ぼんやりと月でも眺める死体のように。
たった一人、転がっていた。


「生きてるか」
「生きてるとは思うが言われてみると死んでいるのかもしれない」
「立てないのなら素直にそう言え」


言い返せずにぐっと言葉に詰まった顔が、ああ。
気分がいい。

















春の朧夜、死体のようなものを背負って歩く。


「すまないねえ、ごほごほ」
「済まないと少しも思ってないだろ」

疎らな潅木はぬるい闇。
どこまでも灯りのない、柔らかな土を踏んでゆく。
背に負ったものは妙に大人しい。
くたりとした腕が歩くたびに揺れている。

「こんな姿、魚あたりに見られたらもう一生お婿に行けなくなる……」
「別に構わないだろ」
「なに? お嫁にもらってくれんの?」
「捨ててやろうか、今ここで」
「いやっ、シュラくん。寂しいこと言わないで」

首にしがみついて、笑い疲れたように笑った。
それから小さな息をつく。
疲弊しているのは本当らしく、だから、捨てるのを止めてやった。

「なあ、どこまで歩くんだ」
「さあ」
「さあって……まさかこのまま聖域まで行く気じゃねえんだろ、体力バカ」

その気になれば一瞬で事足りるが。

夜気はぬるま湯のように、月を滲ませる。
溶け出した金色が暗い雲の中に眠る。
こんな夜だ。
少しぐらい散歩をしてみるのも悪くはない。

「だいたい自分の勅命はどうしたんだよ、大陸一つ違うだろ」
「もう済んだ」
「あ、そう」




「……もう1時間も寝ればどうにでもなると思うから、捨てて帰っていいですよ、山羊くん」

「だってなあ、おまえが来るなんて思ってなかったんだ」

「適当に一人で帰るつもりだったんだ」

「いつもそうやってるし」

「だから、さ」


ぼそぼそと何か喋っている。
こいつの言うことは大抵、嘘か、くだらないことだ。いちいち聞いてられない。


「持って帰る」
「人の話聞けって」
「教皇に、蟹は力の使い過ぎで腰が抜けていたと報告する」
「はあ? ちょっと待てッ おまえそれやったらホントに怒るからな!」
「髪を引っ張るな」
「それだけは本当に……勘弁してください……恥ずかしすぎて、死ぬ」
「だったら少し黙ってろ」


ようやく静けさが戻ってくる。
潅木は終わり、岬に出た。
一面の夜は藍色で、聖域から見る海を思い出した。


この海の遥か遠く。
神さびた砦に君臨する教皇。
今、後で気の抜けた溜息をついている人間は、
誰よりも多く、その勅命を賜り、誰より速く遂行し、また次を、その次を、賜っていく。
その実、息継ぎをしない。
そうやって磨り減らせて、中身まで全てなくなってしまったら、どうするつもりなのか。


「死ぬまで指名率ナンバー1で、皆勤賞狙ってんだよ」


背に負った、死体のようなものは、たぶん、友人のようなもので。
あんまりすりきれてしまっては、困る。


「だから言うな、あの人には」


だから。
潮の遠鳴りを聞きながら、朧夜を歩いた。
溜息は、じき静かな寝息に変わった。
























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間に海があるので聖域まで徒歩で帰るのは、ちと大変。
目を覚ました蟹が結局テレポートとか使うんじゃないですかね。

ゲームの影響か、蟹は体力ない印象がありますよ。



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