立ち枯れた木の下から、新しい緑が顔を出している。
透明でいて、どこか甘いような匂いだ。
季節がまた一つ巡った。
若葉が仰ぐ青空は、優しい眼差しを取り戻しているのだろう。
生命の時間が鮮やかになっていく日。

その光を見ることは、もうない。


寂しさも、いつか消えていた。
盲いた眼だからこそ見えるものがある。


草葉を揺らして風が渡った。
道は緩やかに丘を上っていく。
その先を目指し、角の取れた石を踏んだ。
道として敷かれたそれらは、長い年月と風雨で所々崩れている。
間を埋めるように伸びた草々は、しなやかで強い。
踏まれることに、慣れてはいない。


この道を行くのは、いつも自分一人のときだ。
誰かと連れ立って訪れようと考えてみたことはない。
それが、何故なのか。
考えてみることを避けていたような気もする。
そして今も。


道は終わり、丘の上に立つ。
吹き抜ける風。
荒野だったこの場所にも、新しい春が来ている。
打ち鳴らされる草葉、奔流の音色。
そして、ただ静かに、そこにあるもの。
其処に、彼処に、沈黙するもの。

位階と名を刻んだだけの石塊の下に、奇跡を具現する聖闘士達が葬られている。


ああ、と小さな息をついた。
またこの場所に来た。


しかし、もう何度も繰り返したはずが。
不思議と、目指す方角をいつも忘れているのだ。
だから、緑に埋もれるような石塊に手を伸ばし、指を這わせ、刻まれた名を確かめる。
これも違う。
次の墓に触れる。
また違う。
彷徨い、さまよい、歩き続ける墓場。
時折、踏んだ草の下に、土ではないものを感じた。
堅い音。
砕けた石が擦れ合う。
それは、風と雨と太陽で崩れ落ちた、誰かの墓碑だったのかもしれない。

探しているものはまだ見つからない。
こんなに時間がかかっただろうか。

手を伸ばす。
乾いた石の感触。
掌がざらりと温かい。今日はよく晴れている。
しかし、これでもない。
足を動かし、先を行く。
千切れた草の汁。青い匂い。手向けに咲いた花、花の香。

伸ばした指が空を切った。

立ち尽くして、目を開ける。
光はない。
何も分からない。

けれど、この盲いた眼には、見えるのだ。
鬼火の暗い揺らめきが。



心の奥底に沈め込んだ、澱のようなものがある。
太陽のない大地の記憶だ。

決して晴れぬ闇空の下、頭を垂れて歩く人の列。
誰一人振り返らず、言葉もなく、ひたすら岩山の頂上を目指す。
それは黄泉路。
青い炎に照らされた、世界の終わりまで続く道。

遠い、脆い、記憶の断片だ、これは。
盲の闇を薄霧のように流れるだけの。
それでも、消えはしなかった。






中指の背に、掠めた柔らかな葉。
小さな瑞々しい花が揺れる。
そのまま腕を伸ばした。
掌が、触れた。

これか。

指を曲げる。がりりと爪が当たる。
引き下ろし、刻まれた跡に触れる。
尖った角が指の腹を突いた。
力をこめた。
なぞったその名は。

ああ、見つけた。

こんな場所に。
良い風が通り、土には命がある、こんな春に。
ただ置かれた石塊。

なぞった名前が指を刺した。
痛みは内側からやって来る。
じわりと広がり、溢れて零れ落ちる。





あの、夜の明けない世界で、殺した。
悪意も嘲笑も、奈落の底へ沈み、消えていった。

あれは、狂人だ。
聖闘士としての正義を、守るべき道を外れた、悪。
その言葉は偽りなく全てが偽りでしかない。

だから、葬ったのだ。
歪んだ正義を、二度と帰らぬ淵に。



だが狂うことなど本当に許されていたのだろうか?









遠くに置き去って、忘れたつもりでいた、その問い。
心の底、見えないように深く深く沈めていた。
それが痛みだと気づかせた、兄は、死者を師と呼んだ。
その兄はまだ帰らない。
彼の名を刻んだ墓もない。
ここには何もない。


触れていた掌を、指を広げた。
皮膚に意識を注いだ。
風が石を撫でていた。


弔いではないのだ、これは。
石塊も、ただ石でしかない。
それでも、きっとまたいつか、この場所を訪れるのだろう。
連れ立つ人間も思いつかぬまま。




盲の夢に、色のない幻と会った。



























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紫龍は、正義と人々の平和のためなら亢龍覇すら使うけれど。
それでも蟹のことは絶対に許してないといいんです。
↑にある、狂人、は精神疾患でなく聖闘士として許すべからずってことで。
そういう人間が、そもそも聖域内に存在していたこと自体を突き詰めて、
聖闘士って何なのか、蟹はどうしてああなのか、って疑問になればいいと思うんです。

まあ、ネタ振りなのでこのくらいで勘弁してください。
あと兄は盟ちゃんです。たしか一コ上のはず。



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