99のモニター画面が一つの終焉を映した。

真昼の墜落。
太陽に焦がされ、青空から突き落とされ。
真っ逆さまに、翅の千切れた蜂が身を狂わせ。
墜ちゆく地上は、モスクワ。

37分前、突如ソビエト連邦の首都を強襲したそれは、
爆撃機ほどの大きさをした "蜂 "だった。
首都防衛網を易々と突破して一直線に飛翔し、
まるで巨大な鉤爪のように周囲の全てを切り裂き、薙ぎ倒して、
壮麗な宮殿や大聖堂が林立するクレムリンに肉薄したのが33分前。

そして、今。
天から墜ちる。
轟音と共に下敷きになったビルを倒壊させ、
鋼鉄の翅を物悲しく震わす蜂の上に、瓦礫は雨のように降り注ぎ、
完全に動きを止めた。
青い天空では、勝利者が独り。


「……実験体-23、活動停止」

白昼の終焉を、
遠い地から観察し、冷淡な声が告げる。
モスクワの遥か西方、大西洋を越え、アメリカ合衆国 メトロポリスの地下。
巨大シェルターのような研究所で、99のディスプレイが青褪めた光を揺らす。

「そんなことは見れば分かる」

男が一人、忌々しげに答えた。
高級と知れる椅子に座り、四十代そこそこだろうか、赤毛は額が後退してきている。
だが、画面をじっと射貫く眼光は、何よりまず堅固な意志を感じさせた。
レックス・ルーサー。
彼を一言で表すなら、"天才 "だろう。

驚嘆すべき頭脳は、あらゆる分野を越えて人類の叡智を統合、発展させ、
科学技術の次元を一人で50年以上も未来へと飛躍させた。
だが彼は、研究者という枠に収まる人間ではなかった。

共産主義の著しい拡大により合衆国の経済が行き詰る中、
その混乱に乗じて国内外の企業を次々と買収、
自分の経営する "レックスコープ "に吸収した。
特に重化学工業は今や大部分が実質彼のものだと言って良い。
無論、平常ならば法がそれを許さないだろうが。
しかし、法を運用する政府すら、現在は彼の方程式によって機能している。
そういう男なのだ、ルーサーは。

そして、レックスコープ本社ビルの真下。
この地下空間を含む広大な研究施設と、設備の全てを設計した。

創り出すものは、機械仕掛けの "オモチャ "達。
オモチャは、たとえば蜂のような翅を持ち、自由に天を翔ける。
翅は1秒間に1万回振動し、発生する衝撃波は軌道上の物体を粉砕する。
そんな巨大な破壊玩具を造れないだろうか。
だろうか、と考え始めた時、
既に解答は公式となって導き出され、
奔流のような才能と、才気と情熱により、現実として創造される。
その産物は、先程モニター画面の中で叩き壊されたわけだが。

「再起動、不能」

画面の中、人々が天を仰ぎ、安堵と喝采の声を上げている。
視線の先は、彼等の街を守った英雄。
ルーサーはますます不機嫌になり、既に唸り声を漏らしている。

「引き続いて、外部シグナルによる自己熔融プログラム、起動」

冷淡な声が告げると、
99のモニターで同時に真っ赤な閃光が爆ぜた。

「実験体-23の内部に超高温を確認、内核が融解開始……」

壊れた"オモチャ"が大きな炎柱を噴き上げる。
業火は倒壊したビルを一気に呑み込み、剥き出しの鉄筋が早くもどろりと溶け始める。
巻き起こる熱風が全てを攫い、映像にノイズが走った。
逃げ惑う人々の悲鳴が、遠く離れた地の底の研究室を凍てつかせる。
それでも、平坦な声は流れるように報告を続け、
一瞬、全ての画面が黒く消失した。

「、そして」

生き返った画面に、青。
晴れ渡る空の光。
真紅のケープが風をはらんで翻る。
"スーパーマン "が、そこにいる。
爆炎に襲われた場所は、代わりに氷の壁がそそり立っていた。

力強い腕は、逃げ遅れていた市民を救い、
太陽の光輪を背負い、天にある。
それはまさに、"奇跡 "を具現する者の姿だった。

「……熱源反応、ゼロ。 実験体-23の完全消失を確認。 死亡者、ゼロ……。
まあ、素晴らしい結果でしょう」
「どこがだッ!!」

遂にルーサーは椅子を蹴って立ち上がった。
冷淡な声の主は、己こそ機械仕掛けであるように、視線すら寄越さないのだが。
そんなことはルーサーにとって関係ないのだ。

「あの男ッ! スーパーマンなどという何の捻りもない名前のくせに、
私の会心の作を叩き潰してまだ他人を助ける余裕すら残しているッ
私はッ あいつの ああいうところが、大っ嫌いだ!!」

