味気ない白衣に包まれた、均整の取れた長身。
青褪めたモニター光を浴びる髪は、氷雨に濡れる夜闇の色。
その表情は、実験用の黒い防護ゴーグルに隠され、口許しか分からない。
だが、研究員Mが口の利き方を知らない若造だということは、ルーサーも良く知っている。

ルーサーの設計した独自構造を持つ中枢コンピュータに、"勝手に "侵入する手腕といい、
突発的な非常事態にも極めて冷静に対処出来る精神力といい、
相当訓練を積んだ、有能な人間だと認めざるを得ないが。
研究者とは何故こうも生きた人間の心情を察しない人種なのか。
と、ルーサーは心中で嘆くふりをする。
核ミサイルを全機発射しかけた余韻は、その頭から既に消え去っている。

「ふん、すぐに全システムを構築し直すからな!」
「防衛プログラムなら手伝いましょうか」
「いらんッ」

研究員Mの唇が、冷然と吊り上った。

「解析の済んだデータを送ります」

ルーサーの前にあるモニター画面が切り替わり、モスクワの戦闘で得たデータを表示する。
科学者は不機嫌な顔のままそれに目を通した。
ざっと流し見ているようだが、眼球に映るデータを次々と取り込む頭脳の中、
新たな計算式が生まれては無数に枝分かれしていく。
その末に結実する解答は、

「やはりまだ上がるか。 もはや神の領域だな」

"スーパーマン "
地球上の何者よりも強大な存在は、今もなお力を増している。
そして現在のところ、弱点らしい弱点も発見されていない。

「限界がどこにあるのか、是非見てみたい」

呟いた声には、純粋な好奇心も混じっている。
ルーサーは、床に落ちている保護カバーの破片に目を留める。

「なァ 君、これもう一度……」

発射してもいいか、と言おうとした鼻先を、
黒い影が掠め飛び、コンソールに突き刺さった。
鋭く振動した空気が、やがて凪ぐ。

何の変哲もないボールペンも、速度と投擲者の技量次第で凶器になる。
そんな可能性を、ルーサーはこれから計算に入れねばならない。

「失礼。 手が滑りました」

研究員Mは、笑いもせずに言った。

「……以後、気をつけたまえ」

年長者らしい平静を努めて装いながら、
稀代の天才科学者は、この研究助手の、潜在的嗜虐性をどう指摘するか思案した。



そんなルーサーと、これでも上手く付き合っている方だろう、
研究員Mは黙々と解析作業を続ける。
黒いゴーグルは滅多に上司の前で外さない。
その瞳も、高く通った鼻梁も、無骨な黒に隠され、彼を地底に棲む夜の獣に思わせた。

それが、ふと顔を上げる。
中央に据えられた、一番大きなモニター。
そこに映る、遠い地の青空に、真紅の翼が羽ばたく。
中空で静止したスーパーマンは、精悍な眼差しをじっと何処かに向けていた。

「……何かが起きた?」

しかし、他のカメラから送信される映像を確認しても、特に異常はない。

「今起きただろう、ここで」

さらりと答えたルーサーは、画像を見てもいない。

「ミサイルの発射は、その種類ごとに特有の振動が発生する。
彼に伝わったそれがどんなに微少で変質していたとしても、だ。
このメトロポリスで何が起きたのか、彼ならもう知っているよ。
研究所には完全な防音処理を施せても、ミサイルは……
ああ、痕跡を残さないというのは、なかなか面白い考えだな」

言いながら、ルーサーの両手はコンソールを滑っている。
地下研究所は、彼を中心に据えた、"オモチャ" の工場だ。
オモチャを造るためのオモチャ達が、気紛れな創造主の俯瞰に従って、
目まぐるしく働き、新たな仲間を増やしていく。
それらを眺める天才の、眼窩の奥。
偉大なる頭脳の神経連鎖を、無数に、無限に駆け巡る叡智の火花。
呼吸するように、心臓が脈打つように自然に、
最良の解答は導き出される。

だが、ルーサーが生み出す最良の成果とは、
画面に映るモスクワの人々にとっては、再び訪れる災厄を意味する。
たとえ今まで襲ってきた "オモチャ" 達が全て、
彼等の守護者によって打ち倒されているとしても。


モニターの中では、天空の人は大地に降り立っている。
危険はないと判断したのだろう。
今は、まだ。


「もしも彼が自国民の平和を真に考えるなら、今すぐあなたを排除すべきだ」

淡々と、研究員Mは述べた。
元より冗談は言わない。
だが、ルーサーは楽しそうに声を上げた。
実に嬉しげな、悪意を孕んだ笑いだった。

「しないよ。
出来ないんじゃない、しないんだ。 あれは。
私はただの "天才 "だが、あれは "神 "なんだぞ?
その気なら私の命はとっくに握り潰されていたさ。
そして、あの赤い旗が私の墓碑だけでなく、合衆国のどこに行っても翻っていただろう。
だが、彼は、それを選ばない」

「素晴らしいことに、彼は善良なんだよ」

ルーサーは、にっと唇を歪める。

「あの異星人は、地球上の何よりも強大な存在でありながら、
誰よりも善良な魂を宿らせている。
だから、私を止めることが出来ない。
私の "オモチャ "は壊せても、私のことを壊すことは出来ない。
他者を傷つけることは、彼が何よりも忌避する行為だ。
あれはただ、"不幸な人々を助けたい "という実に素朴な信条で行動している。
たとえば、今」

床に散らばったカバーの破片が、鈍く光を反射している。

「不運な事故のせいで、核ミサイルが発射されてしまった、としよう。
無論、悪意があって起きたことではない。 完全なる事故だ。
スーパーマンはどうするか?
どこの国が発射したのか、ミサイルの目標がどこに設定されているのか、
そんなことは彼にとって重要じゃあない。
彼なら、たった一人の犠牲者も出ないように、必ずミサイルを無力化するだろう。
たとえ、ミサイルの目標が、この私だったとしても」

ルーサーは過去、スーパーマンの善良性を実証するため、
ソ連の人工衛星を機能停止させ、巨大都市 メトロポリスに墜落させようとした。
その日のメトロポリスにはルーサーも、彼の妻もいた。

「君はまだ、その目で実際に彼を見たことがないだろう」

メトロポリスの住人は、その日のことを忘れない。
スーパーマンは、敵対国の人間である彼等の命を鮮やかに救い、
そして去っていった。

「冷戦も、国も、敵味方も、彼には無い。
あるのは平和への願いだ。 ……まさに "神 "だろう?」

救われた街の奥底で、まるで称賛するように
人でなしが笑う。

黙って聞いていた研究員Mは、感情のこもらない声で一言、切り捨てた。

「茶番だ」

愚かしいのは、優しすぎる神か。 つけいる外道か。
いずれにせよ、表情を隠す黒い仮面の下、本当の視線を窺わせない。
ルーサーは大仰に頷き、言った。


「ああ、茶番だ。 だから私はあいつが嫌いだ。
しかし……、彼を理解出来ないというのなら、君も存外、人でなしだな」

















+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

←前 次→


←もどる。