*年中組。全部で五つ。







1. 何かの不安
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痛くて血が滲むほど強く爪を立てて自分の腕を抱いている。


殺すことが不安で、
殺さないことも不満で、
選び損なったかもしれないと考えてしまうのが恐ろしいのか。


青い顔して睨み合う、子供が三人いる。
















2. 精神病
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その生を哀れみ、人を殺すことを恐れ、悲しむのは、
全て精神疾患の類です。

全く、何事もないのです、本当は。



そう言って、色のないような男は笑った。



















3. 呼吸器が弱い
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この身体が呼吸するためには、何かを殺し続けねばならない。
正確に言えば、自分が今この瞬間呼吸をしているのだと確かに信じるために、
誰かの命を引き裂かねばならない。
厄介なことだとは思うが、しかし。
それほど不都合でもない。
機会には恵まれている。




腕を振り下ろす、その軌跡。
勢い良く噴き出た血潮を浴びて、息を吸った。
熱く身体に染み渡った。
自分の心臓が一つ高鳴る音を聞いた。
視界を彩る赤色の向こう。
何かを思い出したような気がして、また腕を振り下ろした。
赤色が途切れぬように、次を、次を次を次を





不意に醒めた。
色は褪めていた。
もう終わっていた。

途端に呼吸の仕方を忘れた。
身体は温もりを失い、心臓がぬるい眠りに沈む。


この身体が呼吸するためには、何かを殺し続けねばならない。
厄介な問題は、そうまでして生きることを欲するのは何故か、ということだが。
本能とする以外の解答が見つからないので、
次に生きる時まで、また死んだ。

















4. 恐怖症
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人の心を持たないものを畜生と言い、
たとえ言葉を解したとしても獣なのだろう。

しかし煩悩はそもそも心による惑いであるのだから、
いっそ快く澄み切って釈尊を笑わせてやれば良い。



(首輪で繋がれた犬は投げ与えられる餌によって満ち足りた涅槃の夢を見ているはずだった)
(無邪気な子供達が優しく呼んだとしても目を開けるべきではなかった)
(だが犬はそっと目蓋を開けた)



差し伸べられた腕を、舐めてみた。
舌に馴染む味がした。
食む歯触り、肉の滑らかさ。
けれどやはり犬の食べる餌ではないので、吐き出した。
甘い肉が喉につかえて、嗚咽した。



















5. 双生児
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じっと押し黙っていた二人は、夜明け近くになってようやく口をきいた。


「今日はもう寝ろ」
「目が冴えて眠れない」
「酷ぇ顔してる」
「君もなかなかのものだ」
「うるせえ」
「一緒に寝ないか」
「もう10歳になるのに〜、ってコラ。簡単に人を肩に担ぐな。歩くから!」
「あまり暴れないでくれ。落としてしまう」
「落とせ! 俺よりチビのくせにッ」
「そんなに変わらないだろ。私の方が高いかもしれない」
「……うそ」
「伸びたんだよ、知らなかっただろ」

ベッドに友人をごろんと転がした少年は、青ざめた顔で笑った。

「君に言っておきたいことがある」
「なによ」
「二度と私に隠し事をするな」
「ふぅん」
「そんなことをしても私にはすぐに分かる。どうしてか、君に分かるか」
「さあ?」
「君と私は双子なんだよ」
「……キョーレツな告白。そりゃあ知らなかったな」
「私も初めて言ったからな。まあ覚えておいてくれ」
「忘れられないよ」


「……おやすみ……」







遠い昔、誰かが時に名前をつけた。
そうして光は昼に、闇は夜になった。
けれども時は一のままだった。
永遠に連鎖する一のままだ。

現象としての私達にも違う名前を与えられたので、同じ胎から産まれることは出来なかったが、
常に背中合わせで立ち現れ、無限に入れ替わり、始まりと終わりを繰り返す、
分かたれ得ない混沌の一。


君が殺すということは、私が生かすということだ。


























「……忘れるなと言っただろ」


コキュートスの氷原で、一つきりの首が暗い空を見上げた。





























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1. ちっちゃい年中組
2. うそぶく蟹
3. やる気のない山羊
4. 犬=蟹、餌=殺戮万歳、蟹と他者との関係性、のつもりだったらしい。
  何故か仏教系。釈尊は乙女座でなく。蟹はアジアに強いといい。
5. 魚=生、蟹=死で陰陽双子な太極図、だったらいい。でもはぐれたらしい。





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