しばらく顔を見せないと思ったら。
『眠る -1-』
寝てる。
また寝てる。
まだ寝てる。
人のベッドで良く寝てやがる。
学校から帰った秀人は自分の部屋に入った途端、思わず脱力した。
ベッドには見慣れた紫の頭。
たしか朝もそこにある。
昨日の夜からそこにある。
「……おまえな、いい加減にしろ?」
聞いていないだろうがそれでも言ってしまう。
まったく、緋咲は死んだように眠っている。
昨日の夜、正確に言えば未明?
玄関のドアを蹴る音三回、そんなことをする奴はこいつしかいない。
毎度毎度自分も甘いなあと思いつつ取敢えず殴ろうかとドアを開けた。
さて、二言三言も交わしたかどうか。
こいつは人の寝床にさっさと潜り込んでそのまま寝ちまいやがった。
普通するか、そんなこと。
面倒臭いからこっちもそのまま寝たけれど。
ちっとも起きる気配のない緋咲をよそに、秀人は夕飯をどうするか考える。
飯を食っていくつもりなんだろうか、こいつはやっぱり。
まあ、別にいいけれど。
都合の良い餌場かなんかのつもりかね、こいつは。
まったく緋咲は死んだように眠る。
台所にいた秀人は思い出したようにベッドに近づく。
朝と何か違うと思ったら風呂に入ったらしい。
そしてまた寝たのか。
そんなに寝てどうするんだ、どうなるんだ、こいつ。
ひんやりしたような頬を触る。
ひんやりしたような髪に触る。
そのまま面白い寝癖がついてしまえばいい。
髪の毛を軽く掴んで引っ張れば、頬に落ちた睫毛の影が揺れて。
目が開いた。
妙にぼんやりと、表情の欠落した、濡れた色彩の冷たさ。
「……と」
緋咲がきゅうと目を細め、見上げてくる。
手を掴まれた。
口元まで引き寄せられた指が唇に、触れたか触れないかの薄い感触。
次の瞬間には噛まれてるわけだが。
「それはエサじゃねえだろ」
秀人は怒るでもなく緋咲を見下ろす。
爪の根元には鈍痛。
けれど、噛みついていた歯が離れ、柔らかな舌を感じたときのほうが、
なにか痛みのようなものが伝わったのだ。
ぴりりと神経が痺れ、そこからざわざわと広がっていく。
腕の下で不埒な生き物が笑った。
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彼なりに寝場所の快適さを追及しているのだと思います。
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