たいとる : 『脈絡もないがつまりはそういうことだ』
ながさ :ほどほど×14
どんなおはなし :小ネタ集。 原書『BLACKEST NIGHT』を元にしつつ『FINAL CRISIS』のあれこれに触れてます。
                  今日も原書を読んだことのない方には分かりにくい不親切設計!
                   ブルース・ウェインの頭蓋骨その後。


*突然ですが、ためにならないキャラクター紹介*



・バリーさん: フラッシュ  ちょっと遠くに行ってたけど最近復活。
                 おハルさんと親友で最初のジャスティスリーグのメンバーの一人。





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14.男がひとり殺された
[BLACKEST NIGHT#8 コーストシティ バリー・アレン]












輪廻の終りが来たような夜だ。
濁った暗雲が地平の果てまで覆い尽くし、
その下は黒い影ばかりがどこまでも蠢いている。
澱んだ海のように、得体の知れぬ暗闇がぞわぞわと蠢いている。
無明の底、あらゆる輪郭は腐り落ち、あらゆる言葉は正気を失う。
ただ悪意ばかりざわめいている。



(白 い 繭、 裂 い て 羽 )



その夜に見たものを、バリーは言葉にしようとは思わない。
けれども、天を仰げばいつのまにか薄明るく、
一切の曇りは拭い去られ、
大気は玻璃のように澄んでいる。
そして、思いがけない再会の、
喜びと、哀憐と。

さざめく人々から少しだけ遠く、無言のバリーは、
手の中を覗き込むが、旧友は答えず。
虚ろな眼窩の、仄暗く、淡く。

(ブルースの亡骸は、人知れず無名の墓に葬られていた)
(ハルは、この世界は昔とは違うと言った)
(暗夜は瞬く間に押し寄せた)

旧友の頭蓋骨は、バリーの手の中。
本来あるべき場所に今すぐ帰してやらねばならない。
長い長い夜は終わり、ゴッサムには彼を待つ人がいる。
しかし、足は動かない。

目をつむれば。
感じる、旧友の重さ。
支えているという意識もないほどの、軽さ。

立ち尽くして、バリーは目を明けた。
手の中のそれを、そっと傾ける。
一通り見回すが、破損らしいものはない。
死因をうかがわせるような点も、ない。
だが、注意して見ると、治癒しているが、過去に何度が骨折している。
おそらく最も深刻だったのは、頭頂骨から側頭骨にかけて損傷したものだろう。
高い技術を備えた外科医が施術したようで、治療痕も綺麗だが、
後遺症が残ってもおかしくなかったはずだ。

バリーの知るダークナイトは、虚も実も漆黒の翼で覆い隠す。
しかし、頭部の様子から推察して、身体の他の部位の状態を想像することはできる。
ブルースは、決して明らかにしたがらないだろうが。


死体を発見したのは、スーパーマンだった。
その全身は焼け焦げていたが、彼は一瞥だけで無事なDNAを探し出した。
それは、ブルースのものだった。
スーパーマンが "証明した"事実を、誰も疑いはしなかっただろう。
けれども、クラークはあらゆる鑑定を試みるよう友人達に懇願した。
頭蓋骨の治療痕は、その際に識別点の一つとして参考にされた。
そういった科学的手法だけでなく、様々な能力者や専門家が協力を申し出た。
だが、その骸が彼のものであるという事実は、覆らなかった。

ブルースは死んだ。
独りきりで "神"に挑み、殺された。

"神"の最後の悪意か、時空間の歪みによる作用か、
死体の組織崩壊と変質は、尋常でない速度で進行し、
彼等の努力の甲斐なく、死に至る経過が解明される前に、骨だけ残して崩れ去った。
指揮を執っていたDr.ミッドナイトは、一つの可能性として薬殺を挙げたが、
確かめる術は限りなく少なくなったと。

そして、ゴッサムにひっそりと、名前のない墓が建てられた。
バリーがそのことを知ったのは、つい先日のことだ。

目をつむる。
目をあける。

全ては瞬きの内、光よりも速く、バリーを追い越した後。



けれど、東雲は。
濡れた紺から暁に。
天際を焦がす、赤い曙光。
暗夜の終わりに、バリーは立つ。

だから、問うのだ。
自分自身が、いったい "どちら"を、信じるのか。

"事実"は、バリーの手の中にある。
旧友の死は、彼の骸によって絶対的に証明された。
だが、全く別の質量が、胸の奥にある。
問えば、それは、
揺らぎない硬度と純度で横面を殴りつける拳にも似て、答える。
"誰"を信じるのか、と。

男が一人死んだ。
いつ、どのように殺されたのかは分からない。
それなのに、彼が死んだことは、皆が知っている。
死んだのは誰なのか、承知している。
明白な証拠もこの手にある。

しかし、たとえ世界中の誰もが真実だと信じることでも、
僅かな疑問を抱いたなら、たった一人でどこまでも追究し、
最後には必ず "答え"に辿り着く人間を、バリーは知っている。
世界最高峰の探偵は、そういう男だ。
彼が死んで、しかも、非の打ちどころのない証拠が揃っているというのなら、
これはむしろ、ブルース好みの事件だ。

この世界は、バリーが少し離れていた間に、変わったのかもしれない。
より傷つきやすく、より悲惨な場所になってしまったかもしれない。
けれど、変わるか? "あの"ブルースが。

