たいとる : 『昔々ある所に、性格の複雑に屈折したダークナイトと、やることがちょっと大博打なグリーンランタンがおりまして』
ながさ :短い×102-109
どんなおはなし :GL/蝙蝠小ネタ集。 初夏から盛夏にかけて、特につながりもオチもない。 そして続く。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++








102.おまわりさん、事件です。


自分はどうも乾いた気候で育ったらしい。
ハルがそう気づいたのは、ゴッサムに来るようになってからだ。
まず雨がよく降る。
夜は霧に包まれ、冬には雪になる。
しかし、ブルースに言わせると、ゴッサムの降水量は平均的で、対岸のメトロポリスと差はないという。
“常春の都市”へ出向く時はいつも青空だったように思うが、そういえば数えるほどしか行ったことがない。


その日もゴッサムは雨だった。
乱層雲を突っ切って降下すると、湾岸都市はひしめきあう灰色。
濡れた鉄紺のアスファルト、銀鼠に反射する摩天楼。
明度の違うそれらの上空を北へ。
丘陵地帯に入ると地上は色彩を変える。
夏が近づきいよいよ繁茂する緑、雨の一刷け、しっとりとけぶらせ。
薄明のキャンバスの中にその屋敷は描かれている。

一帯がウェイン家の土地である、というのは偽りのない話で、
“表”の道から屋敷を訪れようとすると、丘の麓から坂道を上って森を抜け、そして門、その先にまた門、
車を使ったとしても時間がかかる。
わざと道を外れ徒歩で森から忍び込もうとする連中は、猟銃を構えた執事に駆除されるらしい。
ハルなどは、表から絶対に来るなと初めから言われているので、堂々と地下から入る。
今日もそうしようとして、ウェイン邸の上空を通りかかったとき、傘を差した人影を見つけた。
高度を下げるとやはりブルースで、犬の散歩なのか、庭で立ち止まっている。
何かを見ているようだ。
その姿の少し後ろにハルは降り立ち、グリーンランタンの姿を解く。
絹のように柔らかな雨の中、黒い傘の男は振り向かない。
連れのグレートデーンがちらりとハルを一瞥し、けれども主の傍ら静かに控える。
一人と一匹の前には紫陽花。
幾つも植えられた株は濃緑の葉が大きな茂みになり、
至るところ咲き誇り、咲きこぼれる、染め抜いたような青色の花。
しかし、一人と一匹は、今が盛りの鮮やかさに目を奪われているわけではないらしい。
傘の位置が低くなり、中腰になったかと思えば、その傘をぽいっと手放し、
土に両膝をついて、汚れることなどまるで頓着せず、這うようにして紫陽花の茂みの下を覗く。
何してんだコイツ。
ハルは勿論疑問に思った。
一人暮らしが長いので、泥汚れは落としにくい、とも少しは。
が、思わず彼を前のめりにさせたのは、このケツ蹴飛ばしたい、だ。
ただの尻じゃない。 極東の年末番組のケツ叩き棒で打っ叩きたいと常々思っている、世界待望の尻だ。
なでなでしたい気持ちがないわけでは決してなく、ブルースの身体のどこをとっても好ましく思わない部位などないが、
この種のケツ蹴飛ばしたい衝動こそ彼が彼である所以だろう。
たとえ、当然の報いとして自身の尾てい骨を蹴り砕かれる結果になろうとも。
だがその時、グレートデーンが動いた。
優美な獣は主とハルの間に黒い影のように立ち塞がり、不逞不遜の侵入者を暗色の瞳で見据える。
ガラス玉の眼に澄んだ殺気。
少しでも妙な真似をすれば喉笛を噛み千切ると物語る。
その一刹那、犬とハルは、たしかに命の遣り取りの場で対峙していた。
しかし、そんなことなどブルースは、やはり頓着しないのだ。
紫陽花の下に蹲っていた男が立ち上がり、ハルの方を振り返る。
案の定、白いシャツを泥で汚している。
が、ハルへと差し出した両手には、その掌でそっと包み込むようにして、
ちっちゃな、

「ネコ」

茶虎の子猫が、青い目を真ん丸にして、何がなんだかわからない、と言いたげに。
そして、何故だかブルースもおんなじ顔をしてハルを見ているので、
ハルは口の中をぎゅっと噛む。
今、彼が吐くべき台詞は、“可愛い”でない。
それは全く相応しい単語でない。
なのに、目の前にいる体長6.2フィートの人食い蝙蝠は、時として彼の意表を突く。

