3.混ぜるなキケン

『INFINITE CRISIS』も『52』も終わってJLoAがやってる頃。
良く分からん、という方は、ハルがパララックスでもスペクターでもなく、GLとして復活してから暫く経ったよ、と思ってくだされ。
そんな頃、まだ春浅い日のゴッサム、ウェイン邸。
昨日までやっぱり地球が危機なのでした。



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「ハル、朝ごはんだって……あれ。」


カイルの覗いた部屋には、誰の姿もなかった。
中に入ってみると、ベッドはきれいなままで、使ったという感じがしない。
一応バスルームも見てみる。
誰もいない
この部屋だと思ったけれど、違うのだろうか。
何しろここは“ウェイン邸”だ。
ゲストのための寝室だっていくつあるか分からない。



カイルは今、ほとんどの時間、地球から何十億光年も離れた場所で過ごしている。
グリーンランタンの惑星オア、そして銀河から銀河。
忙しく飛び回る生活は、“任務”なのだから、苦労だってあるし酷い目に遭うことの方が多い。
けれど、すごく、ドキドキする。
ただ、たまに無性に。
頭の中をナチョスがくるくるしてる時はあるけれど。
(宇宙で食べれないわけじゃない。 でもあれはアレンジしすぎだと思う。)

困るのは、むしろ。
地球に来た時だ。

元々借りていたアパートは、半年振りに戻った時、
クローゼットから死体が見つかったという話を聞いて、解約した。
幸い犯人はもう捕まっていたので、警察がカイルのことを深く詮索することはなかったが、
それ以来、帰る家がない。

そんな事情を、金なんか使いきれないほど持ってる人の前で、うっかりぼやくと、
至極どうでも良さそうに、家一軒土地ごと買ってくれそうになるので、
こっちが平謝りして止めてもらう羽目になる。
(小切手の方が良いのかとかそんな問題じゃないです!)
(そんな風にしてもらっても俺には返す当てがないんです!!)

地球の尺度で言うと、
現状限りなく、無職。
世知辛い。

けれど、宇宙はとてつもなく広大で。
それなのに、最悪だろ、言いたくなるような災厄は、いつも不思議と、この小さな惑星を巻き込みたがり、
もちろん、カイルの事情に配慮してくれるはずもなく。
結局、また今回も。
カイルが一晩泊めてもらったのは、ゴッサムのウェイン邸。
ここなら皿洗いでも勤労奉仕でも、とにかく何かが出来るので、
(比較的)気兼ねしなくて良いのだ。




そして。

カイルは廊下に戻ると、首を傾げた。
朝食の支度をしているアルフレッドに頼まれたのは、
カイル同様、昨日からウェイン邸に厄介になっている、もう一人を呼んで来ることなのだが、
そのハルがいない。

ハルは今、セクター2814に駐屯するグリーンランタンの一人だ。
だからカイルと違い、地球で生活している。
たしか空軍大尉。
けれど、何と言ってただろう。
非番だとか、帰っても冷蔵庫が空だからとか、
そんな理由だった気がする。


さて、屋敷は広い。
探しに行くよりは、パワーリングを通して呼んだ方が、手っ取り早いのだけれど。



壁に飾られた絵画の数々。
こちらには美麗な彫像。 あちらにあるのは五彩花鳥の見事な大瓶。
“ウェイン邸”という美術館を、そぞろ歩き。

カイルのリングは、ハルの位置を正確に捕捉した。
先程覗いてみた部屋は、やはり思い違いだろう。
屋敷内の地図を作り上げたリングによれば、このまま通路を進み、
奥の階段から上に行けば、左手にある部屋にハルはいる。
居場所がはっきりしてるなら、歩いて行けばいい。

流れ落ちる清浄な滝を描いた絵を目にし、
カイルはまた、足を止めた。

そういえば、“旦那様”について、アルフレッドは何も言ってなかった。
昨日はあの後、(いつものように)人をほったらかしにして夜闇の中へ消えたけれど、
まだ屋敷に戻ってないのだろうか。

ウェイン邸の主を、世間は “ただの” 大富豪だと思ってる。
世界的大企業のボスで、美人と一緒じゃなきゃどこにも行かないプレイボーイ。
でも、“こちら側” の世界から見れば、ブルース・ウェインは、バットマンだ。
冷酷無情のヴィジランテにして世界最高峰の探偵。
そして、ジャスティスリーグの最も重要なメンバーの一人で、“拒否権”保有者。
(そんなもの、実際には無いのだろうけれど、)
(あの人が “No” と言えば、それはリーグの総意としての “No” になる。)
そのぐらい、頭が切れて、
けれど、誰より気難しくって。

だから昨日、ウェイン邸でハルに会った時は、驚いた。
これがもしも、グリーンアローや他の誰かだったら、
ウェイン邸はカイルだって世話になるぐらいだから、別に驚かない。
でも、ハルは違う。

あんなにバットマンを激怒させ続けた人間、他に知らない。

そりゃあ、ハルに色々なことがあったのは確かだけれど、
正直、バットマンは元々ハルのことが大っ嫌いなんじゃないかと思ったことが、何度かある。
酷い時はハルがそこにいるだけで、何も言わないうちからバットマンの周りにブリザードが吹き荒れた。

そんな場に居合わせる方は、
やりにくい。
非常に。

あんなのおホモだちの痴話喧嘩だろ、とガイは言うけれど、
面と向かってバットマンに同じ台詞を吐かないことは、知ってる。




ひとときの鑑賞を楽しんでいたカイルは、一つのドアの前で立ち止まった。
リングはこの部屋がそうだと指し示している。

「ハルー?」

中を覗いてみると、暗い。
カーテンが引かれている。

「朝ごはん。 アルフレッド待ってるよ、きっと」

まあ、カイルもここまでのんびり歩いてきたけれど。
ベッドからは返事がなかった。
まだ眠っているのだろう。

けれど最後には、ハルのゴッサム出入り禁止措置が解かれて、良かった。
それでも、まさかウェイン邸にハルが堂々と厄介になる日が来るなんて、
あの度胸(というより、次元の全然違う楽観?)、尊敬する。

そんなことを考えながら、カーテンを開けようと窓の方に歩いた。
ふと、薄闇を視線が惑う。
この部屋の、どこか微かな匂い。
空気の手触りを、知っているような気がする。

「起きろー。 腹減ってきちゃった」

ぱっとカーテンを開くと、窓から明るい光が差し込んだ。
木々の枝に残る昨日の雪が、太陽を反射して眩しく輝く。
うー。
眠たい気配が後ろで動いた。
振り返ると、ほとんど目の明いてないハルが、半身を起こしたところだった。

「……あー、メシ?」

目許をぐりぐりしながらベッドから足を下ろそうとする、
そのハルの隣、同じベッドにもう一人いるのを、カイルは初めて気づいた。

うるさそうに片目を明けた、
見間違えようのない、冴々とした藍の結晶。


カイルは、蛇と出会った小鳥のような悲鳴を上げた。











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蝙蝠が激怒し続けたというのは、『DAY OF JUDGMENT』から『GREEN LANTERN : REBIRTH』までの
おハルさんスペクター期。
この期間のTHE SPECTREはTPBになったこともなく、完全に黒歴史。
今確認したらcomixologyにも無い!(2013年3月時点)

ああ、部屋で死体が発見されたとか、そんな話はたぶんないと思いますよ。



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