たいとる : 『昔々ある所に、性格の複雑に屈折したダークナイトと、やることがちょっと大博打なグリーンランタンがおりまして』
ながさ :短い×110-115
どんなおはなし :102からの夏っぽい小ネタ集、これにて終了。



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110.暑ければ、


どこへなりと涼しい土地へ。
別の銀河ですら「ちょっとそこまで」。
右手のそれは、何もかもを許された証。
けれど、すべて両腕におさまってしまう小さな部屋の、
うなじを落ちる光に口づけするのも、夏の情趣かと彼は思う。











111.夏休み


暫く顔を見せなかった男は、その日の昼飯刻にぶらりと現れ、
ハルと鍋を一瞥すると何を聞くより前に、

「また素麺」
「うるせえ」




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夏休みのお母さんに素麺が多いのは、鍋一つで全員分一度にまかなえるからで、
んでもおハルさんの場合、箱でもらったとかいう理由で一夏素麺。 全然平気。











112.君と夏


海は碧、陽光の燦々と降り注ぐ白い砂浜、
そして、夜闇の淵から現れ出でたような、異形の黒。
まさに悪夢だ。
ハルが腕組みして唸る眼前の佳景は、楽園と謳われる珊瑚礁の海であるのに、
その美しい浜辺でわざわざ小難しい面をしてリーグの連中に指示している真っ黒黒は、ゴッサム固有種の人食い蝙蝠。
陰気陰険偏屈、日の光を浴びると灰になってしまう吸血鬼でないにしても、その親戚のようなもので、
夜なら雨も霧も良い、月は尚更。 でなければ暗い穴蔵に引っ込んでいる生き物が、
こんな健やかな太陽の下。
時には人間の皮をかぶって昼間でも出歩くことは知ってるが、
お高い車に両脇の美女、ハルのアパートなど靴代にもならない大富豪は、微笑しながらも死んだ魚の眼をしていて、
そんな姿を見かける度、酷なことをさせられているなあと、他人事ながら思っており。
で、あるから。
生息地を遠く離れてしまった蝙蝠に、ハルが日傘を差し出したのは、
純粋に相手を思ってのことだったのだ。

突如生み出された日陰は、鮮やかなパロットグリーン。
ブルースは一瞬停滞し、それから。
100人いれば99人、男も女も、ハルの笑顔を晴れやかであると認めるだろう。
だが、ここに稀有な一名。 血も涙もないとの定評あるゴッサムのダークナイト。
銀翼が美しい弧を描く青空のような晴れやかさこそ、厭わしいというように。


海は碧、空は青、黒は黒。
一瞥で好意を無下にする人情のなさの、
どこが愉快なのか、ハルは悪戯を成功させた子供のように笑うのだ。






++++

うそ。
最初から最後までふざけてるおハルさん。















113.楽園の病


噴水から涼やかな風が生まれる。
庭園は椰の木陰、白い日傘の下の、良く冷えた赤いサフラン酒。
かつて悲しい女達が連れてこられ、二度と朝を迎えることのなかった古の宮殿も、今は虚ろに日暮れを待ち。
青い瞳のシャフリアールはサンダルの足を組みかえる。
そっと溜め息。
千夜の夢は終わってしまった。
三日月刀の暗殺者に、歩く死体、人食い鬼の彷徨う月光の廃墟。
美しい物語は砂漠の彼方に消え、現代に生きる者達は、まず現代に果たさねばならないことがある。
しかし。
思考の退廃はそこで途切れた。
騒然とした気配が庭園の入口から伝わり、メイド達が駆けていく。
と、従僕の制止を気にも留めず現れた男。 どこから来てどこへ去るのか、いつものあのジャケット姿で。
(輝くばかりの笑顔を腹立たしく思うのも全くいつもどおりの救い難さ。)
誰に許しをもらったわけでない客人は、ずかずかと彼の前にやってくると、
ポケットからしわくちゃのドル紙幣を掴んで酒杯の卓に叩き付け、

「デートに行こう」

あらゆるものが売買可能な資本主義社会。
さて、超巨大企業のCEOの物憂い1秒を乞うために、いったい何人のベンジャミン・フランクリンの血が流されるべきか。
(1ダイムを泉に投ぜよ。 正直者には幸運を与えよう。)
ブルースは何も聞こえなかったかのように、眼差しを壮麗な白亜の宮殿へ、
噴水に砕ける清らな光、茉莉花の甘やかな香り。
そして、ようやくハルに向けた瞳は、赤い月のように微笑んでいる。





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王様とパイロット。
赤いサフラン酒は千夜一夜物語、でなく、小川未明。