「ネコ」
「ああ、うん、ねこだな」

眉を顰めたブルースは苛立たしそうに、

「一匹で茂みに入り込んでいた。 母猫とはぐれたんだ。 早く探せ、お前のリングは一体何のためにある」


宇宙最強の武器は、
迷子の子猫のおうちを見つけるために存在する。
もちろん。









+++++++++++

未知との遭遇。
立ち居振る舞いはきちんとした人なのに、何故だか良くどろんどろんに汚して帰ってくるといい。













103.ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン


雨の道を、紫陽花をたどれば
傘もない、上から下までずぶ濡れの男が、向こうから。
こちらに気付き、なにかとても驚いたような顔をして
それからにっこり笑い、突如走って傘の下に飛び込んでくる、
ほとんど体当たり。

「迎えにきてくれたんだ?」

その問いに対する正確な答えは、「窓を叩き付ける驟雨に部屋を見渡すと、
ちょうど良く玄関には傘が一本あり、コンビニまで歩くために借りた。」であり、
道中で傘の持ち主と出会ったとしてもそれは偶然に過ぎない。
そして、傘にあいた穴から水が滴るのが不愉快。
おまけに全身びしょ濡れの男に抱き締められ、使用者を濡らさないためにある道具がまるで用をなさず、
液化した七月を呼吸する。
唇には雨とハル。




+++++

梅雨時期六畳一間生活。










104.そらにみつ


「それは正座も出来ない無作法な男なので、空いている部屋にでも暫く置いて下さい。
 茶もいりません。 まず飲み方が分からない」

と、彼を指差し言い捨てた男がまだ戻らないので、ハルは昼寝している。
良く磨かれた縁側の上、午後の微風が心地好く通り過ぎ。
青葉若葉、山々を打ち鳴らしこだまする蛙の声。
美味い茶を淹れてもらった。
羊羹も食べた。
昼寝、というのは。
一日のうちで最も光溢れる時間の、贅沢な、あるいは当然の惰眠。

田舎道を車で小一時間、緑の木立にうずもれる古刹に用があったのは、もちろんハルでない。
ブルースは、平素の表情は人間の一人や二人確実に殺した後の仏頂面をしているが、
そう振る舞わねばならない場面には、にこやかな愛敬と礼節の見事な調和。
お目当ては寺が所蔵する古代の銅鏡、と言ってはいるが、その話には裏がある。
(と、ハルは睨んでいる。)
付き合わされる彼は、悪友の頭を引っ叩きたい衝動をぐっとこらえ、その瀟洒な後ろ姿を見送り、
言葉の通じない(ふりをした)異邦人は、おとなしく。
茶がうまい。

ひんやりした板敷きの上、
その気になれば石の上でも眠るハルは悠々と。
横臥の空、青の高いところに綿雲が浮かび、
全山響き渡るコーラスは螺旋を描いて天へと昇る。
方丈、午睡の遠浅。
茫洋と舟を漕ぎ、目指すのは



ふと目をあけると、知らぬ間にそこに大富豪。
端然と背筋を伸ばして座る、向き合う庭の白い紫陽花。
ハルは何を言うでなく、身体を起こすでなく、
無精をして寝転んだまま動き、友人の膝の上に頭を預けると、また眠った。








+++++++++++

特にどこということはない、ただのひざまくら。
極東は遠いので送ってもらえばいいじゃない。
おハルさんのことは運転手ですって紹介するけど、ハンドルを他人に握らせる気などさらさらないぼっさま。












105.うつろぶね


ひらりひらりと、優美な紅い尾びれ。
透明なポリ袋の中、小さな別世界が泳ぐ。
そういえば、昔の絵にあるような丸い器が屋敷のどこかに。
それとも睡蓮の池に放そうか。
たわいないおくりもの、けれどもくちびるに微笑のありやなしや。
雲よりも遥か、煌く玻璃の星空に、彼の金魚鉢は浮かんでいる。





++++

とびきりのペット飼ってます、ウォッチタワー
金魚はおハルさんがすくいました、琉金を。















106.夏空


雷鳴と共に空を引き裂いて消えた銀翼を、
乾いた大地からじっとそれを見上げている男を、
彼は見つめている。













107.南三局で恋をして


ぬるい紫煙は掻き回されるだけで逃げ場のないコンクリートの地下。
血と臓物の臭いの染みついた金を奪い合う熱気は、アルコールで喉を焼いてようやく呼吸が出来る。
気怠く眉を顰める、その不快の。
手牌はリャンワンウーワン待てど暮らせど。
何より、向かいに座る男が、視線に気付き、にやりと笑うのが。
その目玉が、どうしても刳り貫きたく。
(きわめて動物的衝動。)



+++++

麻雀もカードもチェスも撞球も、お付き合い程度のぼっさまで、
適当に勝って適当に負ける、綺麗なものだけれど、場におハルがいるなら話は別だ。













108.暑い


今年も。
美しいアクアマリンのビーチに、幾度か姿を見せねばならない大富豪の、
肩にくっきり残るのは、「暑い。」と言ってハルが噛んだ痕。










109.暑い、ので


とは全く関係のない、彼のアンクルホールド。





++++++

やられたらやりかえす六畳一間生活。





←94-101 もどる→