たいとる : 『昔々ある所に、性格の複雑に屈折したダークナイトと、やることがちょっと大博打なグリーンランタンがおりまして』
ながさ :ほどほど×60,61
どんなおはなし :49番から引き続いて、猫又とパイロットのお話ですよ。 これで終わり。





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60.ハルと猫 =コンニチハサヨナラマタアシタ=






昼間の青空にゆるんだ大気は。
夜には刃のように研がれ。
テレビは昔の映画。


“ カリガリ博士の箱の中、男は23年間眠り続けている ”


ねむたくなるような。
けれど、どこか歪んでいるような。
縺れては漂い、流されていく音楽。
けれどもハルは、物語の半分ほども見ていない。
腕時計にまた目をやり、そろそろ9時。

猫が、まだ外から戻らない。

いつもは日が落ちる頃になると、どこからかハルの所にやってきて、
さっさと食事の用意をしろ、と見上げる目が訴えるのだが。
最後に見かけたのは3時過ぎ、この娯楽室のラジエーターの上に寝ていた。
その後、いったいどこまで遊びに出かけたのか。

ハルはカウチから立ち上がると、廊下を覗いた。
間遠に寒々しく照明が点いている。
しかし、何もいない。
そのまま部屋を出、人気のない建物の中を歩く。
一ヶ所だけ鍵をかけてない通用口まで来ると、少し開けておいたドアの隙間から、風が冷たい。
夜闇に、小さな雪片が舞っている。

今どこにいるのかぐらい、把握しておいてもいいだろう。

ハルの前に、エドワーズ空軍基地の全体図が像を結ぶ。
猫一匹の居場所を特定することぐらい、彼には造作ない。
はずが。
ハルは眉根を寄せる。
そして、リングの探索範囲を基地の周辺2kmまで拡大させる。
さらに5km、10km。
思考よりも速く彼は領域と深度を広げ続け、そして、モハーヴェ砂漠の一点を空間から切り取った。
エドワーズ空軍基地の東北東、約40㎞。
しかし、そこには何もない。
街どころか人家もなく、幹線道路から大きく外れた、砂漠の空白地帯。
だが、確かに猫は、そこにいる。

家猫という名の野性動物の考えなど、ハルにはわからない。
しかし、少し遠くまで行きすぎじゃないかと思う。



亜音速の2分30秒後、グリーンランタンは岩の丘陵に降り立った。
かつて巨岩の連なりだったものが、崩れて風化した黒い砂利。
点々と低く固まった植物。
あとは、周囲の眺望をぐるりと見渡しても、小さな灯火一つ無い。
ただ、雲のせいか雪のせいか、空が妙に明るい。
その下に、色のない大地がどこまでも広がっている。

こんな寂しい場所に、猫はどうしてやって来たのか。
(翼もなく、車の運転も出来ない陸生小動物の、移動可能な距離だろうか。)

一見したところ、あの白猫の姿はない。
座標は正しい。
猫は今、彼のすぐ傍にいる。

突然、風が強くなった。
吹き付ける雪が一瞬で視界を狂わせる。
しかし、ハルは闇の中、何かが動くのを察した。
大きい。
岩の塊が並ぶ荒地から、何か見上げるほど大きな、真っ黒い影が、その巨躯を起こす。
遠雷のような唸り声が大気を震わせる。
黒い影の口許が裂け、鋭い牙がぎらりと光る。
そして、ハルを睨む二つの眼窩には、鬼火が燃えていた。

ハルはこれまで、数多くの“怪物”を目にしてきた。
(“怪物”の定義する範囲など、惑星によって大きく異なるものだとも理解している。)
故に、予期せぬ遭遇ではあっても、彼には日常的な出来事であると言って良い。
しかし、ハルはその怪物をじっと見据えた。

