たいとる : 『ハロウィンなのでこんなの出来た』
ながさ :ほどほど
どんなお話 :昔々ある所に、笑わない領主様と、そのお城にいりびたる風来坊がおりまして。
         というエルスもの。 わりとファンタジー、しかしハロウィン。 現実世界の事物を表す単語があっても別アースということで一つ。
         ブルース様とおハルさんしかいないけど、名前は出てきません。



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昔々のお話でございます。

ブラム・ストーカーや串刺し公よりもずっと昔、
巨人が大地を闊歩し、竜が空を飛んでいた時代が、つい昨日のことのような頃。
北方の城塞都市に、生まれてから一度も笑ったことのない領主様がいました。
領主様のために毎夜女官らは歌い踊り、楽団は倒れるまで演奏しましたけれど、
まったく、ちっとも、微笑一つもございません。
あの御方は冷血である。
誰もがそう思っておりましたが、なにぶん今は昔の物語。
ちょっとぐらい頭のおかしな王様なんて、珍しくありません。
むしろ、領主様は厳格方正な為政者でした。
法に背き罪を犯した者には、たとえ近臣だろうと容赦なく重い罰を科します。
また、恐ろしい人狼の群が北に聳える大白嶺から押し寄せて参りました折には、
自ら先陣を切って兵を率い、これを防ぎ止めただけでなく、逆に追い立て追い詰め、
遂には人狼の側が和睦を乞い、お城に貢物をするようになったといいますから、
その武勇のほどは、凄まじいものでございました。
ですから、領主様が笑わなくたって、道化師の涙が無益になるだけなのです。




さて、そんな領主様の治める街に、ある年、胡乱な旅人が現れました。
もちろん、交通の要所に位置する豊かな街でしたから、
大勢行き来する旅人や商人に紛れて、盗人やイカサマ師、人殺しといった怪しい輩が
街に入り込むことはございました。
そして、そういった不逞の輩の悪事が、僅かにでも露見いたしましたら、領主様は苛烈な御方です。
罪人にはたいへん厳しい罰をお与えになりました。
ですが、その旅人は、それらとも少々違っておりました。

街に現れた折、まず人目を引きましたのは、彼が連れていた美しい鳥です。
遠い南洋の島に産するという極楽鳥は、北国の民が滅多に目にしない、珍しい鳥でございます。
しかも、煌めく羽はエメラルドか翡翠か。 歌声も心地よいものでありましたから、
瑞鳥を連れた旅人の話は、すぐに街中に広まりました。
街に住むお金持ちの中には、その鳥を売ってほしいと持ちかける者もありました。
けれども、旅人はあれやこれやとはぐらかし、承諾しないのです。
あれは値を吊り上げる気なのだ、と勘ぐる者もありましたが、後になって振り返ってみますと、
やはり妙な男だったのです。
鳥を商っている。
自身についてそのように述べていましたが、連れているのは一羽きり。
それに、昔で申します放生会、一年の殺生の贖いに鳥などを自由にしてやる祭は、
秋に行われるものでございます。
鳥売り達が続々と街に集まるのもその季節ですが、男がふらりと現れたのは春といいますから、
そもそも真っ当な商いの鳥売りではなかったのでしょう。
けれども、決して見苦しい風体ではありませんでしたので、酒場の女達などには良く好かれましたし、
格別訝しまれることもなく、街に居ついたのでした。


やがて、翠緑の極楽鳥と旅人の話は、領主様の元にも伝わりました。
ある日、使いの者に連れられてお城に上がった男は、領主様の御前で、
今まで旅した遠い異国の、おもしろいお話や、不思議な物語など、たくさんして差し上げました。
領主様は、やはりいつものむつかしいお顔のままでしたけれど、
片手に翠鳥を宿らせて、熱心なご様子で耳を傾けていらっしゃいました。
この時代、情報は人の手によって運ばれねばならない貴重なものでしたから、
領主様が興をおぼえなさいましたのも、無理からぬことでしょう。
とくに、東国の学者が建造した巨大なからくり時計についてなどは、
領主様自ら様々なことをお尋ねになりました。

旅人はその日、ご褒美をもらって喜んで宿屋に帰ったそうです。



それからというもの、鳥と旅人は度々お城に呼ばれるようになりました。
そして、領主様がお望みになるままに、御自身が決して目にされることのない彼方の国の、
自然や文物、人の世など、色々な話をして差し上げました。
領主様は、やっぱり、まったく、ちっとも、相好を崩されることはございませんでしたが、
お終いには必ず、また来るようにとお命じになりました。
旅人の方も、領主様のお召しがあると、それまで酒場で女達をからかってなどいましたのを、
ニコニコと放り出し、使いの者も置き去りにして、さっさとお城に向かったそうです。

