切れ長の眦にキス。
髪に指絡めて、耳をがぷり。
楽しくなって笑ったら、腕の中でシュラが呟いた。

「……機嫌が良いな」

そういう自分は機嫌があまりおよろしくないらしく、声に出ている。
俺はそんなシュラの頭を後から撫でてやる。
いや全く。いい子なんですよ、この人。
さっきから死んだ魚の目をして人に寄りかかってますがね。

俺は、人に優しくするのが得意な方なので。
背中を俺に凭せて、シーツに足投げ出して、いかにもな無気力、を、身体全てを使って表現する友人にも、
勿論優しくしてやろうと思います。
が、笑えてくるのはどうしようもない。
仕方がないので、このままで。

眦にもう一度。
目蓋にも。
額にも。

「……おまえは最近ずっと上機嫌だな」
「そう?」

死んだ魚の目というが、あれは結構、いい。
死にたては何でも綺麗だ。
奥の奥まで光が降りていくような、がらんどう。
シュラはそういう目をする。

聖域に仇為す逆賊を討った英雄で。
女神への忠誠最も篤き聖闘士様。
けれど時々その目は死んだ魚だ。山羊なのに。

そうして人に寄りかかる。
人に優しくしてもらおうとする。
身体の方がずっと正直だ。
頭よりも素直に悲鳴を上げる。
それが聞きたくて、こうして傍にいるけれど。
果たしてシュラくんは。
自分の、がちがちに硬直して窒息しそうな精神を、気付いているのか否か。
賭けてもいい、絶対に分かってない。
頭の悪い男じゃあないんだ。
ただ、見えていないだけだ。
自分の守るべき存在が、この場所にはもういないってことを、とっくに勘付いてるはずなのに、
まだ見ようとしていない。
それとも、見えない振りをしているつもりか、その有様で。
ああ、いったい何だろう、こいつ。

堪らなくなってその頭を抱え込む。
シュラの目を隠す。
そうでもしなけりゃ言ってしまいそう。
真実を、目を逸らすことなど絶対にさせない事実を、今この一瞬間に叫んでやりたい。

 『おまえの13年間は始めから終わりまで救いようがない』

けれど。
俺はそれを、おまえに教えてやれない。
その一点だけであの教皇様を恨んでやってもいい。

悲しいので首にしがみついた。
シュラはそろそろ我慢ができないらしく、腕が伸びてくる。
それを掴んで押えつけて。

「気分じゃない」

大嘘を吐く。
なのにシュラはぴたりと止まる。
だから指に舌を絡めてしゃぶった。
くわえる時みたいにしてやると、その指は妙にいいとこを触ってくる。
けれど、いっつも期待してしまう、血の味も、匂いもしないので。
思わず言ってしまいそう。

 『13年間の始めから終わりまで、俺は知ってておまえに黙っていた』

言いたい。
言いたい。
どんな顔をする。
どんな目をする。
どんな声で何を言ってくれる。
それが見たくて仕方がないのに。

こいつの目の中いっぱいに真実って奴を詰めこんだ頃、俺の方が先に死んでる。
こいつの手が俺の首を斬り落して血塗れになってくれることもないまま、俺の方が。

ああ、悲しい。

「さっきから、どうして笑っているんだ」

いっそ二人で逃げ出そうか、どこか遠くへ。



なんて、つまんねーな。やっぱり。


「笑ってない」
「笑ってる」
「笑ってるんじゃない」
「じゃあ何だ」
「泣いてんだ」

驚いて顔を上げたシュラの、その目は、奥の奥まで綺麗な、がらんどう。
おまえは俺が、この13年間で瓶詰にした魚だ。山羊め。
それなのに、だ。
最期の最後にその瓶を壁に投げつけて粉々にするのは、俺じゃないんだよ。ああ全く。
泣けてくる。


「笑ってる」

そんな台詞、安堵したみたいに言うのなら。
首を撫で降りていく手がそのまま握り潰してくれないのなら。

「じゃあ泣かせろ」











その長い睫毛や。
きつく光る黒目。
何よりもいい、瓶詰の魂が。
思いきり砕け散る瞬間を、地獄の底から見上げてやろう。
今はもう、それだけが楽しみで。





ああ全く。昔っから。
この人に夢中なんです。


































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シュラの場合、教皇が女神を放逐したことを知ってたかどうか、原作とアニメの設定が違いますが。
アニメの山羊さんは人の話を聞きそうもないくせに、意外と動揺しやすくて素敵です。
でも殺る気な山羊さんは何だかうきうきしてて、怖いです。

や、とにかく。
知らない山羊と知ってる蟹の組み合わせは楽しいなあと。
機会があったらまた別の感じでやりたりです。



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