たいとる : 『君と僕らの15歳』
ながさ :短い×14
どんなおはなし :みんなまとめて15歳の全寮制男子校パロ俺アースで、ハル+バリー+ブルース。
ただしハルは、オラオラとメソメソの二人が双子です。 どちらのハルの視点なのか分かりにくいところがあるのは仕様です。



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7.男子十五にして憤怒の河を渡る
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ハルは恋をしている。
年頃特有の、恋をしなければ、という義務感めいたものでなく、
菫の花の砂糖漬けのように甘く、紫電と共に地獄の釜の開くような恋だ。

けれど、1号には話してない。

ハルの好きになる女の子たちはみんな1号が好きだった。
1号に散々焚き付けられてラブレターを渡した子は、どうしてもう一人の方じゃないのと酷くがっかりした。
その時、二度と1号には話さないと決めた。
(ハルはいつも、ハルと同じ子を好きになる。)
(そんなとこまで同じじゃなくていいのに、とハルは思う。)

息子達の進学に、母は寡婦支援制度を適用され、ハルと1号をコーストシティから遠く離れた全寮制の学校にいれた。
1号に父親と同じ道を歩ませたくないからだろうけれど、ハルは別に、1号と一緒でなくてもよかった。
(双子なんだから、という理由でもないような理由でいつも当たり前のように一緒にされる。)
(公平? でもハルも1号も、双子に生まれたかったわけじゃない。)

しぶしぶ選ばされた学校(しかも男子校)で、
けれどハルは今、恋をしている。


その日、ハルは朝から自主休校で、寮の部屋でぼんやりしていた。
1号とバリーは授業に行った。
静かだった。
窓辺は、なんだかずっと遠くまで見渡せるような気がして、
街の方を眺めていると、学校へ続く坂道を誰かが自転車で登ってくる。
変なの、と思った。
制服を着ているから生徒だろう。
でも学生なら寮に入っているはずだ。
(そういえば、生意気な奴が転校してきたってハルが。)
ジグザクで傾斜のきつい坂道を、道沿いの木立に見え隠れしていた転入生は、
ちょっと眺める間にもう校門まで到着して、視界から消えた。
そして、景色から動くものはなくなる。
ハルは自分の部屋を出て、1号の部屋の窓辺に立った。
野外活動(電波のない山中で野宿するニ泊三日)で使う双眼鏡を覗いてみたのは、
生意気だという転入生の顔を、少し見てやろうと思ったからで、
けれど、とっくに2限も始まった時刻。
自転車を置いた転入生は、急ぐ様子もまるでなく。
その横顔が、どうして“生意気”なのか、ハルはわからなかった。
優しげな顔立ちは良家の坊ちゃんというのも頷け、特別背が高いとか、喧嘩が強そうとか、そんなこともない。
(なんだ、ふつうじゃないか。)
暫く眺めていると、転入生は校舎に入り、見えなくなった。
その後も校舎の窓を見ていたけれど、どの教室に行ったのかわからなかった。

終業のベルの鳴る夕方、暇なので1号が帰ってくるまで自転車の置かれたあたりを眺めていた。
1号が帰ってくるまで待ったけれど、転入生は現れなかった。
部活をしているのかもしれない。

次の日、気が乗らないので今日も自主休校しようとしてたら、1号に教室に連れてかれた。
途中の廊下で、向こうに歩いていく後ろ姿を見たような気がした。
その日と次の日、ハルは1限から最後まで授業を受けた。
彼と同じクラスは、一つもなかった。

そのまた次の日の昼、今日も1限から登校したハルは、食堂のテーブルで今期のカリキュラムを見ていた。
ハルの学年はまだ必修の基礎科目の方が多いが、学習進度によってクラスが違う。
(ハルと1号は全部が同じ。)
(二人もいるんだから、片方が休んだっていいじゃないか。)
転入生は上級内容のクラスにいるのかもしれない。
それとも、さぼってるのだろうか。
ハルはタブレットを置いて、目の前のスパゲッティを食べてしまおうとした。
その時、初めて気付いた。
ハルの正面、三つ前のテーブルに、いつのまにか、背筋を正しく伸ばした後ろ姿。
天井の明かり取りから降る光の下、昼休みの喧噪の遠く、音の凍える静けさの底。
誰も彼の隣になく、彼も誰を呼ぶことなく。
その後ろ姿をずっと探していたのだと、ハルは惚けた頭でようやく悟った。
心臓が異様に跳ねる。
鼓動が耳の中で膨れ上がる。
呼吸、の仕方を、忘れた。
肺に酸素が届かず、視界の真ん中に焼き付いた“彼”が、光の泡に包まれている。

