その後間もなく、ハルは宇宙に行った。
ハルが地球に戻らないまま二週間になる頃、バットマンはようやくウォッチタワーに顔を出した。
その日の定例ミーティングでは、久し振りに姿を見せた友人への真心溢れる嫌味の言葉が
口々に浴びせられたが、バットマンはまるで取り合わなかった。


一月経ち、ハルはまだ帰らない。
グリーンランタンは、宇宙を3600に分割したセクターの、それぞれの秩序維持を担う。
一つのセクターは、単純計算で49億光年を超える広さがあり、およそ4700万の銀河を有する。
憎み合っていると言えるほど、バットマンとは意見も行動も対立するが、
ハルが数々の実績を上げる、有能なグリーンランタンであることを、ブルースは知っている。
(どこにあっても逸脱する奴だ、という所感を抱いてもいる。)

両者の差異は、必然だろう。
その尺度が極端に違うのだから。

比較すると、ゴッサムという街は、子供のオモチャ箱のようだ。
ブルースは、竜と戦うブリキの騎士で、呪われたダイヤモンドの謎を解く名探偵。
カラフルな強盗団を捕まえた次の晩、美人のスパイと恋に落ちたが、
金曜日には彼女は死んだ。
舞台に幕を下ろす機械仕掛けの神は現れず、誰も彼も焼けた鉄の靴で踊り狂う。
そんな様を眺め、おっとり微笑む王子は、古代の暴君さながらに冷酷な男で。
誰にも合わないと知りながら、ガラスの靴を優雅に差し出してみせる。
そして、夜には獣が街に放たれた。
血の臭いをこびりつかせた罪人達は追われ、四肢を噛み砕かれた。



日曜日、青葉の輝く候。
オフェリアの咲いたテラスで、ブルースは遅い朝食を。
その向かいに座り、ジェイソンは学校から出された課題を広げ、
それらが魔法のように消え失せる方法はないか、思案する。
しかし、そのうちに諦めて。
未だ意識の大部分を夢幻境に遊ばせる養父に協力を仰ぎつつ、
近世英国詩人との格闘を始める。
見兼ねたアルフレッドが救いの手を差し伸べ、
恐ろしい結果に終わることだけは避けられた。

もう一月もなく、夏休みになる。
ジェイソンはその日が待ち遠しく、
くるくると指先でペンを回す青空。




いつかの煩悶は、ブルースの元から飛び去ったようだった。
その影を追うこと自体、彼には不条理に思えてならなかった。
万象は依然、彼とは違う水平に流転している。
彼は不惑の観測点であり、
それ以上でも、それ以下でもない。




そして。

星々の彼方へ飛び立って以来戻ってくる気配もなかったそれが、唐突に連絡を寄越した時、
ブルースは昼も夜もない地の底で、人狼と聖アントニウス養老院の謎について考えていた。

“一回地球に寄る。 メシ食わせて”
“あと寝場所。一日か二日。 金のかからないトコ”

モニターを見据えて沈思する彼の、多層構造を持つ意識の平面上、
170年前の集団移住と、北米大陸を中継地にする渡り鳥は、交錯すること無く。
ブルースは、ただ冷淡に。

「手が空かない」

と返答した。
彼は全く平静であり、お前にはウォッチタワーの床で充分だ、などと吐き捨てる必要性もなかった。
思考は同時に、ゴッサムで起きた毒殺事件と、消えたスクールバスを結ぶ一点を導き出す。
ブルースは、彼の持つ部屋の中から適当なものをハルに告げ、一方的に接続を切った。
時計のアラームが、日没を教える。
狩りが始まる。


バットケイブを後にした彼は、自分の選択について、考えなかった。
彼は機械的に部屋を選んだ。
彼の街でグリーンランタンが余計な揉め事を起こさないよう、
そして、バットマンの邪魔をしないように選んだそれが、
いつか彼が薄闇の中で震えていた隠れ家だと、
ブルースは気付かなかった。












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憎み合ってると言っても呉越同舟レベル。
後に不倶戴天に格上げ。
やったね!

途中のあれこれは今日も適当ぶちかましておりますが、単純計算があんまり酷い。
宇宙を半径465億光年の球体と仮定し、その体積を3600で割った、一つの立方体の一辺。
が49億光年ぐらいになんじゃね?
まあでも、広さじゃなーい。
オフェリアは薔薇の名前。 きっとママンの趣味。名前はもちろんハムレット。
暴君のとこは、獣の皮をかぶらせて犬に追わせたとか、そんな曖昧な記憶ローマ皇帝。





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