教皇の坐す光の玉座。
それを前にした人間は皆、恭しく首を垂れる。
まるで両の目に映すことすら畏れているように。

膝を屈する先、玉座の背後にあるものは、絶対存在としての神。
人間の願望も、信仰も必要としない、ただ在るが故に在る神。
その降臨の"場"である聖域が、神代から積み重ねた長すぎる歴史が、
玉座を前にした人間の首に、不可視の枷を与えている。


滑稽だ、喩えようもなく。
この欺瞞を知っている者は、遠慮なく嘲笑えば良い。
玉座に坐す私は、こんなにも怯えている。


(嘲笑のない唇が私へと言葉を捧げ、深々と垂れる首)
(おまえに枷などあるはずがないのに)




神の御名において、地上の平和を守り、安息をもたらす。
それが聖域。
しかし、地上とは、平和とは。
聖域が守るべきは何人であるのか、宣う神はない。

私は独り、この手に持たされた糸の束を、怖々と眺めている。
世界の、有りとあらゆる生命が紡ぐ糸を、一つ一つ爪繰り、選り分けて、
時にはほつれた末を継ぎ足し、時にはもつれた根を鋏で断ち落とす。
私は、こんなにも怯えている。
神でない私が世界に裁きを下す、この欺瞞。
けれども私の鋏は、私を責めも、罵りもしないのだ。

私の鋏。
薄い銀色をした、私の。
傷つけるためではなく、ただ、断ち落とすために、鋏はあるので、
糸など幾度切ったところで、その銀色は少しも汚れはしない。


(立ち去ったその姿のままきっと私の元へと戻り、ほんの少しだけ笑うのだ)
(そうやって鮮やかに全てを消し去って)
(私の何かも薄めてしまい)
(次は、と笑った)
(そして私は)


絡まりもつれた糸を、次々断ち落とす音は軽やかで、
手繰り、爪繰り、糸を繰る私は、仮面の奥で狂ったようになる。
汚れぬ鋏の、鏡のような面のどこか、憂鬱な曇りが浮かんではいないかと躍起になる。
それさえ見つけてしまえば、この鋏を手放すことが出来たかもしれないのに。
私の企てはいつも真中で断ち落とされる。

軽やかな、音。
私の縺れをも断ち落とす、銀色の。






(ただいま、サガ)









いつの日か。
明日か、一月後か、それとも十年先の、いつの日か。
沈黙している神が再び言葉を語り始める時。
私の指は糸繰りを止め、私の鋏もあるべき場所へと返すのだろう。
だから、慣れてはいけない。
その目や指、私を甘やかす全てに、慣れることなど。












私は独り、いつまでも怯え続け、暗い夜の夢を見ていよう。









































濁った黒い水面に、光が落ちた。
月明かりだ。
淡くゆらゆらと揺れながら沈んでいき、水の底、横たわる目蓋を開かせる。
私は、汚泥を蹴り、水面を目指した。





けれども、その目覚めは何故か酷く不愉快だったのだ。
"私" に理由はない。だが気に障っているのは確かに私だ。
記憶と精神に噛み付いたこの曖昧な何かを明らかにすべく、私は呼んだ。



 " 三秒以内に来ないとくびり殺す "



 「はぁ!?」

























05 甘えることに慣れちゃいけない
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白さんから黒さんに移り変わっても、甘えたい気持ちは一緒。
むしろ甘える気満々。

この後の交渉により三秒は十秒になる模様。話の分かる上司なんです。



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