風がますます酷くなる。
雪と砂が吹き荒れる。
嵐の中心の、大きな大きな、黒い獣。
大地を踏締め低く身構える逞しい四肢は、人間ぐらい易々と肉片にするだろう。
いくつあるのか分からない尾が蛇のようにうねり、逆立つ毛並みは漆黒の雷電。
けれど、そのぴんとした、特徴的な三角耳は。

「猫?」

呼ばれて答える愛想など、元々ないのだ。
黒い魔獣は、グリーンランタンから離れたまま、静かに彼を窺っている。
まるで、彼の息遣いや鼓動に耳を澄ましているように。
ハルはただ、その瞳を見つめた。
燃えるような青だった。




やがて、獣は夜闇の中に消えた。
ハルは追わなかった。

















天候の回復と、エドワーズ空軍基地のクリスマス休暇の終わりは、同時だった。
基地は再開され、遅れを取り戻すためその日から数々のミッションが進められた。
けれど、白猫の姿はどこにもない。
ハルに猫の世話を頼んだネコ好き達は、あの子はどうしたのかと口々に尋ねた。
彼はただ、ある日帰ってこなかった、とだけ答えた。


あの夜、荒地で出会ったのは、動物実験の突然変異か、それとも異界の裂け目から現れた魔物か。
(けれどやっぱり、猫は猫だ。)
どうして空軍基地になど紛れ込み、皆からエサをもらって可愛がられていたのか。
どうして、あの夜、去っていったのか。

ハルはただ、その後ろ姿を見送った。

以来、寝床が冷たい。
滑走路の雪は消えたが砂漠の夜はまだ寒く、
ベッドを温めてくれるなら、化け物でも何でも、ハルは別に構わないが。
あの猫はもう、戻ってこないだろう。
なんとなく、それはわかった。


皆からは責められるだろうな、とハルは思っていた。
彼等が大事に可愛がっていた白猫が、留守番に暫く預けた途端、姿を消したのだ。
しかし、彼等ネコ好き達は、一様に肩を落として残念がったが、「仕方ない、猫だから。」と、
それだけで各々の職場に戻っていった。
ネコの気持も分からないが、ネコ好きの気持も分からない。
そんなことを同僚に漏らすと、

「そりゃあ、動物を飼ったことのある奴が、ペットロスの人間に向かって、
 おまえのせいだ! なんて言うわけないだろ。 俺も犬飼ってるし、いなくなったらなんて考えたくない」

そんなものか。
と、ハルは頷き、しかし、うん? と首を傾げた。

「いや、俺、ペットロスとかじゃないから」


訳知り顔の同僚は、そんなハルに「飲め。」とビールを勧めた。
猫はその後も帰ってこなかった。








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61.ハルと猫 =鶴に織物、狐に手袋、猫は銀翼にみゃあと鳴く。=




一年と三ヶ月が瞬く間に過ぎ去った。
猫のいなくなった次の夏、ハルは案の定、空軍から何度目かの“作戦行動中行方不明”認定をされ、
地球から数億光年離れた銀河で実際に一度命を落とし。
そして生き返り。
緑だったシネストロが黄色になるなど世界は目まぐるしく変わり続け、
春にようやく、彼は古巣である空軍基地に復帰した。



真っ青な空に雷鳴が轟き、天へと昇る。
エドワーズ空軍基地の滑走路から、今日も様々な機体が飛び立っていく。
ハルは歩きながら、青に融けこむ翼の行方を見送った。
彼が地上に降りてから42分、次に空へ帰るまで2時間18分。
出来ることなら、24時間365日飛んでいたい。
一度死んだ程度で人間の本性は変わらない。


