「……で、俺とシュラくんは、今どこにいるんでしょーかー?」
声は風に虚しく流される。
それはまるで、世界の涯。
四方をぐるり囲んでそびえ立つ暗黒。
太陽は絶壁の向こうに消えたきり、戻ってこない。
「おっかしいのなァ、たしか俺シチリアでお昼寝中よ、さっきまで。
なのに目ェ覚ましたらいきなり氷点下ウン十度の極限世界でしたってどういうこと」
天を突き刺す巨峰群の頂から、冷気の白刃が振り下ろされる。
凍てついた風は轟々と哭いている。
「もうね、寒いっつーか普通ならこの寒気に殺されてますよ、アフロディーテさん?」
" その程度の環境は活動可能域のはずだ "
「まあ、絶対零度の中に放り込まれない限り死ねんな」
「死ぬ死なないの問題じゃねェの!」
" ふむ、惰眠を貪る君等を強制転位させてそのまま凍死すれば哀れと思ったが、支障はないようだな。
状況を説明しよう。 黄金聖衣を一緒に送ったのでもう勘付いていると思うが、これは『勅命』だ "
「知ってますー、こんな扱いすんのウチの教皇様しかいねーもん。 で?」
" そうだな、まず君達の現在地を教えておこうか。 相対的な地理を言えば、
そこはロス海とアムンゼン・スコット基地の間、大陸横断山脈の真っ只中、といったところだ "
「アムンゼン。 南極かよッ」
" そちらはもう極夜期か。 喜べ、オーロラの観測には最適だそうだ。 良い機会だから堪能してくるといい。
ああ、ちなみに私は今、教皇宮で独り寂しくお茶を飲んでいる。 果たしてこのお茶請けに手をつけていいものか…… "
「帰れ。 薔薇の国に君は帰れ」
" 最初の兆候はサガの『星見』に現れていた "
「薔薇の国ってどこだ」
「双魚宮?」
" 明らかな形となって現れたのは数時間前からだ。
地磁気の大幅な乱れ、局地的な地殻変動の頻発、重力異常……いずれもこんな短時間に観測される現象ではない。
測定数値が異常過ぎて情報が錯綜している、この聖域以外では。
君等から見てそちらの様子はどうだ "
「山」
「氷」
「寒い。 あとペンギンがいません」
「いないな」
「いないねェ、どこにいるんだろうね。
前にテレビで見たんだけど、ペンギンが皆こうやって、こうやって、輪になって」
「踊ってどうする」
「寒いからじゃない? 寝たら死ぬって、ココ」
" 南極大陸で何が始まろうとしているのか、何かが起きているのか、それとも全てが終わった後なのか。
まだ誰も答えを出していない。 聖域の教皇でさえも "
「見てみたいだろ? ペンギンの、ハ……ハ、パ?」
「パ?」
「パトロール?」
「ペンギンがか?」
「すごいなペンギン、かっこいいなペンギン」
" 楽しそうだな、君達 "
「別にィー。 それで、仕事ってのは調査? 事態収拾まで? 俺とシュラってことは、全部壊す?」
" 取り敢えず、一番目だ。 可能な限りの迅速さと慎重さを以て "
「その割に取り敢えずというのが気に入らんな」
「というか珍しい。 サガは?」
" スターヒルに向かった。 君達にまだ伝えてないことが、一つある"
「うぅん、期待しちゃうね」
" 君達が今いる場所は、特に隆起が激しく地形が様変わりしたようだが、元はある研究チームの発掘調査ポイントだった。
その彼等が先日、氷の下の地層から発見したものを掻い摘んで説明すれば、それは先史時代の遺構だ "
「ちょっと、待て」
" 明らかに、自然の産物ではなかったらしい。
彼等の発見したモノについては、こちらも良くは把握していない。 どうも話が要領を得ないんだ。
ただ、その地質年代の測定結果は既に出ている。 カンブリア紀だそうだ "
「なぁ シュラくん、カンブリア紀っていつだっけ」