ぼっち飯。

1号がそう呟いて、ハルは我に返った。
目をぱちぱちさせてると、隣に座っている1号が肩を軽くぶつけてくる。

「あいつ」

ハルと同じ顔が、ハルの見ていたものを見ている。

「こないだ、メイスがあいつのシューズ隠してた。 バッカじゃねーの」

笑いをにじませ、とっくに食べ終えた自分のトレイを手に“ハル”が立ち上がる。
通路を歩いていき、彼のテーブルを通り過ぎざま、その後ろ頭を良い音を立てて叩いた。
周りにいた生徒達が何事かと目を丸くする。
けれど、“彼”は極自然に指で黒髪を梳き、トレイを持って席を立つ。
それから、すたすたと足を進めて前にいるハルに追いつく、と思った瞬間、その背中を蹴った。
前のめりになったハルは、傾いたトレイから床に落としそうになった皿を慌てて宙で掴み、振り返って悪態をつく。
でもハルは、笑っていた。

二人が食堂からいなくなるのを見、ハルは、まるで鏡の国を覗き込んだようにぽかんとして、
何が起こったのか、良くわからない。
俯くと、胃を絞られるような吐き気がした。





その夜、1号のセルフォンを見た。
通話履歴に転入生の名前はなく、今の彼女とはちゃんと連絡を取っている。
それを確認し、ハルは1号の部屋のドアを叩き開けた。

「うわっ、びっくりさせんなバカ!」

無言でセルフォンを渡すと、丁度それを探していたらしい1号は、ああと受取って、
ハルの顔をまじまじ眺めたかと思うと、

「……おまえ、何怒ってんの?」
「怒ってない」








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こんなんでも、2号は自分と1号は仲が悪くないと思ってる。
2号と1号は同じものを見ても違うものを見ているのに等しいといい。
ちなみに、1号がセルフォンで2号がタブレットなのは、1号はぶっ壊したからです。










8.
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1号は当惑していた。
片割れである2号は部屋に閉じ籠り、今頃枕を抱えてめそめそしているだろう。
(今に始まったことでないが。)
元凶は季節外れの転入生。
前の学校で揉め事を起こし、警察沙汰になる前にコネで今の学校に潜り込んだという噂の。
(そんなテキトーな噂が流れるのは、ブルースが他人と付き合おうとしないからだとハルは思う。)
が、何故そうなるのかちっとも理解できないが、2号は、あの偏屈坊ちゃんのことが、好きらしい。
呆然としたくなる。
アイツ、おまえと同じでチンチンついてんだぞ!
叫んでみたところで空しくなるぐらい、ここにはついてる奴しかおらず、だから何だと地球は回る。
溜め息。
だから何?
どうでもいい、ちょっと驚いただけ。

ただ、ハルと同じ顔してまったく意気地のないハルは、
ハルが背中を押さなければ、いつまでたっても相手の目の届かない物陰から覗いているだけで、
そんな報われたためしのない片恋の相手が、まさか自分の友人だったことが、どうにも居心地悪く、


心乱れたその夜のマリオカート大戦は、マリカー処女にも負ける始末。
ハルは、バリーの肩で泣いた。








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1号と2号の思惑は盛大にすれ違うといい。
1号は2号のことを分からんと思ってても分かってるし、分かってると思ってるところほど分かってない。
2号は1号のそういうとこ、嫌いじゃないけど死んでくれないかなと思う時はある。
だって兄弟だもん。









9.
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小首を傾げているブルースに、1号は溜め息をつき、
隣で罠にかかった子鹿のように震えている2号を、どんと前に押し出した。

「ごショーカイが遅れましたー。 こいつが俺の双子の片割れ、“ハル”だ。
 やっさしくしてねー」

2号が下を向いて目を合わせないまま、ちっちゃな声で "Hi." と言ったのを、
1号は聞こえたが、ブルースは聞いてもいないのだろう。
興味深そうに、というより、猫が獲物を探るように、2号の真っ赤な顔をわざわざ下から覗き込む。