レックス・ルーサーは比類なき天才だが、
その素晴らしい才能の向かう先に、平穏はない。
より強い、より速い、より優れた "オモチャ "を。
神の奇跡に等しい存在を出し抜き、完全に、散々に打ち負かすほどの "兵器 "を。
そのために、ルーサーの智力と時間と資産は費やされる。
と言って、それが彼に課せられた使命だから、ではない。

地球上の最大勢力となった共産主義国家群に圧倒され、
存亡の危機に揺れるアメリカ合衆国は、この状況を打破するため、
稀代の天才科学者に、ソ連の絶対的国家元首 "スーパーマン "の無力化を命じた。
ルーサー自身も、「国家のため」「国民の安全と平和のために」と口にし、
兵器開発の道を堂々を邁進しているが。
実際のところ、国も他人も、彼にはどうでもいい。
大っ嫌いだ、という言葉どおり、全く自分個人のためだ。

"あいつ "が 自分より優れている、というのが気に食わない。

そのためなら、ありとあらゆる物を利用し、誰かが犠牲になるとしても、切り捨てる。
この混沌とした時代でなかったら、最悪の犯罪者になっていたかもしれない。
端的に言えば外道なのだ、ルーサーは。




だから、今
激昂したルーサーが思わず拳を叩き付けたコンソールで、
幾何学的に配置されたスイッチの中、ぱきん、と音がする。
他より一段下げられ、更に保護カバーで覆われていたものが、拳の下で割れた。

「あ」

という彼の声に、鈴の音にも似た女性のアナウンスが重なる。

 『緊急プログラムの起動、確認。 長距離弾道ミサイル全機の自動発射を開始します』

無論、核弾頭を搭載してある。
超高速で自在に飛翔する個体に使用しても効果的ではないので
ルーサー自身はさほど重視していないが、メトロポリスの閑静な郊外にある自宅には、
個人所有のミサイル30機と発射設備がある。
合衆国の法律は既にルーサーに何の制限も与えない。
だから、文字通りあらゆる手段を用意しておいたのだが。

 『目標確認、モスクワ。 全機の発射態勢、完了。 カウンドダウンを始めます。
  5…4…3…2…1…』

うっかり、全ての終焉が迫っていた。

















ここに、もう一人の男がいる。
レックスコープの技術開発部門に所属し、研究助手として勤めているが、
CIAの人間であることはルーサーも承知している。
合衆国はルーサーを全面的に援助し、彼の非合法な活動を容認しているが、
その代わり、常に彼を監視していた。
仮に、研究員Mとでもしておこう。
マローンという名前をルーサーは記憶しているし、経歴も調査済であるが、
そんなものに価値は無い。
この種の人間には、真実の名前も顔も存在しないのだ。
過去を消し、自己を消し去り、
一時の仮面を被って舞台に上がり、幕引きとともに立ち去る。
マローンという名も、ルーサーの助手という立場も、束の間のものに過ぎない。
彼が来る前も、去った後も、政府からレックスコープに出向する人間は、皆そうだった。
代わりなどいくらでもいるのだ。
だから、研究員M、で充分だろう。









ぱきん、と音がした。

研究員Mは、少し離れた場所で戦闘中に計測したデータを調べていたが、
確かにその音を聞くと、顔をルーサーの方に向ける。

「あ」

その、思わず漏れた、という声に、彼は舌打ちした。
頭に血が昇りやすい上司が何をやってしまったのか、すぐに分かった。

合衆国がソ連に向かって核ミサイルを撃ち込む。
それは、核による報復を、連鎖する応酬を引き起こす。
第三次世界大戦を待つまでもなく、地球は灰の中で燃え尽きる。


 『……カウントダウンを始めます。 5…4…3…2…1…』


滑らかに鈴の音を鳴らすようなアナウンスを聞きながら、
彼は、自分の仕事をすることにした。





























地の底
二人は 聞く


1と、0の

微かな瞬きを凍りつかせる、沈黙


 『 ……コード91939、承認 』


先程と違う無機質な機械音声が響く。


 『 カウントダウン、解除 』




そして、何事も起こらず 世界は静かに続いている。

















「ふぅ……」

うっかり超広域破壊兵器を発射しかけたルーサーは、脱力して椅子に腰を落ち着かせた。
が、猛然と振り返って、

「君かッ また君は人の制御システムにハッキングして妙な仕掛けをしておいたな!」
「これも仕事ですから、お気になさらず」

相変わらず無感動な声で研究員Mは答えた。


















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でもマッチはくわえてない。
諸々の描写については、管理人はっきり言っててきとーに書いてますんで、
あまりツッコまないでやってください。


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