*注意*
聖戦後に復活したらいきなり蟹が女の子になったよネタ。
蟹+乳+山羊+女装。 最後重要。


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窓の外は夜闇。
深海の底を臨むように、ガラスの前に立てば。
部屋の中、一つだけつけた橙色の灯りを背に、黒いドレスを着た影が浮かぶ。
露にした肩から、腰のくびれ、膝へと流れ落ちる滑らかな黒、
足首に光る華奢な銀、ハイヒール……

けれども、鏡に映るその姿は、どこを見てみても
女の肉体が兼ね備えている、あの不可思議な柔らかさが無い。
ふわふわとした甘やかさが、どこにも無い。
そこにいるのは、ただのシュラだ。

髪をせいぜい大人しくさせて、澄ました顔でこんな格好をしてみようが、
劇的な何があるわけでもない。 ただ、アンバランスなだけだ。
つまらない、とシュラは思う。

しかし、悪友はそれがいたく気に入ったらしい。
シュラの後ろで、ソファから落ちそうになりながら笑っている。
遂にずるずると床へ落ちても、なおさら機嫌良く声を引き攣らせる。
シュラは、その顔を上から覗き込んだ。
涙に潤んだ悪友の目が、うっとりと見上げてくる。

「いいよ、美人だ、ウン」

差し伸ばされる腕を掴み、その身体を引き上げる。
掌に感じるのは、今まで馴染んできたものではなく、
しなやかな甘い肉と、少女の骨。

「ホント、余裕でやれる。 俺、デカイ女も好きだし」

そう言って笑う、色の無いような目が
その色だけが、以前と変わらなかった。



たとえ、死んで、また生き返ったとして、
いったい何が変わるのか。
シュラは変わらなかった。 少なくとも、自分ではそう思っている。
しかし、悪友は
ある日突然おかしくなった。

身体における質量の変化。 否、肉体組織の変質と言ったほうが正しいのかもしれない。
どうして、こうも容易に、全く別の生物に成り代われるのか。
シュラは分からない。

目の前には、懐かしい表情を浮かべた "少女" がいる。


ぐにゃぐにゃと笑って、自力で立とうとしない身体を、
引き上げ、その両脚で床に立たせる。
随分と背が縮んだ。 そして、幼くなった。
視線を合わせるにしても、上目にシュラを覗き込まねばならない。
盟と並んでいれば、同じくらいの年頃だと思われるだろう。
姉弟には見られないだろうが。

小首を傾げ、唇の端を吊り上げるように笑いながら、
相手の両眼の底を見透かす目は、
今までずっと、シュラと同じ高さにあったはずなのに。

位置感覚の狂い。
しかし、それだけでない。

「なァ、さわらせて」

言うだけ言って、返答を求めないのは相変わらず。
だが、その言葉を発する声帯の振動、
抱きついて好き勝手に撫で回してくる腕の、手指の華奢な作りは、
元の型との相関すら見出せない。
個体を識別する際の、過去に保持してきた身体的記憶など、無意味なものだ。

その喉が、妙に満ち足りたような声を震わせて、
動き回っていた手が、止まった。
しがみついて、細い腕が精一杯縋っているようで、これが誰なのか分からなくなる。

どうして、こんなにあっさりと、器を変えてしまうのか。
シュラは、シュラでしかないのに。

身体から引き剥がして、顔を覗き込む。
その目鼻立ちは、覚えがあるようで、まるで違うもののように思える。
驚いたように目を見開き、睫毛をふるりと揺らす、
水溶性の眼球、その色まで、もしも変わってしまったら。
そのまま、他の人間達の中に紛れてしまったら。
もう、識別できないかもしれない。
変異は全て終わったと、誰も言ってくれない。


すると、嘲るように笑った。
(ああ、この表情なら、知っている)

「……ふぅん?」

少女の姿をしたものは、シュラから離れてソファに座り直す。
柔らかな背凭れに抱きとめられ、黙って顔を上げると、
女の姿を真似たものを見据える。
そして、ただ待っていた。

シュラは、何も言わなかった。
ソファから前に放り出された二本の脚は、足首を緩く組み合わせていたが、
シュラの爪先が告げると、場所を空けた。
手を伸ばす。
以前は上げていた前髪も、こうなってからは自然のまま流れ、
指を通すと存外柔らかい。
退色した亜麻糸でも触っているようだ。
その額を、頬を撫でる。
肌、頭蓋の輪郭、掌に感じる全てを確かめてゆく。
少女の眼窩に嵌められた、何も言わない二つの眼球は、
シュラの手を追い、水を湛えたように光が動く。
その目を、シュラは上から覗き込んだ。
明かりの差さない奥底で、悪友が笑っていた。

唇が赤いのは、血と肉の色を透かしているからだ。
ちらりと覗かせるその舌も。

薄い皮膚の下、脆弱で移ろいやすい器の内側。
そんな所に隠れた悪友を尋ね、唇を塞ぐ。
舌でかき回した内側は、確かに馴染みのある熱を孕んでいた。


ただ、どこにいるのか知りたいだけなのに、
たったそれだけのために、こんなに傍に近づかなければ分からない。
手間がかかる、とシュラは思う。
索敵は決して不得手でない。
しかし、こちらの手の内は読まれきっている。
昔から姿を消すのが上手かった。 今は更に容易くなってしまった。
このまま、そうやって変わり続けて、いつか聖域も出てしまえば。
もう探せない。 分からない。
シュラは、そんなに上手く変われない。

だから、あまり遠くに行かれると、困る。













ジーンズから足を抜かせようとして、
以前と同じ作業をしていることにシュラは気づいた。
そういえば、上着とTシャツを脱がす際にも全く違和感を覚えなかった。
手を止めて、考える。
悪友の色気の足りない格好と、自分の服装を比較し、首を傾げる。
これは交換して然るべきでなかったのか。

「だからァ、言ったろ?俺はそういうヒラヒラすんのだけは絶対履かねェって!
なんか無防備で不安になる。 スースーするし、落ち着かない」

分からなくはないが、
「絶対」と言えるほど確実性の高いものは、この世にあまり無いとシュラには思える。

「おまえのそういう男らしいとこが、よくわからん」

中途半端にまとわりつくジーンズを自分で蹴り飛ばし、
シュラを見上げる。

「おまえさー、その下ってどうなってんの?」
「ガーター」

簡潔に答えれば
蜜漬の子供のように、笑った。


























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そもそも何故山羊がそんな格好をするかという。
たぶん蟹のリクエストだと思います。

山羊は、少なくとも車で20分圏内に蟹がいないと困るみたいです。
友達なんで。



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