二人して突っ立って、人の流ればかり見ていた。
知らない大人達の中で、二人してずっと、
本当にずっと、そうしていた。

けれど、そんな気がしたのを、なんとなくおぼえているだけで、
実際のところはどうだったのか、まるでおぼえてない。
まだ小さかった頃の話だ。
もう忘れてしまった。


あの人は、どうなんだろう。

































ある日、晴天真昼のシチリア。
で、今日の昼飯をどうしようか考えてた俺。
の前に、降って湧いたように突如出現した師匠が、一言。

「おまえ、29日から聖闘士」

何故か差してる黒い傘。
びしょびしょの水滴が乾いた日差しをさんさん浴びて光る。
どしゃ降りの、雨の匂いがした。



「バカ面もっとバカにして突っ立ってねぇで何か言え」

その言葉に、ダンテは思わず首を傾げた。
何か言えと言われても、何を言われたのかが断片的で今一つぴんと来ない。
溜息をつかれた。
黒い傘がたたまれる。
途端、強い日差しの下、色彩が白く飛んだ。
その髪も眼も、深みのない色をしているので、太陽の光で見るとちかちか滲む。
ほとんど色のなくなった眼を、一瞬だけ眩しそうに細め、
デスマスクは言った。

「29日に聖域で教皇から正式に聖衣を賜るから、そのつもりでいろ」






俺の日常には、普通とは違うものがある。
その一つ、師匠。
他所を探してもこんな人はまずいないと思う。
もう一つは鍛練。
良く今まで死ななかったなと自分でも不思議になる。
あとは、そう特殊でもない。
弟がいればみんな俺みたいなことをやるもんだと思う。
だから、そうやって繰り返している日常が、変わるということが、
というよりも、この日常の先にあるものを、あまり考えてみたことがなかった。
たしかに、鍛練は聖闘士になるためのものだったけれど。
それと、自分が聖闘士になることは、結びつかなかった。

考えてることが顔に出たみたいで、また溜息をつかれた。

「……止めとくか? 俺はなんか不安になってきた。 なんでこんなボケっとした奴に育ったんだろ……。
やっぱ止めとこ。 うん、そうしよう」
「あ ハイ、聖闘士になります」
「遅ぇよ、つか軽いなぁおまえ」
「いや、びっくりしてますよ」

心底。
実感が湧かない。
鍛練を通してこの人が俺に求めているのは、はっきり言えば化け物の領域で、
俺はちっともそこまで達してない。
それぐらい、聖闘士は遥か高みのものなんだと思っていた。

「いいんですか?」
「バカかおまえは。 だからさっきからそう言ってんだろ。
聖闘士になりたかったんだろ? おまえの親探すために」
「はぁ」







ダンテは、四つの頃に雑踏の中で親とはぐれた。
親はそのまま見つからず、ダンテは聖域が運営する施設の一つに保護され、
数年後、適性が見られたので聖闘士となるべく修行地へ送られた。
それがシチリア、デスマスクの元だった。
その時、デスマスクは言った。
生きて聖闘士になれれば、親を探すことは出来ると。
聖域には世界中の有りとあらゆる情報が集中する。
人間の一人や二人、それが生きていようと死んでいようと、見つけるのは容易い。
その聖域内で絶対の権限を持つのが、聖闘士である。




「でも、俺きっと、捨てられましたから」


両親の顔は、ぼんやりとおぼえている。
それでも、あの日自分を連れて家を出たのが、母親なのか、父親なのか、
おぼえていない。
どこではぐれたのかもわからない。
どこかまったく知らない場所に連れて行かれたような気もする。
もう忘れてしまった。
小さかった頃の話だ。


「……どうか分からないだろ」


実際のところは、何もわからない。
親のことも、どういう生活をしていたのかも、わからない。
確かめる術がなかった。
けれど、今 『分からない』 と言った人は、
本当は何もかも知ってるんじゃないかと、随分前から思っていた。


「会いたきゃ会えばいい。 おまえはもうそれが出来るんだ」
「……はぁ、考えてみます」


思い出す。
思い出そうとする。
そうすればするほど、ぼんやりした両親の顔が、なんだか知らない人のように思えてくる。

知らない人の顔だったのかもしれない。


今も、おぼえているのは。
あの時とても、とてつもなく、怖かったことと、
この人がずっと傍にいたことだ。



「やっぱり、いいです」

あっと思った。
案の定、ものすごく微妙な顔をされる。

「いや、聖闘士にはなります。 それより」
「それよりっておまえな」
「何であの時、俺のこと拾ったんですか」
「あ?」

片方の眉がひくんと引き上がる、驚いたときの表情。
色の飛んだ眼がじっと見る。

「……嘘つけ。 あん時おまえ、こんなちっちゃなガキだったろ。
おぼえてる訳がねぇ」
「おぼえてますよ、そこだけ」

ちっちゃなガキ、と言った自分も、十になるかならないかだったはずだ。
二人してガキだった。

「犬猫じゃねえんだ、ガキなんか拾えるか。
あれは、おまえがしがみついて離れなかったんだ」

思い出した、ような気がした。
話を聞いて、そんな想像をしているだけかもしれない。
子供が二人、どこかで 駅で

「駅だった」

外は、けむるように、白い雨が降っている。

「駅を出ようとしたら、雨が降っていて、どうしようか迷ってたら」

暗い、寂しい日だった。

「ガキがいた」

途方に暮れて、二人で突っ立っていた。
ずっと雨は降っていた。










そんな日だから、親は俺を捨てて、
そういう日だから、この人は俺を見つけたのかもしれない。





俺にしては、上出来だと思う。

























「腹、減りましたね」
「昼だしな」
「さっさと作りましょうか」
「盟は」
「いますよ」
「バカ、いるのは知ってんだよ。 何やってんのか聞いてんだろ」
「自分の分の鍛練してます。 まだ終わらせてないですけど」
「メシが出来る頃には来るか」


歩き始めて、黒い傘を渡される。
受け取った俺をまじまじ眺めて、

「おまえ、29日でいくつになる。 14か?」

頷いたら、首の後ろ掴まれて、ぐんと引かれた。
色の飛んだ眼が、すぐ傍で ちかりと笑った。

「何勝手に人よりデカくなってんだよ」


次の瞬間、目の奥まで鈍い衝撃。
額で頭突きされたと気づいたのは、その笑顔をずっと上に見上げてから。
脳味噌がゆらんゆらんと小休止。
僅差で俺より低かった人が、楽しそうに笑ってる。


「生意気だ」


























++++++++++++++++++++++++++++++

師匠は言うこともやることも結構チンピラ。
その因子は確実に弟子達に受け継がれていますが、
師匠の前でそんな態度を取るとサソリ固めを食らいます。
よって師匠の前では出来る限り良い子でいたいんです。


3月29日はダンテ先輩の誕生日でした。
このサイトでは当たり前のような顔してダンテが蟹の弟子ですが、もちろん捏造ですよ。



←もどる