「ちょ、止めてあげて! そんなことしたらコイツ確実に泣くから!」
「うるさい方のハルは少し黙って」
「うるさい方って言われた!」










10.箸が転んでもおかしい年頃。
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ずっとさぼっていた2号は初めて知ったらしいが、ハルと2号とブルースは、美術のクラスが同じだ。
今日の授業は人物画スケッチ。
講師からモデルをやれと指名されたのはブルースで、散々ブサイクな顔でしぶった後、
抵抗空しく、中央の椅子に座らされた。 (さっさとしろよーと野次って2号の後ろに隠れたのはハルだ。)
その周りに生徒達がめいめい好きなように座り、ハルとハルは、モデルの斜め前に。
本当は楽そうな後ろ姿が良かったのに、それを察した講師に二人並んで前へ追いやられた。
そんなこんなで楽しい写生のお時間。
が。
五分も経たないうちにハルは鉛筆を握り締めてスケッチブックに突っ伏した。
ちらりと視線を上げれば、モデルは取り澄ました顔で座っている。
憂いを帯びた王子様ヅラは、バイロン詩集を手に。
世界は天上からキラキラとした光や花弁を振り撒くようで、なんだこの完璧っぷり絶対わざとだろ。
痙攣する腹筋に堪えきれずぶふっと噴き出せば、講師から「ジョーダン!」と叱責されたが、
何故か隣にいる2号の方がびくりとした。
覗いてやると2号のスケッチブックも真っ白で、「せんせー、コイツもちゃんと描いてませんー」
すると、澄ました顔をしていたブルースが、唇の端で小さく微笑を刻み、肩を震わせ出す。

「モデルが勝手に動いてんじゃねーよ」

余計笑ってしまうらしいブルースは手で顔を覆って、

「こっちを見るな、うるさい方」
「またうるさい方って言われた!」






授業時間が終わりに近づいたころ、ハルは気付いた。
脇に立った美術講師がなにか満足げに一つ頷いて、今度は別の生徒を覗く。
ハルは手を止め、自分のスケッチを見下ろした。
失敗だ。
うっかり上手に描けてしまった。
何が悲しくて瞳に星散る王子様を上手く描かねばならないのか。
ちらりと隣の2号のを覗く。
うん、おまえは良く頑張った。
しかつめらしくハルは頷くと、時計を見、残り少ない時間で自分に何が出来るか考えた……。





暮れなずむ日の、学生寮の一室。
バリーはサラダホープの袋に手を突っ込んだ。

「で、C評価?」
「AからのC」

ハルの見つめる画面はstrike suit zero。

「何するとそうなるの」
「吹き出しつけて、そこに"I'm on my period."って書いた」
「怒られたでしょ」
「あやうくもう一枚描かせられるとこだった」

ふふんと笑って、「芸術を知らない奴め」とうそぶくハルの頭を誰かが後ろから叩いた。
そこに立っていたのはブルース。
持っていたスケッチブックをハルの頭に垂直に落としたようだ。

「ブルース、もう終わった?」
「お土産を頂いてしまった」

何故だか困ったような顔のブルースは、授業でスケッチをしなかった代わりに、
後日放課後、校長室でスケッチするよう言われ、「流石お坊ちゃんは特別待遇だな!」とハルはからかったのだが。
そのぱんぱんになった制服のポケットからはみ出ているのは、ロリポップの棒だ。
そして、次から次へ出てくるキャンディー、チョコレート、クッキー……。

「Trick or treatが一人だけ早くないか、校長」
「ハロウィンの準備しなくちゃ!」









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I'm on my period.=あたし生理中なの。
元は水泳の授業を体育座りで見学してるぼっさまの後ろにホワイトボードを持ってきて書く、
という話だったんだけど、これ打ってるのが秋なので、さむ。 プールは屋内だろうけど、さむ。
校長は笑顔の素敵なブロンド紳士(ゴッサム出身)。
その正体は魔法使いのおじいさんなのだ。
2号は真面目に描いたから評価良かったよ。
最初の空白の五分間は鑑賞していたのです。










11.
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おまえ何か楽器やれる?
……小さい頃はピアノを弾いたけれど、今は指が動くかわからない。
ピアノとかますます坊ちゃんだな!

