七年待った。

メシアは復活せず、世界は変わらなかった。




佐藤は、あの頃のやつれ果てた様子と比べれば、だいぶ回復した。
嫌な咳は少なくなり、介添えなしで歩けるようにもなった。
そして

病み疲れた身体で、夜を歩む。




七年前、佐藤は善良な男だった。
この現世にとって、実に善良な人間だった。
己の世界と安寧を愛し、
あの方を凶弾の中に売った。
行末に広がり始めた偉大な光景を、確かにその両目に入れながら、
良く手足に馴染む幸福を選び取った。


三年後。
再会した男は、ただの肺病みになっていた。







空を仰げば、満天の綺羅星。
白い月は鬱蒼と茂る木々の上から。
草葉は夜露に濡れ光る。
こんな夜に、佐藤は歩く。

一人で歩けるようになったとはいえ、弱った身体で遠くには行けない。
さほど時間をかけず、その姿を見つけることはできる。
佐藤の行き先は、知っていた。


そこは、あまり広くはない。
森の木々が途切れた、石くれと砂混じりの荒地。
佐藤は転がる石を丁寧に取り除き、地面を探している。
その頭が、足音に気づいて顔を上げた。
足元に置いた明かりが照らす、嬉しげな微笑み。

「ああ、蛙男くん。ちょうど良かった」

晴れがましく差し出された手には、薄い小さな欠片。

「ぼくはついに見つけたよ、 『創造の書』 だ」

「ようやく見つかった……これで魔法陣が解けるんだ」

「さあ。始めよう」


その手に乗せたものは、ただの石片。
大いなる秘儀を記した粘土板は過去に砕かれた。もう在りはしない。

「ぼくが読む」

やつれた跡の消えなかった顔で
静かに、安らかに繰り返す。

「ぼくが読む」


「そしてもう一度、始めからやり直すんだ」


繰り返す。
繰り返す。
月が満ちる毎の贖罪。
気の遠くなるほど積み重ねた夢の果てで、屍を晒した少年のため。
佐藤は大地に弧咆する。
たとえ、あの粘土板が本当に目の前にあったとしても、読むことなどできない、
佐藤は、地面に描いた歪な図形に向け、でたらめな韻律で絶唱する。



「もう一度、悪魔を呼び出そう」

「今度は上手くやる。今度こそ世界は救われる」

「あの方を甦らせるんだ、あの方だけが、この世界を救ってくださる」

「そうだろう? 蛙男くん。ああ、愉快じゃないか。現世は夢に、夢は現世に……だよ」

「これで、ぼくも、夢となる」

「ねえ、?」





夢のように消えることのできなかった佐藤は、
祈りのような絶叫を続け、
二十四年目に死んだ。



























私は

三十四年を待ち続けた、今

あの方が葬られた高尾山へと向かいながら、

孤独な友を思い出す。



「もう一度、だ。 佐藤」
































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二人は友達になれるといい。


松りに参加させてもらった時の物でした。


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