「なー」


「なーあー」


荒野は藍。
夜明は未だ。 流れる闇に指の先もおぼつかない。
藍空は、針であけたような星々。
それを、ふうと見上げ
溜息のように笑う。

「いい加減に機嫌直して、仲直りしてくんない?」

奏でる喉と舌。
漠々として、意味を結ばぬまま、解けて消える。
進むは、荒野。

「俺がどんな奴か、おまえが一番良く分かってんだろ」

荒野の先は、光と秩序の砦。
主たる聖域に聖闘士が帰還する。
薄闇の中、身にまとう黄金の光輝は暗く沈み、
殊更ゆっくりと夜の底を流離う。

「どうしようもないんだ」

水底にも似て。
しっとりと露をはらみ、回転する天球は青い玻璃。
雲の大きな流れの下、蝙蝠が飛び交う。
小さな影は、空気の中を俊敏に泳ぎ、潜り、自在に遊ぶが。
底を歩む影は如何にも鈍い。
ゆるやかに翻るマントなど、飼い馴らされた怠惰な尾ひれ。

「おまえが助けてくれなきゃ、さ」

けれど、その白は 殺戮の色。
至上の人の勅命により、あまたの命を散華させた、白。
千代の千尋の深い淵を秘めながら、何色も浮かべず、ただ斯くある。
底を歩む影は、笑う。

「おまえ以外は、もう 何にもないんだ」

やがて
空の色は淡く紫。
遥か飛翔する雲の翼。
未だ、夜闇の名残仄かな大地を歩むのは
影一つ。

「な ぁ」

笑みは、やはり漠々と、空気に溶け
言葉もまた、無為に流れる。
その 子供の思いつくような、甘えるような嘘の数々を
誰よりも、何よりも傍で、密やかに聞いている者が在る。



影一つ。
荒野の果てに、聖闘士が帰還する。
その身を守るのは、聖衣。
その意を叶え、血と宿世を共にするために、在る。
溶け 流されていく笑みも、その嘘も、
一つに抱き、繋ぎ止め、
秘める。
このまま共に在れと 愚かしく願いながら。



「まだ、死ねないんだ」

































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末は二世の契りを互いに切り捨てる、として。

女神のためなら主も捨てる聖衣と、
主のためなら女神も捨てる聖闘士ですが、
普段はけっこう円満だといいです。


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(07/10/01)