放課後の工作室。
たまたま見つけたスティックでドラムの真似事をしているハルが、
リズムを刻むその木箱の積み重なりが、見かけほど安定していないのを、
倒壊までの秒数を考えブルースは眺めている。
と、

「完・璧」

ひとり工作に勤しんでいたバリーが、会心の笑みを浮かべる。
手にしているのは、金属製の洗面器にラッカー塗装した一対の翼を付けたもので、
ブルースは小首を傾げる。

「……ブロディヘルメット?」
「惜しい!」
「“フラッシュ”な。 昔のコミックスの」

生まれてこの方コミックスなど見たことがないかもしれない、純系箱入り坊ちゃんは、
一拍遅れて、「ああ、ハロウィン」。
手作りのヘルメットの出来映えに上機嫌のバリーは、にこにこしながらかぶってみせると、

「かっこいい?」

そのキラキラした瞳を、ブルースは真っ直ぐに見つめ、

「格好良いよ」

二人は、麗かなお花畑の中で微笑み交わすかのようで、
ハルは何故だか知らないがとにかく何かを爆発させねばという謎の衝動に悶える。
そんな彼を余所に、10月31日を待ち切れない“ゴールデンエイジヒーロー”は無邪気だった。

「ブルースは何にするの?」
「……え」
「この学校のは強制参加だ。 さぼればいいとか思ってんじゃねーぞ」

ハルの方を見遣ったブルースはあからさまに、めんどくせェ、の顔で、
にやりと笑ったハルは、

「よーし、俺が考えてやろう!」
「断る」
「遠慮すんな」

ハルは有無を言わせずブルースの頭を両手で掴むと、むむむと思案げに。
頭骨の形を確かめるように撫で回し、ついでに黒髪をくしゃくしゃにしてやり。
機嫌の悪い唸り声でブルースが手を払いのけようとした瞬間、

「決めた! キャリーだ!」
「……誰?」
「貞子がいるといいよねー」
「誰?」






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キャリー・ケリー、ではない。 スティーブン・キングの方。 頭なでなでとまるで関係ない。
貞子:言わずと知れた『リング』山村貞子。
あとはエスターが揃えば死角なし。

フラッシュは勿論ジェイさんです。 ドラマすこぶる格好良い。








12.
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「……血塗れの少女がテレキネシスで殺戮を行うという概要は了解した。
 とりあえず、ブロンドのかつらとドレスがいるな」
「靴と豚の血も忘れんなよ」
「豚か……」

そう呟く友人の思慮深い横顔に、まさかこいつ本気で……とハルは思ったが、面白いので黙っていた。
すると、まだヘルメットをかぶったままのバリーが、

「ハル達はどうするの? ウィーズリーツインズ?」
「それだけは絶対にや ら ね え。 何故なら今まで親に散々やらされたからだ!」
「えー? じゃあ何にするの?」
「シンクレア兄弟」
「……なんのキャラクターだっけ」
「HOUSE OF WAX」
「あー」




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HOUSE OF WAX(蝋人形の館):おいでよ双子沼。ジャレッド・パダレッキもいるよ。
ウィーズリーツインズ:僕らの心に傷を残したホグワーツ魔法魔術学校の双子。
にしても、『キャリー』(1976年)については一人での鑑賞をすすめたい。
怖いより切ない。 キャリーは普通に可愛い。 ママが一番怖い。
なぜ豚の血かは映画を見るとお分かりかと。










13.
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二日ほど経った後、ハルとバリーが授業を終えて寮に戻ると、なんだか大きな箱が届いていた。
宛先はハル。 差出人はゴッサムシティのウェイン邸。

「ウェイン“邸”?」
「ブルースの実家かな」

とりあえず部屋まで運び、さて。

「開けるか」
「本人を待とうよ」
「えー、俺宛てなのにー」

そこへ、いつもよりだいふ早く現れた(けれどいつもどおり元気よく山中を駆け回ってきたらしい)ブルースが、

「届いたか」
「おかえりー、今日は早かったね」
「最後の授業が休講になった」
「休講の使い道がおかしーだろ、健全な学生として」

素知らぬ顔で梱包を開けたブルースが、中から無造作に掴み出したのは、

「怖っ」

長い長い、腰まで届くような、女の髪だ。
どうやら箱はハロウィンの準備のために送られてきたものらしい。
取り出した金髪のウィッグをぽいっとハルに投げ、ブルースは次々と中身を出していく。
清楚な白のワンピース、履けるのか不安なハイヒールのパンプス、ボトル入りのドス赤い液体……。

「舞台用の血糊だな」
「豚じゃないのか」
「そんなもの、アルフレッドが寄越すと思うか」
「アルフレッド?」
「僕の家族だ」

箱の中から手紙を見つけたブルースは嬉しそうで、けれど何故だかとても寂しそうで、
(なんだ、コイツもやっぱり、家が恋しいのか。)
気付かないふりのハルは、手にしていたヅラを、かぶる。

