暗黒竹取物語


今は昔竹取の翁といふものありけり。
野山にまじりて、竹をとりつゝ、萬の事につかひけり……













―1―


で。
そのおじいさん、いや、本当言えば全然おじいさんじゃないけれど。
まあ、取敢えず、おじいさん。
竹を取るのが生業でしたから、今日も竹林に入ります。
そこで、不可解なものを見ました。
ある一本の竹の根元が、ぼうっと明るく輝いています。
おじいさんは疲れているのかと思い、暫くあらぬ方向を眺めていましたが
それでももう一度見てみると、やっぱり光っています。
どうも、筒の中に何かありそうでした。
おじいさんは、正直
(見なかったことにしよう)
と、思いました。
強調しますと、官位などから縁遠く、至って普通の生活をしていた人でしたし、
また好奇心も然程あるわけではありませんから、そんなあからさまな超常現象と遭遇しても、
自ら災厄を呼びこむ可能性のあることはしたくありませんでした。
……したくなかったんですけどね。
結局、おじいさんは家路につく足を止め、謎の竹に近づきました。
何故なのか。
言葉に出来るようなはっきりした理由は、何もありません。
ただ、どうしても、そうしなければならないような、
或いは、そうでなければ、後で凄まじい目に遭わされるんじゃないかという、
訳の分からぬ衝動に突き動かされていました。
背中を、嫌な汗が流れ落ちました。
頭の上で風がざわざわ鳴きました。
とうとう、おじいさんは竹を割り、中を覗いてみました。
すると、居ました。
やっぱり居やがりました。
しかしそこに居たのは、輝くばかりに愛らしい幼子でした。
しかも、すやすや眠っています。
おじいさんはちょっと拍子抜けしました。
竹の中に捨て子がいるなんて、聞いたこともありません。
しかし光っていたのは確かにこの竹です。
すると、これは幼子に見えて、もしかしたら化生の類なのかもしれません。
そう考えると、いくら愛らしいとはいえ、竹の中でのんきに爆睡しているような子を
犬猫のようにほいほい拾ってもいいものでしょうか。
困ったおじいさんは、ふと幼子と一緒に添えられている文を見つけました。
それにはただ一言。

“何も聞かないでください”

聞くなと言われれば、ますます怪しく感じます。
絶対にこれは普通の捨て子ではありません。
そもそも切られる前の竹の中にいるあたりが既に人間ではありません。
おじいさんは、差し出しかけた手をどうすればいいか迷っていました。
すると、幼子がぱっちりと目を開けました。
むずかる、と思った時、冬の凍えた湖を思わせる瞳が二つ、
泣きもせずにおじいさんを見上げました。
冴々とした冷たさが、胸の奥に突き刺さり、
その瞬間、理解しました。
自分の逡巡が、幼子の眼差しよりも遥かに脆いということを。
今この瞬間、この場で、自分と幼子のいったいどちらが、選択する権利を持っているのかを。
筋道立った理由なんてありません。
ただ、幼子の眼差しが全てを決めました。
幼子は何一つ言わぬまま、おじいさんの首を粛々と垂れさせました。
そしてほんの小さく笑うと、また元のように眠ったのです。
おじいさんは幼子を抱き上げ、竹林を後にしました。


とんだ厄介事に巻き込まれた、とおじいさんは考えます。
けれど、本当は思うほど困ってもいないのです。
不可解な事柄への疑問は無論尽きることなく湧いてきました。
何故こんな所に幼子がいたのか。
それを見つけたのが、どうして自分なのか。
幼子は、何なのか。
考えねばならない事は幾つもありました。
しかしそんな事よりも、胸の奥にしっかりを根を下ろしていたのは、
幼子が見せた愛らしい笑顔でした。
艶やかな花が咲くようなそれに、半ば無自覚のまま、すっかり心を奪われていました。
幼子を抱く腕にも思わず力が入ります。
すると、どうやらそれが苦しかったらしく、幼子の肘鉄がおじいさんの鳩尾を突き上げました。
おじいさんは、暫くうずくまってしまいました。












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