冥界小話 バレンタインと蟹。 2007年のバレンタインデーでした。
蟹さんは地獄を満喫中のようです。


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血色の曇天から風
魂を運び去る妖鳥が墓場に舞い下りる。

 " ノック "

赤々と 赤々と 火色に染まる棺の中
永遠の業火に焼かれて眠る亡者。
その棺に

 " ノック "

呻くのは罪人 
苦悶は亡者の証
なら、次の棺を

 " ノック " 

答えが返るまで

 " ノック "




 " ノック "

 " ノック "

 " ノック "


あ、

今 笑ったのは。



もう一度ノックする代わりに棺の蓋を蹴り開ければ、
亡者が二体、仲良く眠っている。
灼熱の業火に巻かれながら、
腕を絡め、睦言を囁き交わすように


顔色一つ変えず見下ろし、バレンタインは告げる。

「カイーナでラダマンティス様がお待ちだ」
「……こんなに早く見つかるなんて思ってなかったな」

棺の中 亡者の片割れが、にっと笑った。
色のないような髪や、その目まで
照り返す炎。
てらてらと真紅に染まる、血の色をした笑み。
黒焦げの亡者を抱きつかせて 棺の中。

「ん。 やっぱりおまえが一番、俺を見つけるのが上手いな。 ほめてやろう。
良くここだと分かったなー、何だソレ、技か?」
「単純な統計的推理だ」
「俺の行動お見通しってか。 だからパシられんだろ」
「有能さの証明と言ってもらおう」
「くはは、何だそれ」

深紅の男が棺から身体を起こす。
赤々と世界を燃やし尽くす炎は男を害すものではない。
男に与えられた罰は、業火に身を焦がすことではなく、
炎は亡者だけを責め苛む。
黒く焦げた腕が、男を追う。

「邪魔をしたかな」
「いんや、そっちの可愛いコちゃんが呼んでるなら、すぐに行ってやらないと悪いだろ」

その腕を取って、手の甲にキス
炭化した頬にも唇を寄せて
棺を閉じた。優しげな笑みのまま

「で? 今度は何だ。どれがバレた。つかどんくらい怒ってる?
いきなりグレイテストコーションなら、逃げるからな」
「それほどでもない」
「前も同じこと言ったろ。 あの後は相当 酷かったぞ。
おまえんとこの上司、絶対ヒドイ! なんであんなに怒んのッ!?
都合の悪いことは全部俺のせいだと思ってるだろ!」
「実際そのとおりだからな」
「この間のは俺一人がやったんじゃないって知ってて、そーゆーこと言うよな、おまえって。
そんな奴はあいつに説教されなさい。 つーか、されろ。
誰かと分かち合いたい、あの恐怖……あれは、ちょっと、鬼だぞ?
一から十まで微に入り細に入りまるで容赦ナシ! あんな徹底的に説教されたのは、正直俺も初めてだ。
びっくりした。 最後は泣いた。 泣いてやっと許してもらいました。 あれは屈辱だった……」
「そのまま人格矯正されていた方が、全世界にとって幸福だっただろうに」
「生憎、俺の体液と精神性は連動してないんだ。
今度あいつに言っとけ、説教の前に自分の仕事しろってな。 あ、俺が言ってたって言うなよ」

亡者の棺の上で、けらけらと笑い
火色の、血色の、目が笑い
優しげな声で言った。

「あれは、俺に恨みでもあんのかねぇ」


逆だろうと答えようとして、止めた。


「愚痴る前に急いだらどうだ? いつも余計なことをするからあの方を怒らせるのだろう」
「んー……どうしようかな」


少なくとも、主体は逆だとバレンタインは考える。
冥府の執政官たるカイーナの天猛星は、直属の上官であるという贔屓目を除いても、
激しやすい面は多少あるが、思慮深さの方が勝る。
厳格さは公正であることと同義だ。 この冥界においてはむしろ温厚な部類に入る。
いきなりグレイテストコーションは、まず無い。

それを一から十まで怒らせる、この男は、
その笑みも、声も眼差しも、言葉の一欠片、指先に乗せる小さな感情にいたるまで、
完璧な
純粋無垢の、虚偽から生成することが出来る。
このいっそ特異な才能と、騒動を起こすに際しての悪魔的な狡猾さによって、
今現在、冥界三巨頭の一人が無駄且つ煩雑な仕事を増やされ忙殺されており、
姿をくらました元凶を引き摺り出すため、その都度バレンタイン他部下の冥闘士が
地獄中を探し回る破目になっている。

恨まれているのは、
恨んでいるのは、男の言葉とは逆に


だが、それを確かめてみようとは思わない。
この男の本心が何であれ、深く踏み込むつもりはない。
向こうが踏み込ませない、ともいう。
それほど完璧に、偽りを描いてみせるのだ、この男は。
(偽りと理解されている時点で既に完璧ではなく、ただの愚者と言えばそれまでだが)


だからこそ、この男を
あれだけ激昂しながら一分の隙もなく理路整然と罵倒してのけた上司の姿には、
掛け値無しに 深く感銘を受けた。


そして、バレンタインはまた、
この男のために第五獄 赤熱の園を訪れている。









「ただ行くってのは、やっぱり良くないよな」

棺の丘から下り、
炎を払い捨て、色の失せた男が歩く先は、カイーナの方角ではなく

「少し寄り道をしよう、ついて来い」
「どこへ」
「オルフェのとこ。 冥界で花が咲くのあそこだけだろ」
「花?」
「おまえの顔見てたら思い出したんだよ。
ここにいると意味ないだろうが、今頃地上はそういう季節だ。 もう過ぎちゃったかな?
だったら尚更、御機嫌伺いにはそれなりのものを持って行かないと。
分かるか? 日頃の感謝と愛を形にしたいっつーこの気持ち」
「随分と熱心なのは分かる」
「そりゃ、まあ?」

にっと吊り上げた唇の、鮮やかな悪意。
しかし同時に
実に楽しそうに笑うので、
この後カイーナの執務室は、その能天気な愛の形とやらで埋め尽くされると決まったらしい。
その時、彼の厳格なる執政官は何を思うのか。
ああ、まったくそれは


「手伝おう」
「……おまえ、怒られんのは俺一人って、ホント分かってて言うよなぁ。
そういう子には特別に花を編んであげよう。 何色が良い?」
「青が」


陽の光を知らない冥界の花は、透き通る 白
男は笑う。

「青な」

偽りかどうか、それよりも
生まれゆく 極彩色の悪夢を楽しみたいと 思えるほどに
(だから、やはり完璧なのだ)



「器用なんだよ、俺は」







花 を
赤の、青の、黄の
二人でも抱えきれないほどの花を

闇夜の淵を染め抜くような愛をこめて

この世界へ

























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上司の方はいい人で、副官の方はいい性格。
蟹は基本的にどこでも楽しく暮らせます。
花だって余裕で編んじゃいます。輪っかにします。




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