*この先学園パラレルにつき、ご注意は下記のとおり*

1)右も左も学ラン、ついでに上も下も学ラン。足りない場合は脳内補完。
2)麓沙亜鵺とか外道とか無さそう。
3)乱校のように極端な学校ではない。

それでもよろしい方は、↓にどうぞ。

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どこまでも、どこまでも、地平線がそこにある。
その寂しさに立ち尽くす。







 『 飛ぶ鳥は青を突き抜ける 』












夢を見る。
なにか寝覚めの悪い夢だ。
どんなものかは良く覚えていない。
けれど、断片的に残る記憶は覚束ないくせに、目に映る光景を鬱屈させる。
何故なのかなんて、知らない。



唐突に、時貞は覚醒した。
目を見開いた先にあるのは白い部屋。
家具といえるものはほとんどない。
ごろりと転がった空虚。
壁と天井の白が視神経を締めつける。
その真ん中に立ち尽くし、奥の寝室へと続くドアを眺める自分に気付いたとき、
時貞はようやく、どこにいるのか思い出した。
ここは彼の友人の部屋であり、奥のドアの向こうには寝起きの悪い本人がいるはずだ。
そして、自分が何をしに来たのか思い出す。
同時に、それを忘れていたことに驚かされ、背筋がうそ寒くなる。
犬の鳴き声がした。
開いたドアの隙間から、ルーファスが顔を覗かせ時貞を呼んだ。
それはあんまり楽しそうで
時貞は小さく笑うと、そちらに向かった。
意識の上に生じた裂傷は忘れたふりをした。

寝室のほうも家具らしいものはベッドぐらいだ。
それでもこの部屋には生き物の気配がある。
ベッドに横たわる人間は、よほど深い眠りに浸っているようで、
アービィの楽しげな咆哮を間近にしても、起きる様子がない。
外から帰ってきて着替える間もなく力尽きたようだ。
仄白い目蓋はぴくりともしなかったが、ルーファスが身を乗り出して吠えたてると
形の良い眉が僅かに顰められた。
襟首を掴んで軽く揺さぶれば
「起きろ」
やがて冷たい色をした瞳が、ぼんやりと開く。
「おはよう」
時貞の声に、緋咲は茫として小首を傾げた。
「今、何時」
「八時ちょっと過ぎ」
「……まだ30分も寝てねえよ」
ぐだぐだ言いながらまた寝そうになる緋咲を、時貞は勢いよく引き摺り起こした。
「寝んな、起きろ。今日は学校行くから起こしに来いって言ったのは、緋咲だろ」
「言ったけど、今日来るなんて思ってなかった。
おまえのことだから、来ても明日か明後日だと思ってたのに……」
緋咲は眉根を寄せた。
そして時貞が学ランを着て、もうすっかり学校に行けるのを見て、渋々ベッドから降りた。
「風呂入ってくる」
途端にアービィとルーファスが、遊んでくれるのかと期待して吠え回る。
「うるさい、バカ犬兄弟」
聞き分けの良い兄弟はぴたりと鳴き止んだ。
そして、今度は頭を低くして緋咲の膝の裏側に体当たりする。
勿論二匹は遊んでいるだけだ。
尻尾をふりふり纏わりついていくのだが、寝起きの緋咲がつんのめるには充分だった。
時貞はおもしろがって笑った。
いつのまにか、あの気分の悪さは忘れていた。


付き合いは、中学から始まってる。
その頃から緋咲は慢性的な不登校だった。
いや、その前からあまり学校に行ってなかったらしい。
決定的に、どうしても、朝は起きられないのだ。
生物としての仕組みからして、そうなっているらしい。
本当かどうかは、知らないけれど。
知り合って以来、そんな緋咲を朝に起こして一緒に学校に行くのが、時貞の役目になっている。
それでも、緋咲が一限の授業に出ることは奇跡に等しい。
必然的に時貞も授業に遅れることになるのだが、あまり気にしていなかった。
もともと、緋咲は思い出したときだけ学校に行く。
高二になってからは、まだ一度も登校していないはずだ。
五月はもう、始まっていた。
煙草を二本吸い終わるころ、幾らか目の覚めたらしい緋咲が戻ってきた。
濡れた頭をタオルで掻き回しながら、なんとなく恨めしげに時貞を見る。
「普段約束なんか守んねーくせに、なんで今日にかぎって……」
時貞は猫のように笑ってみせた。
その顔にタオルを投げつけ、緋咲は学ランのボタンを留める。
そうして濡れた髪を指で梳き、済ました顔をしていると、
たとえ髪を紫にしていても、しっかり学生に見えてしまうから不思議だ。
他人事のように、時貞はそう考える。
緋咲は時計を確かめた。
「時貞、今日何で来た」
「仲良く歩いてきた」
「じゃあ、一限の始めに間に合わねーな。どうせならメシ食い行こうぜ」
「なんで? 単車あんだろ」
「この前こかしたついでに塗り直してる」
「ふーん、だったらバスかー」
時貞は傍らにいるアービィとルーファスをちらりと見た。
二匹が目を輝かせて立ち上がる。
「おまえらはダメ」
緋咲はあっさり言い切った。




たん、たんと、バスが揺れる。
時貞はぼんやりして首を巡らせた。
窓から五月の光が静かに差しこんでいる。
知らぬ間にうたた寝していたらしい。
なにか寝覚めの悪い夢を見ていたような気がした。
隣に目をやると緋咲は眠っている。
一番後ろに乗っている二人を残し、いつのまにか他の客はいなくなっていた。
バスの中は、しんと静まり返っている。
ほんの僅かなうたた寝のはずなのに、光の明るさが少し変わったように思えた。
窓の向こう側を見知った街が流れていく。
まだ夢を見ているのかもしれない。
溶けるように流れていくその景色が、いつか見た情景に重なっていく。
寄り添うように密集したアパート。
古ぼけた壁にはペンキの天使。
全てを包みこむ幻の喧騒。
バスは時貞を乗せて、今はもう遠い街の道路を行く。
やがてそれらは瓦礫となり、見る影もなく砂となり、
あとは果てしない青空と、地平線。












たん、たんと、バスが揺れる。

時貞はぼんやりして首を巡らせた。
窓から五月の光が静かに差しこんでいる。
知らぬ間にうたた寝していたらしい。
隣に目をやると、緋咲は時貞に寄りかかるように眠っている。
伏せた睫毛に光が透ける。
時貞は、しばらくその寝顔を眺めていた。










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