4.遅い



仕方がないので。
一人で街の方に出てぶらぶらし、地元の魚介料理の美味い店で昼飯を食べ、
そこで知り合った黒髪と赤毛とお茶し、内心ちょっと惜しいなあと思いながら、
二人と別れ、戻ってきてみると。

ブルースは、まだベッドにいた。

ようやく目を覚ましたところだったらしく、
波音の漂う窓は、夕暮れの気配。
まだ眠たそうに首を傾げる。

「遅い」

ハルが端的に言うと。
ブルースは、そのハルの表情をぼんやり見上げ、
ちらりと時計を眺め、

「……アルフレッドがいないから……」

もごもごと口の中で言い訳した。




+++++++++++++++++++

基本、起こさないと起きない。
朝ゴハンどころか一度も目を覚まさない。 呼吸はする。











5.それって。



テレビのニュースを見ている時もあれば、
テーブルに散らかした書類を眺めていることもあるが。
大抵は、大きなオウム貝のある飾り棚の前にぼんやり突っ立って、
ブルースは、歯を磨く。
その時間が、いつも人の3倍も4倍も長いような気がするので、聞いてみた。

「なあ、それって禅?」
「何故そうなる」





+++++++++++++++++++

アメコミにおける東洋哲学用語の使われ方が良く分からない。
ちなみに↑は、ぼーっとしてるだけだと思われる。
立ってる以外では歩き回るケースも見られる。










6.動作途中で停止



「おまえソレ、本を読むかシャツのボタンを留めるか、どちらかにしろ。 エロい。
無視すんな」



+++++++++++++++++++


ながら読書。声をかけないとずっとそのまま。
最終的にボタンは一つずれる。
執事がいないと思って行儀の悪い大富豪。









7.庭



一日一回、ブルースは壁の方を向いて座る。
何もない、ただの白い壁だ。
第一、ブルースは目をつむっている。
インドの坊さんと同じ座り方で、声をかけても答えない。
石の像みたいにピクリともしないし、呼吸してるかも怪しい。
そういう時、ハルはそのまま、ほうっておく。

ある日、その部屋を覗くと、ブルースが壁に向かって座っていた。
ああ、またかとハルは通り過ぎ、しばらくしてまた通りかかった。
何気なく室内を覗くと、ブルースの姿がない。
いつのまに、と思っていると、
テラスの向こう、庭の方に人影が見えた。
真っ白い小石を敷き詰めた道は、熱帯の緑が生い茂る中へ、ゆるやかに。
空は、吸い込まれてしまいそうな、青の深み。
紅い花が、揺れた。
枝々からこぼれるように、はらりはらりと光に舞う。
その木陰。
見覚えのある後姿が、ただそこに立っていた。
坊さんのやるコトは良く分からない。
そんなことを思いながら、
ハルは庭の方にゆっくりと歩いていった。





+++++++++++++++++++


インドの坊さんに会った経験は多分ない。












8.鮫



結局、砂浜に潮が満ちて海に夕闇が落ちるまで、
一度も陸に上がってこなかったブルースに、ハルは言った。

「おまえはサメか」





+++++++++++++++++++

水辺で遊ぶという概念など大富豪に存在しない。
泳ぎ出すと最早修行の域。
潜水もいける口。 スキューバ無し。














9.ぱらそるはらいそ



パラソルの、日陰の。
午睡の夢は、溶けるように消えて。
ハルは薄っすらと目を明ける。

ここに来てから、昼寝は習慣になっていた。
なんと言っても、のんびりした場所なのだ。
空も海も、穏やかな蒼で。
時間の流れに、騒がしさがない。

その景色の、遥かな水平線を。
眺めるビーチチェアは、二脚あり。
パラソルの下、ぼんやりとハルは。
隣を見た。
いつのまにか、サメがそこにいた。
海から上がったばかりなのか、髪から水が滴り落ち、
限りなく"完全"に近づこうとする四肢は、しとどに濡れて、
無造作にビーチチェアの上。
どんな表情をしているか、寝そべっているハルからは良く分からないが、
ブルースは背中を起こし、海を眺めているらしい。
その左手に、オレンジジュース。
夢の中で人の声を聞いたような気がしたのは、それだろう。
しかし、だ。
昼間からビールなんか飲まない、割らない混ぜない派の100%オレンジ。
そのグラスは、花やフルーツやらリゾート気分満載で飾られて。
おまけにストローが、ハート。

「くはは。 何だハートって」

夜闇のヴィジランテに、それは ちぐはぐで、
けれどきっと、この自分のコトにはとことん鈍感な名探偵は、気づいてない。
ハルは、もちろん遠慮なく笑い飛ばした。
すると、可愛らしいストローをくわえているブルースが、ハルの方を向いた。
訝しそうな藍色の双眸は、やはり平常どおりで。
それが面白く、ハルはまた笑ってしまった。
ブルースは、特に何も言わず。
すぴっと一口、オレンジジュースを飲むと、グラスを置く。
そして、立ち上がった。
その所作が自然なので、このサメはまた海に戻るのだろうと、
ハルは にやにやして見ていた。
しかし、違った。

「うん?」

ブルースは答えず、覗き込むように、ハルの顔の脇に片手をつく。
問うた言葉を愚問にする、距離の近さ。
その瞳はもう、無機質な鮫ではなくて。
一瞬で全てを支配する、透徹の藍。
吐息は奪われる。

こいつ、どうすれば相手が簡単に黙るか、知ってるな。

キスされながら、ハルは思い出す。
そういえば、どこかには。
ウェインって名前の、ゴージャスなゴシップまみれの大富豪がいたなあと、考えながら。
その慣れた心地良さに、委ねるように目を閉じる。

「……でも、お姫様だっこはカンベンな。 惚れるから」

くっ、と堪えきれず綻んだブルースの唇に、
ハルはぱくりと噛み付いた。












+++++++++++++++++++

アメコミのお姫様だっこ率半端ネェ。
大富豪も退屈していたと思われる。

ところで、たぶん大富豪は(執事がいないなら、)飲むものにこだわりはない。
ハートのストローも、「ハート型になってる」という構造上の認識しか持たない。



夏休みがどこらへんの土地なのか、特に決まったイメージがあるわけでなく。
つか、最初は湖を見下ろす崖の上のシャイニングなホテルで書くつもりでいたのに、
いつのまにか白い砂浜。
太陽眩しっ

リゾート地なんだけど、人の集まるとこから岬一つぐらい隔てているとかで。
むしろ周囲一帯ごと会社所有でもいい。
ホテルでなく別邸で。
きっとハウスキーパーが毎日来てくれる。
でないと、あの大富豪ったら出しっぱなし散らかしっぱなしだヨ!
と、お家の方々から思われてるから。
ゴッサムの方々は坊ちゃまに対して過保護だといい。

ハウスキーパーかメイドかは分からないけど、きっとウェインさんちの会社から派遣されてる。
セキュリティー部門にあるんだよ、そーゆーのが。
業務内容は、一人じゃ何も出来ない大富豪の世話、兼、警護。
実際は、無駄にサバイバル能力は高い大富豪が勝手に逃亡しない用。
ある意味磐石の態勢でゴッサムからおん出されてる大富豪。
だって夏だもん。





←1-3 10-12→
←もどる