お城の高官らは、流れ者がそのように気安く領主様にお会いするのを好ましく思いませんでしたので、
それとなく御諫めする者もありましたが、領主様は、どちらかと申しますと、
それとなく程度のつまらない進言など意に介さない御方でしたから、
西の大海の果てに御心を遥かになさいますと、政務の合間にあの旅人を呼ばせては、
ヴァイキングの船に乗ったことはあるかとお尋ねになったりしたのです。


しかし、臣下らの懸念は、間もなく杞憂に終わりました。
北方の短い夏が過ぎようとした頃、旅人が、そろそろ次の土地に行くとお暇乞いをしたのです。
東に誘われるのか、西に流されるのか、根無し草の風来坊。
領主様は、哀しいことにも、喜ばしいことにも、お顔を変えるということのない御方でしたから、
ただ、そうかと首肯なさいましたけれど、その夜の晩餐には、旅人を招いたそうです。

お城では、領主様の客人のために、いっぱいの御馳走が用意されておりました。
旅人はもう喜んで喜んで、牛豚子牛羊、家鴨鴨雉等々、酒一樽。
ぺろりと平らげて、あの領主様を呆れさせたほどです。
けれども、最後には正体がなくなるくらい酔っ払ってしまいました。

「誰か、彼に部屋を。 この様では宿に戻れないだろう。
 ……黙れ酔っ払い。 文句があるならはっきり喋ってみせろ」


その晩、旅人はお城に泊めてもらい、出立は次の日ということになりました。









恐ろしい事件が起きたのは、翌朝でございます。

お城では、女官の一人が昨夜から居所のわからない同輩を探しておりました。
その姿を見つけたのは、女官らの衣装部屋。
床にぐったり倒れ伏す同輩を、慌てて助け起こそうとした娘は、あっと悲鳴をあげました。
首から胸元には、血がべったりとこびりつき、鋭い牙のような痕が一対、はっきりと見てとれたのです。
吸血鬼!
その不吉な名前は瞬く間にお城を飛び出し、街中の人を恐怖で震え上がらせました。
生き血に飢えた死者、吸血鬼は、この地方で特に忌み嫌われた怪物でした。
人々は必ず、自分の家の扉に吸血鬼除けのまじないをしましたし、
死人を葬る際には、吸血鬼にならないよう、白木の杭を亡き人の胸に打ち付けました。
そんな吸血鬼が、高い城壁と衛兵に守られた堅牢なお城の、しかも内側に現れたのですから、
人々は門扉を固く閉ざし、家族と手を握り合って神様に祈り、
あるいは、どこそこのあいつがきっと怪しいなどと、不穏な噂を広めあうのでした。



お城は、騒然となりました。
衛兵達は殺気立ち、城内に侵入者の影はないか血眼で捜索しております。
しかし、領主様には疑問がございました。
いったい何故、何処から、吸血鬼は現れたのか。

犠牲になったのは、お城仕えの女官。 他と同様、結婚前の若い娘です。
この時代、娘が行儀見習いとしてお城に上がるのは、良家の子女に限らず広く見られた慣習でした。
意識はありませんでしたが、領主様が脈をお取りになると、一命は取り留めそうに思われました。
(事実、三日後には目を覚まし、孫の結婚を見とどけるくらい長生きしたのですが。)
血の跡は、床には転々とありますが、廊下などにはありません。
娘が襲われたのは、この衣装部屋でしょう。

しかし、仮に“吸血鬼”が伝承のとおり夜霧にでも姿を変え、お城に自由に入り込めるとしたら、
皆が寝静まるまで待てば、それぞれの部屋で休んでいる娘達を簡単に襲えたはずです。
けれども、現実に襲われたのは一人だけ。
しかも、場所は衣装部屋です。

女官らの衣装部屋は、季節のものなどを仕舞います。
常に人の出入りする部屋ではありません。
そういった場所を、お城の者達がこっそりどのような目的で使うのか、領主様は御存知でした。

「昨晩彼女と一緒にいた相手を探せ。 ……それと、あの男はどこにいる」

人目を忍ぶことの出来る部屋は、男女の逢瀬に用いられることがありました。
もしかしたら彼女は、選ぶべきでない相手を、選んでしまったのかもしれません。
しかし、同時にあの旅人の所在を確認させましたのは、
既に何かしら、覚っていらっしゃったのでしょう。