頑固者ばかりのジャスティスリーグでも極め付けで、一度決めれば絶対に退かず、
誰の目にも矛盾に思えないような、小さな小さな断片から、物事の尽くを覆す。
いっそ悪魔的な手腕で、容赦なく瓦解させる。
ブルースは、良くハルのことを目立ち過ぎると評したが、
たとえば、何もかも本当にどうすることも出来なくなった時、
もうどうにもならないと、諦めてしまいそうな時。
夜闇から翼を広げる、その漆黒の鮮烈さは、
充分競り合っている。

だから、ブルースは必ず、帰ってくる。
何事もなかったような顔で、いつかきっと。


バリーは科学者だ。
目の前にある事実を否定はしない。
死者を復活させた奇跡が、今この場で再び起きることを、祈りはしない。
だが、友を信じることは出来る。



どこかから、鳥が戻ってきたようで、
さえずりは空に高く、
夜明けを告げる。
沈黙の世界が、再び音を奏で始める。
微かに漂っていた薄闇は去り、躍動する色彩が生まれていく。
バリーは、思う。
これからどこに行くべきかを。

その時、何かが鋭く心を刺した。
バリーは瞬きせず、両手で抱えたものを、ざらりと意識する。
そして振り返った。

黒翼の、異形の、断罪の。
深淵の底で凍てつき果てた夜闇の、
亡霊が、口を開く。

「お久し振りです、Mr.アレン」

流れ出た声にバリーは大きく瞬きした。

「驚いた、ディックなのかい?」

にこりと微笑んだのが、"バットマン"の答えだった。











朝が訪れたことを見届けて、
やがて大団円は一人、また一人ほどけていく。
家族の元へ、災禍のくすぶる土地へ、あるいは暗黒の宇宙を跳躍する星の海。
帰るべき場所と、行くべき道と。

ハルはぐるりと見渡して、
なんで見つからないのか思案する。
あんなもの、転がっていれば誰かが気づくはずだし、
蹴り飛ばして割った記憶もハルにはない。
それとも、

「バリー」

先程より疎らになった向こうに、赤い人影を見つけた。
ハルの声に、深紅のスピードスターは振り向くと、軽く片手を上げる。
バリーは、親友の表情に気が付いた。
あの"光"が暗夜を引き裂いたのを、ハルは真正面から見たはずだが、
まるで、何一つ終わってなどいないように。

「ハル?」
「ブルースのアレが見つからない。 この辺りに転がってるはずなのに、ブラックハンドも消えた」
「ああ、あの頭蓋骨なら ちょうど今……」

と、バリーが視線を戻した先には、何の影もなく、風は静か。
姿を消す気配すら感じさせなかったことに、思わず苦笑いが漏れる。

「なんだ?」
「いや、それなら確かにさっき拾ったけど、彼に会ったから渡したよ。
 あれを取り返すためにコーストシティに来ていたらしい」
「彼?」
「ディックさ。 バットマンだった」

答えながら、バリーはほとんど無意識に、自分の首筋を撫でていた。
熱のない流体が、血管の中を沈んでいくような気がした。
あるいは、それは違和感かもしれない。
いつものことだ。
自分と、自分がこの世界に在ることに、拭いきれない齟齬がある。
当然だ。
現実、バリーはこの世界に存在しなかったのだから。
その間に、時は流れた。
ウォーリーは3人目のフラッシュになった。
もしブルースに何かあれば、バットマンという存在を引き継ぐのはディックしかいない。
それは理解している。

ただ、随分と彼の印象が変わったと、思えたのだろう。


「ディックか……」

ハルの声には、何故か歓迎しないような響きがあった。
ハルは、多分変らない。
今までも、これからも。

「バリー、あれは 」

確信する時、ハルは両眼で真実を見る。

「あの骨は、ブルースじゃない」










昇りゆく黄金の陽炎の、目映い世界に背を向け
亡霊は黒い葬衣を翻す。

「……いいよなァ、あの二人は。 ちゃんと戻ってくる人達でさ。
 あんたは一体いつ帰ってくる気なの?」

囁く願いは
白い髑髏を胸に抱いて

「もしも、あんたが自分一人じゃ抜け出せないところにいるのなら、
 その時は僕の出番だって分かってるんだ」

朧な影は遠く、暗く
暁を知らぬ街へ、三日月が沈む

「あんたはまた、余計なことをするなって言うかもしれないけど、
 僕があんたを見捨てられないことぐらい、知ってるんでしょ。
 これでもね、僕はあんたのロビンだったんだ」

夜闇の孤児は、微笑んだ。

「家へ帰ろう」


















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で、『BATMAN&ROBIN』の「BLACKEST KNIGHT」に突入ですよ。
本日も妄想過多なサイトですが、『BLACKEST NIGHT』の頭蓋骨と「BLACKEST KNIGHT」の死骸が同一なのは、
ライターの方が明言されていたので、こんな感じに。

バリーさんについては参考にできるものが手元にあまりないのですが、BN#0などなど仲は良かったのかなと。
ディックは、ブルース様のいる世界といない世界じゃ別人だといいですよ。
傍目には分からなくても。
Dr.ミッドナイトは検死仲間だと良いです。 何かあるとこの人と蝙蝠とMr.テリフィックの出番だよ。
あ、頭蓋骨の骨折は有名どころはHUSHのあれで。
でもそれ以外にも何度が見たことあるので、心配になりますね。






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