窓辺で子供は月を見る。
すぐに帰ると言って出ていった人を待つ、月の晩の

「寝ろ」

後ろ頭をごつんと軽く小突いた、その手も子供。
出かけた人はまだ帰らない。
(すぐに帰るとその人は言い、待っていると子供は答えた)

夜を月は昇る。
子供達の家、遥かに遠く。





昇る月の、その下で。
シュラは誰かを待っている。
どうやって待てばいいかは分からないので、
取り敢えず、見捨てられた街を独りで歩く。
とうの昔に人は去り、ただ殻ばかり残る街も、今宵その時を終え崩れていく。
倒壊した瓦礫の下、有象無象の骸と共に。

終わりの街は明かりのない一塊の闇であり、
朧な月光に浮かぶその姿は奇妙な生物のようだった。
否、これも骸だろうとシュラは思う。
誰かを待っているというのは、実際にはそんな気がするだけで
街にはもう誰もいない。
シュラは戦場を歩み、行き合う全ての息の根を断ち落とす。
戦場は同時に墓場である。

見捨てられたこの街が今宵の戦場であり、
過去であり、未来となる。
繰り返す時間は常に一つの正しい形をとる。
その不変であることは一種の安堵だ。
何者を斬り捨てようと世界は変わりなく回り、両腕に宿る聖なる刃はやはり何物をも断ち落とす。
戦場はここにある。
幾多の屍なら足の下に。


誰かを待っているというのは、実際にはそんな気がするだけで。
濛々と舞い上がる粉塵と黒煙に、月光の廃墟はゆらゆらと揺れる。
そして、そこには亡霊がいる。

瓦礫の影、砕けたガラスの反射、そんな視界のほんの片隅。
(或いは真昼、生活の中の一瞬間、その澱に)
かつて葬りそこねた人が立つ。
それは不変に連続する時間が僅かに落とす、微かな影のようなものなので、
シュラはわざわざ瞳の中心にしない。
思考の種として捉えない。
けれど、たとえばこんな月の晩。
亡霊はシュラの前に立つ。

死者は過去より立ち現れる影。
不可逆の彼方にあり、覆すことのできぬただ一つの敗北だ。
今更何をどうしようと、子供の脆弱な腕から零れ落ちたどれか一つでもこの手に返るわけでない。
返らないものを、望むこともない。
だから、今宵もまた亡霊の首をはねる。



「てめ、何考えてやがる」


ちかり と、亡霊の目が光った。

「あ」
「あ、じゃねェ」

片方の眉をくんと引き上げ、機嫌の悪さをはっきり伝えるのは。

「……間違えた」
「あン?」
「おまえが幽霊に見えた」
「何だソレ。 おまえそんなの信じるの。 つか幽霊って斬れるの」
「斬る」
「うん、君はまずその何でもかんでも斬ろうとする性格を改めなさい、山羊くん」
「おまえは何故ここにいる」
「見て分かれ、夜のお散歩だ。 だからもう家帰って寝んだよ」
「そうか」
「おまえももう戻れ。 終わったんだろ」
「ああ」
「なら、おやすみ シュラ」
「おやすみ」










































































小さく一つ、溜息を。




「……うちでメシ食ってくか」



















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十二宮戦で亢龍覇を食らうまでの山羊にとって、最初で最後の負けは射手座兄さんだと思うわけですよ。
致命傷は食らわせたけど勝ち逃げされた挙句勝手に死なれたみたいな感じで。
だから、その後の山羊さんは二度と負けられない人になればいいよ。
で、いつだって最初の負けの延長線上に立ってる。
少年マンガですね。

初めのほうにいるちっちゃい子二人はシチリアの子供達だと思います。
子供が待ってんだから早く帰ってあげてください。




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