「片が付いたら必ずすぐに戻るから!」

その言葉が聞こえた時にはもう姿は消えている。
行くのなら、ごちゃごちゃ言わずに行けば良い。

そんなことを思いながら、首は窓の向こうを眺める。
雲の重なりが厚くなっている。
雨になる。

あと一言、だったと思う。
否、あんなちぐはぐな精神に致命的な亀裂を与えることなど、もっと容易かった。
余計なことを、話す必要はなかった。

他愛無い話だ。
あの子供は、両親が殺された時、一緒に死んだ。
かつて、罪もなく青空を仰ぎ、
太陽を背に飛翔する姿を見上げた幸せな子供は、
あの日、闇の底に葬られた。
ここに残されたのは、
細胞の一片に至るまで憎悪の染み込んだ、
ただの肉塊に過ぎない。

それを捨てろと、言われ続けたことがある。
己の目を濁らせ、苦しみを生むだけの感情なら、
心ごとそれを捨ててしまえと教えられた。
曇りなく研ぎ澄まされた一太刀になれば良い、と。

自分を拾った師の、唯一正しい言葉だった。

だが、結局は、出来なかった。
いつまでも臓腑の底に暗く冷たいものが潜み、苛み続けた。
忘れることなど、出来なかった。

だから、一度は逃げようとした。
過去から、自分から、何もかも切り離された国で、
目を閉じ、耳を塞ぎ、息を殺した。
いつか、諦めることがあるかもしれないと、思って。

しかし、己の影というものは、どうやっても離れないらしい。

そして、夜闇を彷徨う亡霊となった。
憎んで、憎み果てて、もう狂ってしまった。




春の嵐は足が速い。
巨大な風が空を圧し、雷雲を招き寄せる。
首は、微笑む。
目蓋を閉ざせば、懐かしい闇の底。
胸のすく雨音を奏で、嵐が来る。









































その日、キエフの化学プラントで発生した事故は、
可燃性原料による大爆発を引き起こしたが、駆けつけたスーパーマンの活躍により、
負傷者は出たものの、奇跡的に一人の死者もなかった。
その救出劇はあらゆるメディアで大きく報じられ、称賛された。

一方で。
影から影へと囁かれたのは、バットマンの関与だったが、
ソ連政府からキエフに派遣された調査チームは、
事故とテロリストの関連を証明することは出来なかった。
それほど爆発の被害は甚大だった。

だから、多くの人々は。
同じ日、局地的にモスクワを襲った嵐を、知らない。
モスクワの住民も、郊外にあった、かつての貴族の館が一棟、
落雷で焼け落ちたことを、気にも留めなかった。
地方記事の片隅だけが、歴史ある建築物の火災を報じた。
その館は、療養所として使われたこともあったが、閉鎖されて久しく、
訪れる人間もなかった。





























そして 彼は
たったひとり いつかの青空を彷徨う


耳を澄ます
この星は音で満ちている
なのに、いつも気にしていたはずの
微かな "音 "が見つからない
こんなに探しているのに

あの日、必ず戻ると、言ったのに。

凍てつく憎悪も 孤高の藍色も
いったいどこに 隠れてしまったのか

まるで 何もかも 束の間の夢だったように
最初から どこにも真実などなかったように

あの日から、消えた。














たとえ夢だとしても、あまりにも 儚い日々だった





















ついに 涙の一粒も 零れてはくれず
これは 罰なのだと 悟った

取り返しのつかない 罪を 犯した 罰だ。


だから

もう二度と 同じ過ちなど 繰り返さぬよう
彼と 世界が 正しくあるよう

彼は

地球最大の、専制君主となった。


























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