だから、そうじゃないっつーの。
『眠る -2-』
違うって。
ああもう、頭悪ぃなあ。
「……ッ」
目を開ける。
必死に脳味噌が働いている。何かを考えようとしている。
しかし、何を?
土屋の目がようやく世界を認識し始める。
夢の続きが消えるにつれ、青色の空気がひしひしと迫ってきた。
未だ明けきらぬ空の下、寝転んだ視界に伸びるコンクリートの床。
誰かの手足。
影のような鉄柵。
その向こう、曇り空。
ああ、屋上なのか。
何もかもが水底のようで、土屋はぼんやりと瞬きをする。
しかし、なぜ屋上なのか。
昨日の記憶を追うと頭痛がした。
コンクリートの上で一晩明かした身体が軋む。
それでも身体を起こして周りを見渡せば、大抵のことは察した。
そこかしこに転がっているのは見知った人間達だった。
皆、幸せな顔をして寝ている。
つまり昨日、例のごとく飲んで飲んで飲み明かした挙句ここに流れついたんだろう。
どうしてこんな場所なのかはきっと誰も分からない。
酔っ払いに理路整然とした説明を要求してはいけない。
しかしまあ、これは良い方なんじゃないかと思う。
車が脇を走り過ぎるアスファルトと比べたら、まだましな寝床だ。
最近といえば、ふらふらと遊んでいるか飲んでいるか喧嘩しているかぐらいで。
そういえばまともに布団で寝たのはいつだろうか。
飲んで潰れてそのまま寝て、起きて部屋帰って風呂入って着替えてまた出かけて。
今日は、どうするかな。
土屋は緩慢に首を巡らせた。
ふと振り返ると、鉄柵に背を凭れるようにして緋咲が座っていた。
冷たい色をした瞳と目が合った。
「……おはようございます」
「ん」
短く答えて、傍らに置いてあった一升瓶の中身を白茶碗に注ぐ。
まさか水ではないだろう。
たしか昨日はそんなものを持っていなかったはずだが。
どこから持ってきました? この人。
緋咲は白茶碗を土屋のほうに向け、軽く首を傾げる。
「いや、もう一時間ぐらい休憩ください」
頷き、くいっと自分で空ける緋咲は、薄青い世界の中で唯一動いているものだ。
仄白い指が茶碗を置く。
「良く寝てたな」
「……そーですか?」
「誰も、ちっとも起きねえ」
詰まらなそうに言って、立てた膝に頬杖をつく。
その顔、その目に酔いは有るのか無いのか。
誰もが酔い心地の夢を彷徨う中、一人白々とそれを眺めていたに違いない。
しかし、それなら緋咲はいつ眠るのだろう。
土屋はよろよろと立ち上がり、緋咲の隣に座った。
欠伸を噛み殺しながら煙草を取り出すと、緋咲も自分のを銜えた。
二本の煙草の間で燃えた炎が、間近にある顔を照らす。
硝子玉のような瞳は、人形のそれだから、眠ることを忘れているのかもしれない。
そんなことを取留めもなく考えながら、土屋は紫煙を吐いた。
天に昇るそれを何の気なしに目で追えば、水底のような空は、星の海。
ぶつかりあう綺羅星。
酒精の幻覚は眼球の裏側で踊る。
土屋は鉄柵に凭れていた身体をずるずると沈めていった。
「……さっき一時間って言いましたけど、もう二時間延長で」
緋咲はそれをちらりと眺め、曇天に紫煙を吐く。
「おやすみ」
そして小さく欠伸した。
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休肝日はありません。
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