翼竜さんのお誕生日を(嫌がらせ的に)お祝いしようぜ!ネタ
でも出てくるのは盟ちゃん。 と、師匠とトカゲ。 シチリアにて。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++












あー、おれもクルマ乗りたいなー。

両手に荷物、中身は色々。 カチャカチャうるさいのはビンもあるから。
別に重くはないけど、やっぱり便利じゃないか車のほうが。
人間の腕は二本しかないのー。

先輩に聞いてみよっか?
家の周り走らせるぐらいだったら許してくれないかなー。


なんて考えながらやっと見えてきた我が家。
外のベンチに、師匠?

「しっしょー? おかえりなさーい!」

おれの、出て行くといつ帰ってくるか分からない、
たぶんイタリア人(外部情報)、たまに言ってることが国籍不明、な
師匠は、何故か下を向いたまま、
指先を唇にあてた。

"お静かに"

のジェスチャー。 でも師匠は笑ってた。
おれは静かに、でも出来るだけ急いでそばに駆け寄る。
そしたら師匠の膝の上に、

「? それ、何ですか?」
「トカゲ」

簡単に言ってくれたけど、そこら辺にいるのよりずっと大きい。
渋い砂色したやたら硬そうなウロコとげとげ。 何より、頭が。

「ツノトカゲの一種だ」

そう、ツノだ。 角が生えてる。
ウロコが立ってるんじゃない。 尖った立派なのが2本も!
目付きもそうとうキツイし、おまえはなんておっかない顔なんだ。
……カッコイイじゃないか!

おれは荷物を持って急いで家に入ると、冷蔵庫を開けてちょっと迷った。
小さなイチゴを一つ摘んで走って戻る。
トカゲは師匠の膝から下ろされて日向ぼっこしてた。

「食べるかな」

やってみろと師匠が言うから、目の前からちょっと離れたとこに置いてみた。
そしたら、半月みたいな目がジロリと睨んで、ぱくっ。

「なんだー、可愛いなァ! おまえ」

けらけら師匠が笑う。
おれはお食事中の背中をそーっと触らせてもらった。
よく見ると、首のとこに銀の、タグ?

「もう名前決まってるんですね、こいつ」

きっと師匠はさっきこれを付けてたんだ。
おれはタグに刻印されてる名前を読んでみた。
何故か師匠は盛大にふいた。

「なんか間違ってました? 今の」
「いーや。 それでいいんだ」

手の平ひらひら。 この人何か考えてるな。
おれは首をひねる。 この名前、何か思い出しそうな気がする。

「えーっと、『神曲』ですか?」
「んー?」

片方の眉をちょっと引き上げて、師匠。
惜しいけど及第点には足りないらしい。

「じゃあギリシア神話の誰か」
「範囲を広げたせいで遠くなったな」

さっくり一言、勉強しとけ。
師匠はたいてい正解を教えてくれない。
だからこれは、おれの宿題。 ついでにトカゲの飼い方も調べなくちゃ。
でも、

「なんでこの名前なんですか?」

トカゲとげとげ日向ぼっこ。 それがどーしたって言ってるみたいに。
あ こいつ、目がキレイ。

「似てんだろ」
「さァ、会ったことないんで」
「似てんだよ」

なァ?ってトカゲに笑う今日の師匠はずっと上機嫌。 おれはもっと。
誰の名前か忘れたけど、なんか似合ってるじゃないか、おまえ強そうだもんなー!
これからヨロシクな。

「盟」
「ハイ?」
「盟……おまえ コレ欲しいとか思ってるか」
「ウチで飼うんじゃないんですか?」

「……知り合いが誕生日だから、そいつにやるつもりだった」

目と目、見交わして。
なんだ、おれの勘違いか。

「そうですか」

目と目、逸らさないまま、さらりと言いたい。
甘えてるなんて思われたくない。
がっかりしたのだって、それはそれなんだ。

でも、師匠は。

「あいつに押し付けて笑ってやろうと思ったんだけどなァ……」

俺の髪をくしゃくしゃにして、ちょっと笑った。

「師匠?」
「おまえが気に入ったんなら、交渉してみろ」
「頑張ります。 てゆうか どなたと?」
「んー」

師匠はトカゲを抱えておれに持たせた。 絶対離すなよって念を押して。
それから、のんびり腰を上げた。

「社会科見学、行くか」
「どこへですか?」
「いいトコ。 だから目をつむって3つ数えな」
「師匠のいいトコって、大抵悪いトコですよね」
「期待しちゃうだろ?」

そりゃあ、あなたの弟子ですから。
ちょっとドキドキして、でもやっぱりワクワクして、おれはトカゲと目をつむる。


1、……2、……3!





目をあけると、そこは


空一面、血の色した雲。
果てしなく続く岩だらけの暗い荒野。

なんかもう、絶対に地上じゃないです。

「盟、あれ見てみろ」

ぽかんとしてたおれに師匠が指差す。
そこには大きな石造りの門が立っていた。
その頂に何か文字が刻まれている。

「読めるよな」

笑うような師匠の声。
おれは、声に出した。

「ここに入る者 一切の希望を捨てよ」

あ。 ああ、まさか。

「……我を通る者は苦悩の市にいたる、
我を通る者は永遠の苦患にいたる、
我を通る者は絶望の民のもとにいたる、
正義が崇高な我が建設者を動かし
我を神の権力と最高の叡智とそして最上の愛の象徴とした。
我より前に永久以外は創造されたものはなく、
我は永遠に存在するであろう。
我に入る者は一切の希望を捨てよ。
……何だか分かったな?」
「ええ、良く」

猫みたいに師匠が笑う。
滑らかに暗誦したのは、失意の詩人の祈りにも似た叙事詩。
だから、『神曲』は惜しかったのか。
ここは

「地獄にようこそ、盟」

おれは、自分の手の中を見た。
半月型の、おっかない目がおれを見上げてた。
何か文句あるのかって今にも言いそうな顔してるくせに、
やっぱりこいつ、目がキレイ。


おれはペコリと頭を下げた。

「こちらこそ、ヨロシクお願いします」




























+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

あいつ=冥界三巨頭天猛星。
トカゲ=ジャイアントホーンツノトカゲ。 震えるほどかっこよい。
師匠が言ったのは野上素一訳の『神曲』地獄篇第三歌冒頭
地獄の門についての部分です。





←もどる