たいとる : 『パイロットと幽霊』
ながさ :短い。
だいたいどのあたり :アニメ『THE BATMAN』シーズン5の「Ring Toss」話。
どんなおはなし :『大富豪は空から墜ちる』から続いておりますよ。
          グリーンランタンのおハルさんは元々テストパイロットだよ、というお話。




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オレオをこよなく愛する火星の紳士は、
助言を求める彼に対し、おもむろに口を開いた。

「ゴッサムシティを訪れることを提案する」

地球の衛星軌道上 "ウォッチタワー "
センサー系統の修復には、後12時間はかかるらしい。
その代わり、神託のように厳かに告げた街は、

「あ。 今日だった」

ちょうど彼のフライト先だった。




パイロットの間には、ゴッサム性気候という言葉が昔からある。
この都市周辺は、天候が急変することで有名なのだ。
それまでの空路が素晴らしく順調だったのに、この空域に近づいた途端、
ブリザードに見舞われたという話もある。
ゴッサムの上空には狂った神が住まう、とまで言われている。

それらの現象に、全く理屈がないわけではないのだが。
人類が始めて空を飛んだ時代から、どれだけ機体性能が向上しても、
同じ空を時折ヒーローが飛行していたとしても。
やっぱり、大空は、圧倒的に巨大で、
不思議だ。

そして、最近のゴッサムには "幽霊 "が出るらしい。





予定時刻ギリギリになって飛行場に現れたハルを、
待ちかねていたスタッフ達は小突き回すようにコックピットへ追いやった。

「今日はどんなイイ女だったんだ?」
「今日"は"違う」

片目をつぶって笑ってみせても誰も信じない。
そういう理由から、時間に対して少々だらしない時もあるハル・ジョーダンが、
若いながら、優秀なパイロットとして信頼されているのは、その技術の確かさと、精神性による。
空では、予測できないことが起こりうる。
天候が突然悪化しても、状況に柔軟に対応し、正確な飛行を続けねばならない彼等に、
強靭な精神力は必要不可欠の条件だ。
ハルが優秀なパイロットなのは、父親の影響もあるし、彼自身の特異な精神性もある。
口の悪い者が言うには、彼は頭の線が一本切れている。




故に、ハルは、
ゴッサム性気候に直面して、顔色一つ変えなかった。
先刻までの麗らかな晴天が、見る間に日が落ちたように暗くなり、
ハルの機体は雷雲の渦に飲み込まれた。
それは確かに、何者かの "意志 "であるかのような、黒い嵐だった。
大気が咆哮し、小型機の真横を雷が引き裂く。 天地のない闇が視界を閉ざす。
人は、それを恐怖するだろう。
あるいは、そうすべきなのかもしれない。
しかし、ハルの精神構造には、決定的にそれが欠けていた。
鳶色の目を見開き、機体を保持しながら、
脳裏を掠めたのは。

 "ゴッサムの空には幽霊が出る "

霧の宵か嵐の夜明け、気違いじみた速度で追い抜いていく機影がある。
レーダーは全く反応せず、気づいた時にはその黒い影は無い。
ハルは、前に一度だけ出くわした。
その時は、ただ見送った。

だから、今。
闇に包まれた、感覚だけの世界で、
雷雲の中を突っ切っていくのが、自分一機ではないと知った時、
にも関わらず、レーダーが沈黙したままだと気づいた瞬間、
ハルは、その僥倖に逆らわなかった。
彼を躱した "幽霊 "の、真後ろを取った。

その時、ハルは声を上げずに、笑っていた。
そこが、彼の精神構造が少しばかり尋常から逸脱しているところで、
しかし、彼が追いかけるものも尋常からほど遠いのだがら、存外都合が良いのかもしれない。

真後ろを取ったつもりが、簡単に振り切られた。
機動性が格段に違う。
雲の中に消えようとする "幽霊 "は、真っ黒な機体だった。
双翼の流線は鋭利で、どこか蝙蝠を思わせる。
こうやって目で見えているのに、レーダー上、その機体はそこに存在しない。
回線を開いて呼びかけても、まるで応答がない。
すぐ傍で雷電が炸裂する。 黒く分厚い雲は晴れない。

暗いな、とハルは思った。
眩い光輝は彼のリングからほとばしった。

地上のゴッサムシティは、突然の雨に見舞われていた。
雷鳴が轟き、道行く人は手近な屋根の下に駆け込む。
また閃光が走った。
その上空、暗い雲が渦巻く中、何が起こっているか人々は知らない。

エメラルドの光はハルの機体を取り込み、刹那爆発的に加速した。
漆黒の機体がひらりと躱す。 光の流線がそれを追う。
翼と翼が限界まで近づき、しかし接触することなく、二機は位置を入れ替えながら雷雲の中を翔け抜ける。
その軌跡はまるで絡み合う双頭の蛇のようだった。

そして、雲の上に出た。


傾き始めた太陽が、柔らかな日差しを投げかける。
深い一色の空を見上げ、ハルは飛ぶことを止めた。
機体は薄く光を纏ったまま水平に静止した。

雲から出る最後の瞬間、あの黒い機影を見失った。

下に広がる雲海が、だんだんと薄くなっていく。
今はただ、風だけが天を渡る。
ふと、ハルは視線を横にやった。
そこに夜を見た。

片翼の上に立つ黒い影に、一瞬言葉が出なかったのは、
先程まで追っていた機体が、姿を変えてそこに現れたように思えたからだ。
しかし、黒いケープは風を孕み、流れる。
まるで闇夜を引き連れているように。

「……バットマン」

ハルはハッチを開いた。
バットマンは、鼻の辺りまで隠すマスクの、銀色の両目を細めた。

「話はジョンから聞いた。 幾つか確認したいことがある。
 だが、……」

微かなそれは、呆れたような溜息だった。

「まずは、これを地上に降ろしてからだな。 ハロルド・ジョーダン」

ハルは無言で外に出た。
リングの力を解放した時から、彼は "グリーンランタン "だった。
夜闇を纏う者の前に、光は輝きを増して降り立つ。
ハルは相手を真正面に見据え、自分のマスクを取り去った。
露わにした鳶色の両眼は、澄んだ翠光を乱反射させる。

「で?」

ハルは、それだけを言葉にした。
バットマンは、グリーンランタンがハル・ジョーダンであると知っている。
何故、ゴッサムシティに来たのか知っている。
ハルは、彼を知らない。
ハルの素顔を、表情を動かさず眺めている彼がいったい誰なのか、知らない。
もし、このまま、バットマンが自分の顔を明かさなかったら、
ハルは決して彼を信頼しないだろう。

バットマンは何も答えなかった。
彼には音というものが存在しなかった。
ただ、鈍く光るガラスの双眸が、闇の中にあった。
やがて、彼は静かにマスクに手をかけた。
そして

「あ。」





















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都市伝説な蝙蝠様。
色々分からないことが多いのでテキトーに書いておりますよ。
おハルさんはGLでない時でもトラックでペンギンを轢くような人なので、これぐらいでいいかなと思いました。
続きのお話はこちらになります。





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