ハルが地上に目を戻すと、車道脇、滑走路を眺めるように一台のクライスラーが停まっており、
その傍に長身の男がこちらに背を向けて立っている。

「アラン」

声を掛けると、男は振り返ってにこりと笑った。



アラン・スコットは、独特の存在感がある。
泰然とした佇まいに精悍さと思慮深さを併せ持ち、彼の言葉は誰しも自然に耳を傾ける。
年齢は五十の半ば、に見えて、実際に幾つかはハルも知らない。
少なくとも第二次世界大戦の頃には既に、アメリカ市民はこの“グリーンランタン”と
ジャスティスソサエティに対し、深い畏敬の念を抱いていた。
つまり、ハルからすると父親どころか祖父と言える世代だが、外見上全くそうは感じられず、
いきなり若返ったかと思えば次に会った時には逆に年老いていた、ということも間々ある、
マジカル☆老人なのだ。

「悪いね、突然来てしまって」
「いや、ちょうど時間空いてたし」

アランの手のリングはハルのものと良く似ているが、
ハルのそれが“科学”であるのに対し、アランは“魔法”である。
戦いの場ともなれば、紫のケープがおしゃれな魔法使い(武闘派)の姿になるが、
今日は、航空機開発の拠点として名高い空軍基地を見学しに来た一般市民、だ。

「流石、壮観だ。 飛び立つ姿は見ていて気持ちが良い」
「俺もそう思う」

ハルは一つ頷いて、ふと何気なくクライスラーに目がいった。
運転席の窓越しに助手席側が少し見えたのだが、小さな子供が乗っているようだ。
行儀良く座って、カップアイスを食べている。

「で、どうしたの。 まさか本当に観光に来たわけじゃないんだろ。 何かあった?」
「いや、一つ解決しなければならないことはあったんだが、無事に終わったよ。
 その件でラスベガスまで来ていたから、顔を見させてもらおうと思ってね。
 元気そうで良かった」
「まあ、適当に、やってます」

アランには色々と面倒をかけることがあり、頭が上がらない。
良かった、という言葉が、ありがたいような、決まりが悪いような。
ハルは首のあたりを掻いて誤魔化した。

「ところで」

と、アランはそんなハルを見やる。

「頼みたいことがあるんだ。 実を言えば観光に来たというのも本当の話で、
 この子に何か見せてやってくれないか。 飛行機がとても好きらしい」
「別にいいけど、誰? 三番目?」
「違うよ。 ジョンが、ジョン・ザターラが預かっている子で……、おや」

車の助手席には、誰もいない。
空になったカップがその前に置かれている。
いつのまに外に出ていたのか、見ると、これから滑走路に向かう機体が待機する誘導路の方へ、
とことこ歩いていく、黒髪の男の子の後ろ姿。
真っ白いシャツに、サスペンダーと黒の半ズボン。
遠目の後ろ姿で良くわからないが、育ちの良い坊ちゃん、という感じがする。
ザターラは、一流のステージマジシャンであると同時に、本物の魔法使い(シルクハット)だ。
今は現役を退いているが。

「前に一度会ったことがあるけれど、まさかジョンのところで再会するとは思わなかった。
 良い子だよ。 とても賢くて、好奇心旺盛だ。
 この車も自分で運転してみたくて仕方ないらしい」
「……足届かないだろ」
「だから、かわりにね。 ここに連れてきてほしいと頼まれた」

子供は、てくてくあるいていく。
陽炎揺れる先、大型機。
全長53m、全高16.8m、C-17輸送機が誘導路を列になって進んでいる。
その影に飲み込まれてしまいそうな、白い、小さな背中。

「……ハル、ああいう大きな飛行機は、自分の足元が見えるものなのかな」
「全然見えない。 ま、ノーズの下は高さがないから、わざわざ障害物でも置かれない限り
 ランディングギアで何かを巻き込むことは……おい! あんまり傍に行くな!」

ハルは大声で呼びかけた。
高音域で唸るような大型機のエンジンに紛れながら、その声が聞こえたのだろう。
子供は、ぱっと駆け出した。
振り返ることなく、C-17の動く縦列に向かって、真っ直ぐに。
クソガキ、と一言残してハルは走り出した。



