ある日、東京は『受胎』したとかで、真ん丸になった。
地平が迫り上がり、端っこと端っこがくっついて。
真ん丸です。
人間はどこだ?
みんな死んだ。
俺の家なんてどこにあったのかさえもうわかんねー。
何も無くなって、そして代わりに
悪魔が涌き出た。
バカみたいな話。
意味がわかんねー。
どういうことなの?
それをやったのが、あの“裕子先生”なんだから、尚更お笑いで、
ちょっと泣きそう。
俺はどうすりゃいいの?先生、教えてよ、ねぇ。
『選択しろ』
何を。
『次の世界の、あるべき姿を』
は?何それ。わかんねーよッ次の世界って何だよ!俺は…
『死んだ』
…は?
『古い世界は、もう死んでしまった』
誰かが名前を呼んだ気がして、勇は目を覚ました。
見上げる、四角い天井が炎の影で揺らいでいる。
立ち上がろうとすると後頭に鈍い痛みを感じた。
あのハンマーを持った悪魔に殴られて、痛いだけで済んだんだから僥倖だ。
マントラ軍に捕まった勇は牢獄に入れられた。
他に捕まっている悪魔達と違い、すぐに勇を裁判にかけて殺してしまうことは無いらしい。
けれどそれは、
たぶん別の使い道があるからだろう。
また聞き覚えのある声がした。
太い格子の向こう、炎の影が揺らぐ廊下を歩いてくる気配がする。
あのカボチャの化け物なら足音はしないはずだ。
勇は格子を支えにして立ち上がると、そっと廊下を覗いた。
「ゆークン!」
誰かが走ってくる。
短い黒髪。細い身体。
学校で友達に会ったみたいな表情をして走ってくるその顔は
どうしてか緑の刺青が入ってるが、
それは確かに、元の世界からの友達だった。
「シミズ!」
清水は勇の顔を見ると、脱力したようにその場に座りこんだ。
「っぷは〜、ここまで来るの辛かった〜。
せっかく裁判に勝って顔パスになったのに、なんであのカボチャは集団で襲ってくるんだ!?」
荒い息の下でそういう声も、仕草も
前と変わっていなくて安心する。
「やっぱりさっきのはシミズだったんだな…」
勇はマントラ軍に捕まる瞬間、清水を見ていた。
大きな目を見開いて、呆然としている顔を確かに見た。
きっとコイツも驚いたんだと思う。
俺だって、まさかこんなところで会うなんで思ってなかったし。
ようやく落ち着いたのか、清水は立ち上がると格子に顔を寄せた。
「…ゆークン、あんたこんなとこで何してんだよ?
ここは怖いオニさんの巣窟だよ、おっそろしいんだよ」
勇も格子を掴み、清水の顔を眺めた。
大きな、色素の薄い目は前と変わらなかったが
やはりその顔や身体に走る緑のラインが気になる。
「おまえこそ、どーしたんだよ?その身体…刺青じゃなさそうーだけど」
「あぁ、コレ…」
清水は自分の顔を撫でてみせた。
「俺もよく分かんねーの。あの病院で目ぇ覚ましたらこんな顔になってた。
怖ぇんだよ?これ結構。暗いとこで光んの、この緑色。蛍光みたいよ」
その話を聞きながら、勇は目の前の清水に何が起きたのか、ぼんやりと分かり始めた。
「ゆークン、俺さ…」
清水は勇の目を真っ直ぐに見据えて言う。
「悪魔になっちゃった」
あっけらかんと言う清水の目は人間と同じだった。
けれど身体にまとう空気がもう変わってしまっていた。
勇は清水の告白を、自分でも驚くほど素直に受け入れていた。
「…どうして悪魔になんかなってんだよ」
勇の問いに清水は小さなものを取り出した。
それは虫みたいにもぞもぞ動いていたが、鉱物のようにも見えた。
「何だコレ」
「マガタマっつーんです。これを食べるとあなたも一日で悪魔の仲間入り☆って奴。
コイツが腹ん中に入ると色々不思議な力が使えるようになんのね」
「へぇ…」
勇がそのマガタマに手を伸ばそうとすると、清水は腕を引っ込めた。
「噛むよ、コイツ」
「うそッ」
清水が笑う。
「うそ」
手の中でマガタマが足のようなものをばたつかせていた。
清水はそれをぎゅっと握って大人しくさせる。
「あの時……東京が丸くなった日、妙なバーさんと小僧が俺ん中にコイツを入れたんだ。
で、起きてみたら悪魔になってたわけ」
清水は自嘲気味に笑う。
「ちょっと仮面ライダーになった気分」
「あー、悪の組織に改造されるって奴ね」
「結構きついんだよ。マガタマって口から飲まないとだし」
勇はふと嫌な予感がした。
「…なぁ、シミズ?そのマガタマって身体ん中から出す時って、どーすんだ?」
「………見たい?」
「そこでなんで泣くんだよ!!なんか怖いからいいよ!!」
「いや〜、やっぱり見せてやろッ。もぅその目で見てやって!俺の生き様ッ」
「見せんな!!どーせ、人間ポンプの芸とかすんだろッ」
「ゆークンたら笑点とか見てただろ!?」
「見てねーよッ」
「んじゃ、マガタマ吐きま〜す☆」
びびる勇の前で清水は両の掌を合わせた。
そこに光が生まれる。
清水が手を開くと、マガタマが一つ蠢いていた。
「実はわりとフツーに出せるんです」
「バカ野郎!!」
勇は容赦なく清水の頭を叩いた。
そんなおバカな遣り取りをしていると、ここがどんな場所なのか
ほんの少しだけ忘れそうになった。
だったら、ここがいつもの教室で、いつも通りの馬鹿話をしているんだと
錯覚でもいい
頭の隅から隅までそう思いこめたらいいのに。
けれど、ここは、地獄だ。
「…で、シブヤで千晶に会って、また別れて…その後も色々うろうろしててココに来たんだ」
清水は今まで何をしていたのか話してきかせた。
どんなところに行き、どんな悪魔に会い、そして倒したのか。
その横顔は、なんだか淡々としているように、勇には思えた。
やっぱり悪魔になってしまうと、動じなくなるんだろうか。
この混乱としか言いようのない世界にも動じないだけの
“力”を持っているから?
