たいとる : 『蜂蜜と蝙蝠』
ながさ :短い。
だいたいどのあたり :アニメ『THE BATMAN』シーズン5の「Ring Toss」話。
どんなおはなし :『パイロットと幽霊』から続いておりますよ。
           やっとバットケイブまで来たけど、正直、ブルース坊ちゃんはおハルさんに対してツンである。 というお話。
           ちょっと原書のネタ混じってます。



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双子の兄です、と言われた方がまだ分かる。

と ハルは思った。
隣にいるブルースは先程から一言も喋らない。
ケイブに着いたハルから詳しい状況を聞いた後は、ずっとコンピュータに向かっている。
確かにそれはハルの求めなのだが。

腕組みして、ぐるりと視界を巡らせる。
広く開けたそこは、元は自然の地下洞窟だろうが、
相当専門的な整備が可能なほど設備が充実しているのは、ハルにも分かる。
見れば、あの黒い機体と同じ型のものが、何機か並んでいる。
ウェイン・エンタープライジズといえば、超が付く大企業で、航空産業でのシェアも大きい。
今日ハルがテスト飛行を任されていた小型機も、実はこの社のものだったが、
生産ラインから何から全く別物なのだろう。

それらの莫大なコストを考えれば、
バットマンの背後にウェイン・エンタープライジズがあることは、納得できる。
けれど、ブルース・ウェイン?
兆が付く大富豪で、そのスキャンダルでゴシップ誌を飾るセレブの常連で、
たまに空から墜ちてきたりする本人が、
バットマン?

「いったいどういう生活してるんだ?」
「……そういうことはアルフレッドに聞いてくれ。 彼が良く把握している」

思わず首を傾げて呟いた言葉に、やけに冷静に答えが返ってきた。
ハルがケイブに入った時から、バットマンはマスクを着けたままでいる。
黒い仮面は口許から顎先だけを露わにする。
だから、ハルは、いつか空で出会った太平楽の"お坊ちゃん"と、
つい一時間ほど前に雲の上で突きつけられた、強い眼差しが、
なかなか同じ人間にならない。

バットマンは、コンピュータの相手だけをしている。
モニターの青褪めた光を鈍く反射するガラスの目の奥、
本当は何を見ているのか、ハルは良く分からなくなりそうだ。
照明が暗いわけではないのに、この地下を漂う薄闇は、光のない夜の深さを思わせる。

「ここ、もっと明るくした方がいいんじゃないか」

返事はなかった。 キーの上を滑る指も止まらない。

「目が悪くなる」

やはり言葉はなく、しかし、指が止まった。
つっと 微かに顎を上げ、ハルに視線をくれる。
ハルは至極真面目な顔をしておいた。

「面白い意見だ」

指はまた滑らかに動き出す。

「この前の、ハイジャックの時」
「世話になった」
「なんであの時、バットマンだって言わなかった?」
「その必要があると思わなかった」
「言ってもよかっただろ。 そうすれば今日だって面倒はなかった」
「私はただ通りかかっただけだ。 突っかかってきたのはそちらだ」

端的に告げるそれは確かに事実で。
あの機体が何故呼びかけに応答しなかったのも今は分かるが。
それにしても、だ。

「ブルース」
「何だ」
「そのマスク、脱いでみないか」
「……何故」
「目が悪くなるから?」

冷たい一瞥で無視されかかったので、「自分の家にいるんだろ」と付け足した。

「今はいい」

愛想も何も無い。
あの坊ちゃんぶりとの差は何だ。
だから、本当に分からないのは、

「ブルースは、何で "バットマン "をやってるんだ?」

望めば何でも手に入れられる男が、
わざわざ危険の中に身を投ずるということが、理解できない。

バットマンは、答えなかった。
唇を引き結んで、キーを叩く音が途切れる。
ガラス製の眼差しは、モニターに向けられたまま。
だが、その沈黙は、静けさとは真逆の感情を凝結させたように思えた。
それが何かは、ハルはやはり良く分からないのだけれど。

二人黙り込んだ薄闇の底、
微かなざわめきを、初めて気づく。
それほど遠くではない。
音にもならないような音、空気を打つ、羽ばたきが。

「蝙蝠?」
「感覚器の発達した生き物だ。 異物が棲み処にいれば騒ぐ」
「異物ねェ……」

つまり、それはハルのことで。
さらりと述べたブルースは、肘掛に頬杖ついて彼を見上げていた。
ハルは黙って見返した。
ブルースの視線は、観察というものに近い気がした。
やがて、その唇が

「ブルース様」

声に振り返ると、エレベータから初老の紳士が出てきたところだった。

「アルフレッド。 ハルだ」
「お初にお目にかかります、ジョーダン様」

目を丸くして取り敢えず返事したハルに、アルフレッドは慇懃に一礼すると、
銀のトレイに運んできたポットとティーセットを準備した。
紅茶の芳しい香りが優しく漂う。

「良い蜂蜜が手に入りました。 どうぞお試しください」

そして、ブルースに向き直ると、

「お客様がいらっしゃる時は私をお呼びくださいと、先日申し上げたはずですが」
「ああ、忘れていた」
「それでは、今日のチャリティー・パーティーのことはお忘れではないのでしょう」
「……ああ」
「私はこれからリチャード様をお迎えに上がりますので。
 では、お二人とも、失礼いたします」

そして、ハルにも丁寧に頭を下げると、エレベータで上がっていった。
気のない返事をしたブルースは、指先をティーカップの方に伸ばし、
首を傾げて彼を眺めているハルに気づいた。

「……苦手なのか? 紅茶」
「いや、そんなことはないし普段はコーヒーだけど特に気にしてない」

その言葉にブルースも小首を傾げた。
そんな彼に、ハルはおもむろに腕組みを解くと、軽く人差し指を向けた。

「とりあえず、ブルースは、坊ちゃんだ」
「意味が分からん」

紅茶に垂らした蜂蜜が ふうわりした。























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筋金入り坊ちゃん。 無論アルフレッドはおハルさんが誰か分かってますよ。
この時、おハルさんが坊ちゃんと同年代だとして、
それぐらいなら坊ちゃんの両親殺害事件とかはっきり知らなくてもいいかな、と思いました。
もっと上の世代が憶えている古い事件だと思う。

最初に書いてますが、一部原書ネタが混じっております。
雑記で散々言ったような気がしますが、私は『GREEN LANTERN :REVENGE OF GREEN LANTERNS』が好きです。
ツン度とおハルさんの面白度がおかしい。





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