ほどなく、吸血鬼は捕らえられました。
厩舎に潜んでいた怪しい男、というより、ふかふかの干し草の中で幸せな寝息を立てていたあの旅人が、
衛兵らにぐるぐる巻きにされ、お城の前庭に引っ立てられたました。
堅い石畳の上に乱暴に跪かされても、旅人はまだ、眠たい目をして、髪には藁など付けてありましたが、
領主様の御姿が見えますと、にぱっと笑って、いつものようにとぼけた挨拶をするのでした。
武器を構えて己の周りを物々しく取り囲む兵士らが見えてないのか、
気にも留めていないのか。

「なんで馬小屋で寝てたか? さあ、俺もわかんない。
 外で寝転がってるより居心地良かったから?」

旅人は、常のとおりでした。
ふてぶてしく、けれど人好きのするところがあって、憎めない。
その様子は、人を殺す残忍な怪物とはとても思えません。

「良い酒出してくれたから調子に乗って飲んでたのは覚えてる。
 けど、んー、途中からもう全っ然わかんねぇ。 衣装部屋? 何ソレ。
 おまえらなァ、酔っ払いに昨日の行動聞いたって、そんなの答えられるわけないだろ。
 まあ、自分の部屋にまともに帰ってたら、俺は馬の隣で寝てないな。
 ……で、お水ください?」

けれども、その口許には、赤く滲んだ跡が残っておりました。
それをぬぐったのか、袖口には赤い染み。
領主様は、旅人を真っ直ぐ見据え、仰いました。

「今朝、女官が一人、血を流して倒れているのが見つかった」

旅人はただ、ふぅん? と首を傾げました。

「お前だな」

既に兵士らの剣は鞘から抜き放たれ、槍の穂先は陽にぎらぎらとし、
お城の胸壁からは弓兵の一団が狙いを定めておりましたが、
領主様のお声は、静かでした。

「俺?」

旅人はぎょっとして、身に覚えなどないと言うように目を丸くし、
けれどそれから、なにか得心したのか、ああ、と小さくこぼしました。

「そーかァ……」

どうしてなのか、旅人はちょっぴり、笑っておりました。
少し困ったように、少しきまりが悪いように、笑って頷きました。

「じゃあ俺だな」

その瞬間、お城の内外が怒号に包まれました。
誰もが“吸血鬼”への怨嗟を叫び、拳を突き上げ、大地を踏み鳴らしました。
怪物の死を求める恐ろしいほどの大合唱はわんわんと轟き、
巨大な蛇がお城を幾重にも取り囲んでいるようでした。
その渦の中。
領主様はたった一人、憎悪も恐怖もなく、佇んでおりました。
罪人に尋ねたいことがあったのですが、お声はもう届きそうにありません。
領主様のお顔を眺めた旅人は、一つ笑って、唇を動かしました。

「酔ってたんだ」



白刃が抜き放たれたのを目にした者は誰もいませんでした。
首を刎ね飛ばされた吸血鬼の身体が大地にどっと倒れた時、
領主様は既に太刀をお収めになった後でしたから。


吸血鬼の首と身体は、衛兵らが川に投げ捨てました。
忌まわしい屍など大地に葬られません。
いずれ、海へと流れていくでしょう。


そして、城も街もみんな、怪物を見事に退治してくださった領主様を称え、お祝いしました。
楽の音や酒杯、人々のにぎにぎしい喧噪を、けれども領主様は、一瞥なさっただけ。
ふいっと皆の前からいなくなってしまいました。
あの御方は冷血であるから。
誰もがそう思いました。



領主様が独り、御自分の私室に戻られると、
あの翠緑の極楽鳥が、何も知らぬ様子で、るるる、と首を傾げました。
旅人は暇乞いの際、領主様に自分の鳥をお譲りしていたのです。
領主様が呼びますと、人に良く慣れた鳥は美しく羽ばたいて、その片腕に宿りました。
そして、まるで領主様をお慰めするように、歌うのです。

おかわいそうな領主様。
生まれてから一度として、笑うどころか泣いたこともないなんて。

領主様は、その飾り羽を一撫でしてやりますと、翠鳥を連れて窓辺に近づきました。
南の窓を開けてみれば、空はまだ明るく、青く。
今日の旅路を行く者は、幸いだったでしょう。



不思議そうに外の景色を眺めていた鳥は、
領主様がお命じになると、澄みきった空へ羽ばたき、
風に乗ってどこかへ飛び去っていきました。








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→次



居合もできる領主様。


放生会は春の行事だと思ってたら秋だった。
鳥追いと勘違いしていたと思われる。
うん、つまり仏教用語です。






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