それが、その人が、動き、話し、生きている、そのことが。

一秒たりとも許しておけなかった。
浅ましき死人の言種など聞きたくはなかった。嘲笑うその顔など見ていたくはなかった。
違うことなく堕ちた有様はこの世にある全ての光への侮辱だ。
そんなものなど、もう。


(わたしは息が出来ずにもがいていた)


醜悪な人よ。
冥府から迷い出で尚その蒙昧ゆえに再び道を誤るというのなら。


(わたしは恐ろしさに腕を振り上げた)


穢れた魂、身体。
塵一つ残さず消えてしまえ。








光が愚者を飲みこむ。
凍えた血は沸騰する。
もはや一瞥の必要すらないのだ。


(それなのにわたしはまだ息をすることができずにいる)































(そこはあまりに暗いので、太陽の光を忘れてしまった)
(そこはあまりに寂しいので、歩き続ける足が震えてしまいそうだった)




嘆きの壁。


神は否を告げる。
人が己の領域に足を踏み入れることを声高に拒む。
そして壁を築き上げた。
神に近づこうとするその希望を打ち砕き、嘆きの淵に突き落とすため。
では、人は決して先には進めないのか。
神が否とすれば諾々と従わねばならないのか。


冥府の底で、絶望を見上げていた。
ただ神のみが通ることを許され、それ以外の一切を無慈悲に拒絶する、果てしない壁。
女神は冥皇を追って向こうへと消えた。
連綿と繰り返される戦に今こそ終止符を打つため、女神のもとへ行かねばならない。
しかし、この壁は、絶望だけを突き付ける。
凍てついた闇の中で私たちは道を見失う。

(こんな地獄の最果てでは、光を探すことなどできず)
(思い出すこともできず、もうずいぶんと昔にそれは消えてしまった)


それでも、この暗黒の淵に。
光を。
光を。
この身ならば砕けてもかまわないから、ただ一条を。









星が落ちた。

祈りなど、願いなど、叶わぬ闇に、懐かしい光が満ちる。
十二の聖なる依代。
その呼び声。

(わたしが見た幻はなんて優しかったのだろう)


そうして、まるで、当たり前のような顔をして。
その人は来るのだ。

身体など塵と消えてしまった。
もう魂しか残されていないというのに。

平然と顔を上げ、いつもの笑みを浮かべ、傍らの旧友らと他愛ない言葉を交わす。
そうやって、何もかも通じ合っていたように、小さく頷くのだ。


私はまた蚊帳の外だったのか。
ずるいじゃないか。
私はもうずっと一人きりだったのに。
私は一人で遠くにいることしかできなかったのに、あなたたちは。


私が殺した人は私に何も言わぬまま、ただ口の端をほんの少しだけ持ち上げた。




(わたしには青空)
(きらきらと乾いた風がわたり)
(小さな子どもたちが手を引き合って石段をのぼっていく)




冥府の暗黒に太陽が生じる。
眩しすぎる光に私は錯覚する。
夢だ。
遠く過ぎ去った幻影だ。
しかし、それらは今、確かにこの場に存在しているのだ。

ここに、みんないる。
たとえこの場に立つまでにどれほどの時間をかけてしまったのだとしても。
全てはもう夢の彼方。
私はようやく息をつく。






聖域に帰ったら、真っ先にあの人に文句を言おう。




























光は決して崩れぬ嘆きの壁を破壊し、ただ十二の聖衣だけが残された。




















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羊は13年間ハブられたのをほんのり根にもっていればいい。

冥界編。
本当は、羊は蟹を殺してない。
けど教えてくれる人もいないから、羊さんはずっと蟹を殺したつもりだったんじゃないかなあと。

後で気付いて、クリスタルネット→スターライトエクスティンクションくらい怒ればいい。
ちっちゃい頃、羊にとって蟹はお兄さんだったりしたらなんて楽しいんだろう。




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