114.真空


まるで、空が墜ちてくる瞬間を、凍えた目玉で受け止めようとするような。
それと言葉にしない緊張が誰の顔にも張り付いている。
低く声を抑えた指示、素早く見交わす視線、
管制室は皆が習熟したプロフェッショナルであり、異常事態の発生に即応出来るよう訓練されている。
しかも今日はV.I.P.が後ろから見ているのだ。 プロジェクトの今後に関わるような失態を演じてはならない。
だが、口にしなくとも、不安は既に全員の皮膚下に侵食していた。
ガラスの向こう、遥か宇宙を透かす紺青のパノラマでは星々が煌きはじめている。
この砂礫の大地から人々は何度でも天空へと飛び立った。
より速く、より自由な翼を得るために。
しかし、イカロスの時代から数千年を経、未だ彼の神話は人類への警鐘の役を終えない。
それは誰もが知っていることだ。


そんな彼等を、ブルース・ウェインはおっとり眺めていた。
端整な顔立ちに涼しげな眼差し、上質のスーツに包まれた身体もそれに見合う均整が備わっているのだろう。
浮き名の二つ三つは常に絶えない大富豪は、仕事の方でも存外身軽だったらしく、
ウェインエンタープライズのCEO自ら試作機のフライトテストに姿を現した。
半分は美人の女社長に会うためだろうが、自身の気紛れだという突然の来訪を詫びる笑顔は闊達として、
慌てて飛んできた案内役の説明にも良く耳を傾けていた。
しかし、管制室の今。
飛行中の機体に何が起きたのか、これから更に何が起ころうとしているのか、
そのままの事実を彼に伝える者はなく、ただ予定が少し遅れているとだけ、あらゆる表現を駆使し婉曲に。
案内役は熱心に、開発の進捗状況や今日の飛行計画など一から説明し直し、
そして、不測の事態に対して彼等が如何に備えてあるのか事細かに……。
ブルースはそれらの言葉に鷹揚に頷き、天藍の眼差しは朗らか。
様々な事業に携わる彼のような人間は、こういうことも間々経験するのかもしれない。
失礼、と管制室を出て行く彼の姿は自然だった。
セルフォンで通話でもするのだろうと誰もが思った。
そうではないと案内役が気付いた頃、彼は既に地上、ざらつく風の中に立っている。

大地は乾ききっていた。
遮る物のない強烈な太陽光線が磨滅させた地平、落陽が赤く西の際を焦がす。
ラピスラズリの天蓋はどこか昼の蒼さを留めていても、ひび割れた大地から湧き立つ夜気は暗く冷たい。
消火班は滑走路の傍で待機していた。
彼等は一様に空を仰ぎ、待っていた。
“地点”が大きくずれるようなら迅速に移動しなければならない、と考えながら。
同じ場所に、場違いな男が一人、やはり空を見詰めて立っていた。
宵闇の漂う中でも男の風貌は、砂埃や機械油になど一瞬でも触れることのない人種のそれだった。
消火班の幾人かはそんな男に気付き、その顔を、何かで見たことがあるように思えた。
が、彼等が思い浮かべた人物の絢爛たる華やかさと、睨むように天を見据える横顔の、永久氷壁のような厳しさ。
その乖離を、同じ人間のものであると信じることは出来なかった。
男に誰何する者はない。
彼等の上空は、いつ炎の塊が墜ちてくるか知れず、
息を殺し、その瞬間を待つしかなく。

やがて。
人々が何を思い、何を恐怖するかなど、
まるで及びもしない、物理法則という真理が支配する世界から“それ”は現れる。
雷鳴を置き去りにした稲妻が天を覆う黒雲を一瞬で切り裂くように。
機影が見えた、と思った時には、目玉に飛び込んでくる勢いで接近しており、
動物的本能が人々をたじろがせる頭上、気流に乗る鷲のように悠然と旋回する。
天空に吼え哮ける轟音。
そこに混じる異様な軋みを、なにか呆然と人は聞き、
滑るように降下を始めた機体の、奇妙な傾きに背筋を粟立たせ、
なのに、いっそ優雅に、金属の塊は着陸した。
すぐさまコックピットからパイロットが身軽に飛び降りる。
ヘルメットを外した顔が、何か言おうと同僚達に向かって口を開き、
固唾を呑んで着陸を見守っていた彼等は、呪縛を解かれ喝采を、
瞬間、紅蓮の炎が舞い上がった。
あらゆる過負荷は遂に爆炎と化して機体から噴き出し、
燃え上がる凄まじい火勢はまるで真紅の翼が羽ばたこうとするかのよう。
消火班が即座に動く。
人々はそれぞれの役割を果たすべく動き出す。
騒然と、しかし、活気に満ちて。
煉獄の祝宴のように赤々照り輝く世界の真ん中で、パイロットは笑った。
視線の先にはただ一人。
笑いもしない男の、凍てついた炎の瞳。





