトの分野に関してはバットマンは自分が門外漢であると承知している。
だからこそ、そういった事件が起こった際には、ブラッドなど知人の能力者に協力を求めてきたのだが。
今回のブルースは、何も話さない。
差し迫った事件ではない、ということなのだろうか。
しかし、それもまた妙な話だ。
余程の事態でない限り、ゴッサムのヴィジランテが、身に“悪魔”を宿す男を訪ねてくることはない。
「どうせならこの書庫の目録を作ってくれないか。 何があるのか私も把握しきれてない。
君、物事を整理するのは得意だろ」
と、声をかけてみると、うず高く積んだ書物の山から少し頭を上げ、
瞳をちらりと覗かせたかと思うと、また沈む。
地下室に籠ってから何も食べず、睡眠も取ってないようだ。
「不健康である認識は」
「慣れている」
人里離れた峻険の奥地を昼夜行軍したとしても全く同じ答えだろうが、ここは文明社会の一室。
己の領域とは異次元の知識(あるいは幻影)の海の中、溺れるように何を探しているのか。
元来、極めて冷静な人間だ。
目の前にある事象が自らの理解を超えていたとしても、それはそれとして受け止め、対処する。
適応力と集中力の高さは特筆すべきものだが、今の彼の、どこか病的な傾注は、
まるで盲者が出口のない迷宮を手探りで彷徨うようだ。
「気にしないでくれ。 君を煩わせるつもりはない」
「野良猫が軒下に潜りこんできたら、構いたくなるのが人だと思うが」
「ジェイソン・ブラッドが猫の世話か。 想像出来ない」
「するさ。 魔女の使い魔でない、尋常の猫なら」
もっとも、ブラッドに近寄ろうとする猫も滅多にないが。
野性の動物の方が、異質な存在に敏感だ。
人間の知覚は目に頼る部分が大きい。
四日目の昼、ブラッドは地下室のブルースを階上で食事させることに成功した。
パンと羊肉のシチュー、それにワイン。
ブルースは機械的に口にものを運び、咀嚼する。
その顔を眺め、糸口すら掴めてないのだろうとブラッドは察する。
そもそも、自分が何を探しているのか、彼は分かっているのだろうか。
「明日、私は出かけるよ。 暫くは戻らない。
もしこの店に誰かが来ても、まあ来ないと思うが、何も売らなくていい」
なにか物憂げにテーブルの上を彷徨っていた視線が、ブラッドに向けられる。
「商品を見てほしいと依頼されている。
象牙の彫刻で、細工に見事な技が施され、美術品としての価値もあるが、
私の関心は、その中に入り込んでいるものだ。
七十年ほど前に手に入れかけたが、その時は流れてしまった。
その後、持ち主を転々と変えていったようで、つい先日、同業者から連絡を受けた。
曰くつき専門の私に買い取ってほしいとね。 今回は、逃げられないよう注意したいと思う」
「その彫刻の中には、何がいるんだ」
「一言で言えば、死霊だな」
「人間の魂?」
「一言で言わないなら、魂と呼ばれるものは何であるのか、という話から始める必要がある。
しかし、君に言葉で説明しようとすれば、概して抽象的な表現を重ねに重ねるだけで、理解には及ばないだろう。
そういえば君は禅問答が好きだったな」
「好きではない」
深い藍色の瞳の中、何かがちかりと反射した。
「禅問答に、謎はない」
「そう、謎を謎にするものは、問う者の側にある」
ブラッドは、空になったグラスにワインを注ぐ。
唇を湿らす程度にしか飲んでないブルースのグラスにも、有無を言わせず。
「一言でいいのなら、君の聞きたいことにも答えられるだろう」
ブルースは口を噤み、眼差しを伏せる。
その瞳が微かに揺れる。
他人に表情を露わにすること自体、稀な人間が。
暫くして、その唇が躊躇いながら開いた。
「スペクターを滅ぼすには、どうすればいい」
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ウォーリーの言ってる“先日の事件”は『JLA/THE SPECTRE : SOUL WAR』
この話、リーグの全員が死亡したのをスペクターが復活させるんだけど、代わりに自分が消滅。
それについての蝙蝠の反応が、そのまま死ねばいいのに、だった!
なんでそんなに蝙蝠が冷たいかの理由は、お話の中でちゃんと説明されますけどね、最後の最後になってようやく蝙蝠もデレるよ。
にしてもあのおハルさん、蝙蝠のことどんだけ好きなのか分からない。
ジェイソン・ブラッドがブダペストにいるかどうかなんて、知らねぇ
蝙蝠と仲良いといいよね。
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