「うっわ長っ! 前見えねェ!」
「何してるの、向きが変なんだよ」

笑いながらバリーが余計おかしくするので、ハルは両手でウィッグを直しながら逃げ、
リビングの片端にある姿見まで苦労して辿り着くと、鏡を覗いた。

「……金髪ロングストレートになったからといって、美少年が美少女になると思ったら、大間違いだ!」

鏡の中、けらけら笑い転げるバリーの隣で、ブルースが子供みたいに笑ってた。





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おかえりと言ってるけれど、ぼっさまはやっぱり寮に入ってない。
夜中に魘されて起きる、というのがほんとうに大人になるまで続いてたんじゃないかと。










14.僕の知ってるラッキースケベじゃない。
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放課後になるとハルは図書室に行く。
奥の窓から外を眺めていると、たまに、ランニングに行く“彼”の姿が見える。
軽やかに大地を蹴って駆ける姿は、まるで風に乗っているようで、息を飲む間に森の中に消えてしまう。
運が無かったら、ハルはいつまでも窓の向こうを待ちぼうけ。
ぼんやり頬杖ついた目裏、落葉の森の、木漏れ日の下、
ひたむきに前を見据えて走る人を、想う。

その日、“彼”は現れず、ハルは図書室を後にした。
寮に帰り、階段を上がり、ハル達の部屋へ。
ドアノブを握る時、いつも緊張する。
知らないうちに“彼”と1号は友達になっていて、最近部屋に来ることが多い。
ハルにも、声をかけてくれる。
顔が赤くなるのを隠さねばならないから、ハルは短い挨拶しか返せないけれど。

ドアを開けると、“彼”はいなかった。
安堵と、落胆に、ちょうどリビングにいた1号が声をかけてくるのをハルは無感動に見遣った。
1号は、どこから持ち出したのか分からない白いキャミソールを、真面目な面持ちで眺めている。

「これさー、おっぱいの部分がブラになってんのはいいけど、何か詰めないとボリューム足りないよなー」

言ってることが良く分からない。
ハルは片割れの言葉を軽く聞き流し、鞄を置いてバスルームに続くドアを開けた。
単純に用足しをしたかっただけなのだが、ドアノブに手をかけ、元から少し開いていることに気づく。
その隙間から、笑い声を聞いたような気がした。
ハルは、そっとドアを押した。

金髪の少女が、浴槽の縁に腰掛けている。
ドレスの裾をつまんで、白い腿が見えそうなほど持ち上げ、あらわにした、伸びやかな二本の脚。
その足元に膝をついているのはバリーだ。
少女の足首を優しく掴み、もう片手に、T字のカミソリを持っているのに気付いた時、
一瞬でハルを焼き焦がしたのは、見てはいけない光景を目にした羞恥だけでなく。
喉が妙な音を鳴らした。
すると、少女が顔を上げた。
ハルを見、はにかむように、

「やあ、“ハル”」

その、星々の煌めくような藍色の瞳は、“彼”の。


振り向いたバリーの「ごめん、ちょっと待ってて?」などハルには聞こえなかった。
転がるようにバスルームを飛び出し、足が縺れながらぽかんとしてる1号を無視して自分の寝室に駆け込み、鍵を。
制服のままベッドにもぐりこみ、暗がりの中で手足を小さく、小さくちぢこめた。
自分の心臓の音が頭をがんがん撃ちまくる。
犬みたいに熱の籠った呼吸の止まらない口を両手で押さえ、
このまま窒息したい。
でなければ化石になりたい。
“彼”がすぐ向こうにいる部屋で、申し訳ないぐらい固く勃起したチ××を扱かずにいられるなら、
死にたい。


ドアの向こうで1号が呼んだ。

「ぅおーい、おまえも、すべすべつるつるの脚をさわらせてもらえー」
「ほ ぉ゛っ で お゛い゛て っ」




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13.と同日。
剃毛というシチュエーションが好きなので、なんかノリで剃ることになればいい、着てみた後に。
アルフレッドの配慮でロングドレスなんで足はほとんど見せないと思うけど。
つか、キャリーにボリュームなどいらんのや。
ぼっさまにしろハルにしろ女顔ではないので、ヅラとドレスだけで完璧な男の娘、とかそれはない。
ただ、2号は元からぼっさまが王子様に見えてるし、女装したってお姫様に見えるだけだし、
わりとどっちでも勃つ。

まだ続く。
今作ってます。






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