消火班の新米は、作業中であるのに余所見していた。
周辺の状況確認だと彼は言うかもしれない。
兎も角、話し声が聞こえるので彼が振り返ると、先程まで自分達が待機していたあたりに人が集まっている。
見れば、副社長や開発部の部長と談笑している長身の男は、“あの”ブルース・ウェインで、
多分そうじゃないかなと思っていたのはやはり間違いでなかったようだ。
(先程ちらりと窺った時の、柔和と真逆の表情は、宵闇のせいだったのかもしれない。)
たしか、社の筆頭株主でプロジェクトの出資者だとか。
ひやりとしたが、空中分解寸前だったテスト機が原形を保って戻ってきたんだ、上の連中もほっとしてるだろう。
機体を分析すれば詳しい故障箇所やその原因が解明出来る。 バラバラになっていればそれも難しかった。
奇跡のような芸当をしてのけた悪運の強いパイロットを目で探すと、
もうどこかに姿を消した後だった。
















115.想い出


町にサーカスが来ていた。
遊園地も一緒で、宵には花火。
道行く人の流れと逆に歩き、ふりかえり、ふりかえり。
夜空に光が散らばるたび、コットンキャンディーのにおいがする。

「……興味がない。 絶対に面白くない」
「はぁあ? なに見てもいねェくせに“絶対”とか分かるの? だからおまえはダメ人間だって言うんですー」

外に出たのは、アイスを買いに行っただけで。
それとビールとスナックも。
けれど帰り道の、ふりかえり、ふりかえり。
花火。

「ホラー映画は、興味が湧かない」
「怖いんだろ」

にっと口の端で笑うのは、彼のいつもの病気。
愛敬と無縁の、機嫌の悪い仏頂面がそばにいると、どうしてもからかいたくって仕方ない。
その“仏頂面”、昼はゴッサムの名物大富豪、夜は狂人専門のセラピスト(物理)、
どちらでもない本日のお召し物は、着古したTシャツにゆっるいハーフパンツ、
どちらもハルの私物で、上下合わせてピザ一枚程度。 足元も安物のビーチサンダル。
その上、見事に地味な眼鏡を選び、どう見ても世界長者番付上位者でない。
けれどレンズの向こうの眼は、ちかり、鉱物質の光。

「ボストン・ブランドがビッグベリーバーガーに入り浸っている世界で、
 そんな映画をどうして“作る”必要がある」
「ブランド?」
「“デッドマン”」
「ああ」

サーカスの花形だった空中ぶらんこ乗りは、ある日突然殺害され、
しかしインドの神様に魂を救われて、今では自在に憑依できることを利用して人々を助ける、“ゴースト”だ。
チーズバーガーを食えば女を口説きもする。 どこかの大富豪より余程俗世に浸っている。

「あれは多分、コメディに振り分けられるんだろうなァ」
「出演依頼が来れば相応の金額交渉をするだろう」

また打ち上げ音が昇っていき、
振り撒かれるまばゆい色彩に人は立ちどまり、
二人もふりかえり、

「よし、じゃあ帰って“本物”なんか出てこない、実話が元なのがウリの低予算ホラーを見るか!」
「見ない」
「いいか良く聞け、“実在”とか“真実”とか、そんなことはどーでもいいんだ。
 毎年のようにエイリアンが侵略してこようが『インデペンデンス・デイ』の続編は1億6500万ドルかけて撮られ、
 MCUは年に二作、ゴジラは何度でも復活する」
「何故」
「俺が楽しいから」



くるめく光は夜空を染めて舞い散り、いつまでも終わらない様子。
どこかで子供のはしゃぐ声、通りを行く恋人達は楽しげに囁きかわしながら。
そんな夏の夜、小さな部屋で。
肩と肩をくっつけて、ああだこうだとテレビの前。
もちろん、映画の半分もいかないうちに片方はすやすや眠っている。
寝入った豹のような友人を抱きかかえ、ハルは一人、笑いを噛み殺すように、

「意外と怖ぇ……」











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夏、花火、想い出、ビンゴ!
元々はホラー映画の話だけだったんだけど、背景が寂しかったので盛りました。
以上、夏っぽい小ネタ群。
お付き合いくださってありがとうございました。



デッドマン別にコメディーじゃないし、JLD映画が世に出るかどうかと、
グリーンランタンがもう一度映画化されるかどうかなんて、どっこいどっこいだと思う。
おハルさんが言ってるのは『パラノーマル・アクティビティ』
実話が元なのがウリかは知らないけど、絵面で怖がらせようという映画でなく、
むしろ派手さが無い故の怖さ、という低予算。
ある意味カップルにお勧めの映画。

ぼっさまの映画の好みとか想像つかん。
けど、ホラーに興味ないのは、お付き合いのある人達に幽霊も悪魔も怒りの聖霊もいて、
ソロモン・グランディーもアンデッドだもんね。
ので、今更作り物に興味ないという、味も素っ気もねー理由。
つか自分一人だと映画とか見ない人かもしれない。
お子さん達に付き合って、とかならちゃんと見る。 ホラーも見る、しかたなく。
でもおハルさんちだと毎度毎度全然ちっとも最後まで辿り着けないといい。
おハルさんも別にホラー映画をすごい見たかったとかそんなんでなく、
単純にテレビでやるから見ようかなって思っただけ。
それでも、ぼっさまより余程まともに映画を見れる人だといいなあと。

まあ、いちゃいちゃしてたら何でもいいよ。






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