シュラは頭がおかしい。
知ってはいたけれど、最近もっとおかしくなった気がする。


唇に唇。
噛むとグーで殴られる。
ので丁重に舌でお伺いをたてる。
シュラの肩を通り越してソファーの背についた腕。嫌な具合に骨が震えている。
これ以上は腕も足も動けない。動かしてはいけない。
だから口と舌でご奉仕。まさに必死。
肺が縮こまって、じんわり溶けて、心臓と一緒に流れ出す。
嫌な具合に背中が震えている。
震える、から撫で上げるのは勘弁してほしい。
骨の髄から身体が軋んでせっかく突っ張っている腕まで崩れたらどうしてくれるんだ。
言えば殴られそうなので、我慢するしかない。
(殴られるのが怖いんじゃない、それは寧ろ)

足と足の間に膝ついて、口と舌でご奉仕。
くわえる時の必死さは多分ここ三日で一、二を争う類のものだ。
(けれどもしかしたらそれどころでないのかもしれない)
息が切れて、目が眩んで、涎がだらだらと止まらない。
病気の犬のようだ。
実際また、両手を床についたままだから尚更そう思う。
そのうえ所在なく、物欲しげに、指が動く。爪を立てる。
気を抜くと、髪を梳いてくれるその手に縋りつきたがる、しつけのなっていない指だ。
近頃のシュラは、まったく頭がおかしいので。
その手は本当に、阿呆かと言いたくなるほど、優しい。
だから嫌な具合に指が震えてくる。
優しい手のついでに、でいいんだ。
折るか、切り落とすか、指を止めてくれるとありがたい。
(言えば殴ってはくれるだろうが、その先を、その目を見るのは、心底恐ろしい)

不思議なのは、シュラが何も分かっていないことだ。
だから、何でもないことを、実にくだらないことを、酷く切実にとらえているのだと思う。
(そしてその目を見るのは心底恐ろしいことだ)
たとえば。
この手は、指は、震える。
シュラの指や腕やとにかくそれら全てに触れるたび、まるで怖気立つようだ、けれど。
それは実に単純なことだ。
さて、この身体は何のためにある。
端的に言えば、死だ。
有りとあらゆる者を屠るためにある。葬られた死者の生を記録するためにある。
だから、触れるべきは、そんなものだけで。
そう決まっていて、事実そうだと考えてもいて、格別おかしな話じゃないと思うのだが。
シュラは。
生きているシュラは、頭のおかしいシュラは、
そんなどうしようもない、どうでもいいことを、酷く哀しいと思うことができるらしい。
口に出す人間じゃあないけれど。
その目ん玉や、何もかもお構いなしで差し伸べる腕が、脆弱さを露呈する。
友人として忠告しよう。
そういうのはもう少しどうにかしたほうがいい。
(その脆弱さはある種の凶器だ。喉元を突かれて脅迫される)

まったく、勘弁してほしい。
しみじみそう思いつつ、けど今日も必死。
頭のおかしいシュラの手は、たぶん頭がおかしいせいだ、とても優しい。
身体の芯からじんと脅かされる。
シュラの腕や指や髪や肌やそれら気持ちの良い全てに触れるたび、
意地汚く頬張ろうとして嫌な具合に震えてしまう。
まるでなってない。
止めようがない。
好きなんだ。
キスするのもくわえるのも舐めるのも噛むのも好きなんだ。
好きなのを我慢するのは好きじゃないんだ。
だから、勘弁してほしい。
(しかしどうせじきに我慢も利かなくなる。不愉快な緊張すらそのうちに)


口の中に出されたものを止まらない唾液と一緒に飲みこむ。
ついでに幾つかの苛立ちも。
できるだけ平気な顔して嚥下してやったら、シュラは。
やっぱり人の都合なんかお構いなしで、笑った。
いつまでたっても見慣れない、穏やかな目許で笑った。



ああ、頭のおかしい、哀れな友よ。
愛しいほど愚かなその指を舐めてやろう。

(もっとおかしくなればとは思ってやらないからな)































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あ、鳴いてない。

おかしいのは山羊さんでなく、むしろ逆ですね。


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