「軽く5億年は前か」
「人間ている?」
「聖闘士ならいるかもな」
「いやいやいや、まずここ南極だし」
" 彼等が詳しい説明をしてくれるならば、この状況の解明に繋がったかもしれないが……
可哀想に、発見者はその後皆、精神に異常をきたしたらしい。 まだ正気が戻らない "
「期待以上に訳分かんねェな。 怖い! シュラくんッ」
「じゃあ帰れ」
" 勿論そちらに聖域から治癒の出来る者を遣っているが、サガは、おそらく間に合わないだろうと言っている "
「何に、間に合わないって? サガは『星見』で何を視た」
" はっきりとしたことは言わない。 教皇の言葉は真理だ。 今はまだ語る時でないのだろう。
何が起こるのか私は分からない。 サガの目として何かを知るために君達はそこにいる。
……もしも、君達に何かあれば、その時は今度こそサガが動く。 私は、止めたんだ "
「んな何だか分かんねェコトに、あの人が出てく必要なんて無ぇだろ」
" そうだな…… "
「そういうのは俺達でいいんだよ、な?」
「ざらにあるな、この手の状況も」
「そ。 慣れてますから、僕等」
" 任せる。 情報も予断も無きに等しい状況だが、君達はどうにかするんだろう。
サガはスターヒルからこの『星』を視ている。 だから私はここにいる。
君達がこれから邂逅するものが、たとえ人類史遥か以前の『神』だとしても、私には目の前のお茶請けのほうが重要だ。
これは今日四人で食べようと用意したんだ。 あまり私を待たせないでくれ "
「茶が冷める前に帰ってやるから心配すんな」
" 約束したからな "
そして、闇。
世界の涯の太陽は、あと何ヶ月かは戻らないらしい。
暗夜を覆うのは美麗な極光の翼。
天を穿つ赤い羽ばたきのような。
「……どうよ、シュラくん」
「どうもない」
「神ってのは何だろうねェ、ってもう殺る気? その顔は」
「交戦権は認められてないだろ、まだ」
「まだ、な。 取り敢えず、初対面の相手にはコンニチハ、もしかしたらすぐにサヨウナラ」
「どちらにしろ」
「ああ、大したことじゃあない」
震える赤光の息遣い、そそり立つ暗黒の峰々、
二人からから笑い出す。
怠惰に染み付いたものが、するりとほどけていく、薄ら冷たいその快楽。
「いるな?」
「いる、近い」
「来るか」
「向こうからな」
「話が早くて助かるねェ。 今日は急ぐんだ」
「そういえば」
「あの人、誕生日だろ。 何持ってく?」
「……ペンギン」
「あー、それは、ありかもしれない。 教皇宮でも飼えそうだし」
「2、30匹まとめて沐浴の間に、内緒で」
「いじめ ?! 」
「飼えないか?」
「……その相談は、後でしようか シュラくん。
寝起きの君が冷静な判断力を取り戻すには、かるーくお仕事するのが一番だ。 ほら」
大地を裂く音が響く。
極光の空に翼を広げ咆哮する影。 狂いの声に耳を傾けて
「じゃあ、やりますか」
「ああ」
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
というネタ出しで終わってすんません。
お誕生日はサガのです。
ペンギンのパトロールではなくて、ハドリングと言いたかったそうです。
おしくらまんじゅう行動ですね。 そして山羊に悪気はありません、たぶん。
目指したノリはラブクラフトの『狂気の山にて』 好きなんだ。
いつかネタにしたいなクトゥルー神話。
とか、思ってたら、そういえば『デビルマン』でデーモンが眠ってたのも南極のような気がしてきた。
あとエヴァのアダムも? 『エイリアンvsプレデター』でも南極の氷の下には謎のピラミッドがあった。
南極は、浪漫の薫りがする。
←もどる