煙る話 (魚と蟹)




青天白日、くゆらせた紫煙一筋。

「吸うのか」
「吸わないよ」
「それは?」
「もらった」

大してうまくもなさそうに、けれど僅かに目を細めて吐いた、
仄白い煙は光に透けて流れる。
甘く染みる匂い。

「私も欲しい」
「だめ」
「何故だ」
「薔薇くさい人にはあげません」

指や、眦、柔らかな髪にいたるまで
艶然と微笑み誇る大輪の薔薇のよう。
朝露、星屑、そんな綺麗な光に香るひと。
その隣で。

「そういえば、君は」
「ん」
「君には匂いというものがない」
「そーかー?」
「……うん、やっぱり分からない」
「ちょっと、頭どかせ。髪の毛焦げる」

煙草を持つ手が先に避ける。
たゆたう紫煙の、染み入るような香りに包まれながら、
指や、睫、肉と骨。
どれを取り、どれを広げても、不思議とそれは薄まって。
特徴を追えば追うほど希釈されてゆく。
そういう男が、へらりと笑った。

「向こう側は、嗅覚も何も無いからな」

光の、向こう。
全ての終わりの世界を、たゆたい流されているうちに、
自身まで溶けてしまったのか。

「……けれど、ほら」

薄く笑みをはりつけた、その唇を確かめれば、
煙の味がした。


「甘いよ」


















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煙が甘いのは飴玉みたいな味。


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