「……子供は鬼ごっこが好きだ」

青空の下、子供達の元気な後ろ姿を見送り、
アランはのんびり呟いた。








もしかしたら、小学生にもなってないのだろうか。
細い両足が大地を蹴り上げて走る背中は、まだ幼い。
後を追って走るハルは、子供がつまずくんじゃないかと少し心配したが、
楽々掴まえられると思った彼の目の前、
子供は意外なほどの敏捷さで、横から迫りくる大型輸送機の鼻先を駆け抜けていった。
こうなると、ハルの位置の方が問題になる。
同じように走り抜けようとすれば、C-17の進路を塞いで轢かれかねない。
無論、彼が立ち止まったのなら、巨大な動く壁をやりすごすことなど容易いが。

しかし、そんな計算など初めからハルの頭になかった。

ただ全力で、一片の躊躇もなく、駆け抜ける。
近づいてくる巨体の風圧を肌で感じながら、紙一重で躱し、向こう側へ。



そこに、子供は立っていた。
そしてハルは、その子が何をしたかったのか、分かった。



二人の前にあるのは、大地に横たわる滑走路。
この固く乾いた大地から、今まで人は、何十万回と大空を目指してきた。
風の音が変わる。
滑走路には、加速していく一機の銀翼。

子供は、まだ背が小さいから、
この光景をC-17の巨体に遮られると思ったのだろう。

陽炎を突き抜けて銀色の機体が迫る。
世界から全ての音を消し去るような、轟音。
空気がびりびりと震えている。
胸骨の内側、赤い臓器が共振する。
そして、雷鳴の底。
むしろ静かに、重力の地平から飛び立つ。


より速く。
より高く。
より自由に。

稲妻のように空を切り裂き、風のように天を翔ける翼を。


それが航空屋の本望だと、ハルは思う。

子供は顔を上げ、透き通るような青空を一心に仰ぎ見ている。
基地の上空、ゆったりとした大きな円を描いて飛ぶ機影を眺め、小さな身体が一緒に揺れる。
ハルは、また逃げられるのもめんどうなので。
子供を後ろからひょいと持ち上げると、自分の肩に乗せた。
楽しそうな笑い声がハルの耳をくすぐる。
視点が高くなったのがお気に召したようだ。


「Vivamus!」

「avion!」

「Hegazkina!」


どこの国からやってきたのか。
ザターラは魔法使いだ。 異界の住人と知り合いだったとしても驚かないが。
青空の中心へと放たれるその声は、歓喜なのかもしれない。
子供は笑っている、
風の中を駆け上がるように。
小さな爪先が、嬉しげに宙を蹴るので、ハルは落とさないようその身体を支え直した。
すると、今まで空を見上げていた子供が、初めてハルの方に顔を向けた。
小首を傾げるような瞳は、星の煌く藍色の。
猫の瞳。


「Hal.」














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終わりです。
ここまでのお付き合い、ありがとうございました!




猫又は人間になりました。
でなく、人間に化けることを習いました。 まだ修行中なので子供の姿にしか化けられないの。
修行を積むと大人の姿になれる。 そしたら自分で運転も出来るよ。 もちろん飛行機もだよ。
ちなみに、エドワーズ空軍基地の北東にあるのがラスベガス。
ザターラ父娘のシルクハットからは鳩と一緒に可愛い白猫がこんにちわ!
猫又は意外とおハルさんの近所?にいたんだよという俺エルス。ここまで長かった。


クライスラーに特にこだわりはなく、国産っぽいとかそんなんで。
C-17も、C-5のしもぶくれな顔の方が私は好きです。
最後のは、ラテン語・ルーマニア語・バスク語で「飛行機」、のはず。
発音の想像つかない語が良かったんだけど、形式変えなきゃだったんでめんどいなと。

アランの年齢と外見年齢がいつもわりと本気で分からないので、適当にしてみました。
JSA面子と一緒にいるときの蝙蝠って好きなの……。






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