「…シミズ、先生が今どこにいるか知ってるか」
「もしかしてニヒロ機構の」
「そうだよ!ニヒロ機構にいる人間の巫女ってのは裕子先生のことなんだッ
なのにマントラ軍の奴等、ニヒロに攻めこむって…このままじゃ先生までやられちまうぞ!?」
勇は必死に叫んだ。
先生がこの世界にいるのなら、どうしても会いたかった。
会って話がしたい。
先生の言葉を聞きたい。
これから、どうすればいいの?
「シミズ!お前なら先生を救えるだろ?!おまえ悪魔なんだからッ、それだけの力があるんだろ?!」
清水は大きな目で勇を見ていた。
つるんとした眼球が勇を映しこんでいた。
その目は人間の頃と変わらない。
そして、清水はほんの少し困ったように笑って頷いた。
「…うん。これから先生を助けにいくよ」
その仕草も昔と変わらなかった。
「よかった…。俺じゃ、こんな世界どーにもなんねーよ。悪魔に勝つなんて…無理だ」
マガタマを片付けようとして俯いた清水が、その時どんな顔をしていたのか
勇は気付かなかった。
「で、ゆークンはどうすんの?ここから出そうか…?」
顔を上げた清水は格子に触れてみた。
「あんまり騒ぎを起こすなよ!」
勇は慌てて言った。
「俺は…少しぐらいは大丈夫だ。あいつらもすぐに殺す気は無いらしいし。
隙を見て逃げ出すから、シミズは早く先生のトコに行け!そんで…
頼むから、裕子先生を助けてくれよ…?」
真剣な眼差しの勇に、清水は力強く頷いた。
「ゆークンも無理すんなよ!俺きっと帰ってくるから、そんでゆークンも助けるから!」
清水はそう言うと、勇の前から離れた。
身を翻し、廊下を歩いていく。その背中はどんどん遠くなる。
勇はじっとその後姿を目で追っていた。
格子を握る指に力が入った。
清水が奥のエレベーターに乗ろうとした瞬間、どうしようもない不安が胸の中で荒れ狂う。
背筋に怖気が走る。
吐き気が止まらない。
訳の分からない不安に気が狂いそうになる。
「………シミズ!」
思わず勇は叫んでいた。
そして唐突に気付く。
一人になってしまうのが不安なんだ。
「ん?なに?どしたの?ゆークン」
すぐに走って戻ってきた清水は心配そうに勇の顔を覗きこんだ。
「顔色悪いよ?」
そんな清水を眺め、勇は苦しい息を吐いた。
「…なんでもない」
格子を握る指に力が入りすぎて、感覚が無くなりそうだ。
「…ゆークン?」
清水の声に勇は首を横に振り、ぼそりと呟く。
「シミズ、煙草持ってるか。何でもいいから」
聞いても、絶対に無駄だと言う事を聞いてみた。
しかし清水は
「あるよ」
あっさり言った。
「この世界じゃ貴重品っすよ…一本ね」
そして勇に一本差し出す。
「おまえ…よく見つけたな?」
驚く勇に清水は笑った。
「自販機漁った。……あ、ライター無いね」
清水は、勇が銜えた煙草に唇を近づけると、そっと息を吹きかけた。
すると煙草の先に小さな火が生まれる。
「お…すげー、手品みてーだな!今のも悪魔の力なのか?ライターいらねーじゃん」
「便利だろー?気をつけないと煙草一本まるまる燃やして吸えなくなるんだけどね」
清水は得意そうに笑って自分も煙草を銜えた。
しばらく勇も清水も黙って紫煙を燻らせていた。
勇はちらりと清水の横顔を覗いてみたが、
清水はぼんやりと紫煙の流れを眺めているだけだった。
勇は何か言おうとして、何も浮かばずに
結局黙っていた。
「そろそろ行くよ…」
清水は残っている煙草を勇に渡した。
「おい、いいのかよ?」
「また探せば見つかるでしょ。今度会う時には1カートンは持ってくるから、待ってて」
「…ん」
勇が頷くと、清水は歩き出そうとした。
ふと、その足が止まる。
「…なー、ゆークン」
勇を振り返った清水は、笑っていた。
「仮面ライダーの最終回って知ってる?」
唐突に言われて勇は小首を傾げた。
「知らねー。どうなの?」
「うーん、俺も知らないんだ…」
そう言うと清水は勇に背中を向けて、また歩き出した。
清水の笑いの中にあった何かが、勇の視線をその背中から逸らさせなかった。
清水の声が廊下に響く。
「改造人間は、最後は人間に戻れたのかな」
勇は何も言えなかった。
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えー、管理人は後半ぶっちぎりで勇をタコ殴りにしました。
そんな悲しみを、こめて。
いつもアマラ神殿で聖に止めをさせないので、勇くんエンドを見ることができません。
そんなやりきれなさを、こめて。
あー、でも好きなんだ、勇 !!
…確かイケブクロで勇と会った時、主人公のスキルに「ファイアブレス」があったと思うんですよ。
で、コレ書きながら、ファイアブレスで自分の煙草に火をつけて吸うことは出来るのだろうかと、
無駄に真剣に悩みました。
帰るぞコノヤロー!