『欲望のイキモノ』





殴り合いの後は。
血がたぎるから。
体が熱くなる。
どうしようも無い様な熱を、体に生む。



集会の夜。
かち合った他所のチームとケンカになって、乱闘状態。
その拳を返り血で染めて、うっすらと笑う緋咲サン。
…やっぱり好きだよな、この人。…殴り合い。というか殴るの。
滲み出す笑みは喜んでいる証拠。
手近に殴る相手がいなくなった緋咲サンは、単車に凭れて乱闘の様子を見守っていた。

「…緋咲さん、今日行ってもイイッスか」
きっと今夜、この人は体の火照りを持て余すから。
「…ああ」
チラリとオレに流し目くれて、気のない返事。
だけど、この人はオレがどういうつもりで言ったのかとか、全部分かってるハズで。
興奮状態で体内がヤバイ感じ。
緋咲サンはそんな様子を微塵も見せないけど、オレは知ってる。
きっと今、熱いものが体内を駆け巡ってる。




玄関を開けて、電気も点けずにそのまま寝室に直行する。
オレは黙って緋咲サンの後に続く。
真っ暗で、イマイチよく分かんねえけど、緋咲サンは服を脱いでいる様子。

オレの横を通り過ぎて、再び廊下に出る気配。
そして浴室の電気をつけて、シャワーの音。
緋咲サンは潔癖症の気があるので、外から帰ってきたらシャワーが基本だ。
…そのワリにはオレにはシャワー浴びろとか言わない。
オレは一緒にシャワー浴びに行ってもいいんだけど。
殴られそうなので、やめておく。
座ってベットに凭れかかってオレは待つ。
手持ち無沙汰になったオレは、浴室から洩れる灯りで部屋を眺める。
殺風景な部屋。飾り気が無くて、余計なモノが無い。
イマイチ生活感のない部屋。
この部屋への来訪者はいったいどんくれーいるんだろう?
いったいどういう奴が来るんだろう?
全く痕跡つかめねえ。
微妙に知りたい。というか、知りたくないというか。
何だ?
オレは微妙な自分の思考に終止符を打つように首を仰け反らせて目を閉じる。

いつの間にか、シャワーの音が消えてて、緋咲サンが部屋に戻って来た気配。
浴室の電気が消されたために、また暗闇に逆戻りだ。
でも目を閉じていたせいで、目が暗闇に順応してる。
緋咲サンを見上げると、濡らされた髪がいつもとシルエットを変えている。
中途半端に拭いた髪から、雫が零れる。
髪の先や顎先から、ポタポタと落ちる。
この人、几帳面な割りにはこういうトコ、結構適当。
あの…布団、濡れますよ?

緋咲サンは裸で、タオルを首に引っ掛けただけの姿でベットの上に腰を降ろす。
寒くないんスか、アンタは…。
ボーっとしてて部屋の暖房をつけてなかった自分にちょっと舌打ちする。
「…寒くねースか?」
「さみーよ、バカ。…暖房つけとけよ」
当たり前の様な返事。
だから早くしろよ。
そんな声を聞いたような気がしたから、オレは急いで緋咲サンの方へ。
投げ出されていた足を割って、その間に体を割り込ませる。


この人は基本的に自分勝手な人で、
自分がスッキリしちまうともういらねーって感じになっちまうから。
だから、気持ちイイくらいで唇を離して、イカせない。
イカせろよ、とか思ってるかも知れないけど、さすがにそうは問屋が卸さねェって。
オレは緋咲サンから退いて、今度はベットに押し倒して覆い被さる。
「緋咲サン…力抜いてて」
指で慣らした後で、オレは侵入を試みる。
「……ッ」
辛そうに顔を顰めて、オレの肩に爪を立てる緋咲サン。
その痛みが、オレは結構好きだったりする。



あ、やばい。
この人まだイッてないっけ。
なのにオレが先にイク。

「…あ…っテメェ…」
「スンマセン、でもオレ…まだイケますよ」
当然。
「そういうコト言ってんじゃねーよ…」
ああ。
「…サイアク。…中で出してんじゃねェよ」
怒ってるなぁ…。目が結構マジだ。
我慢できなかったんです。スイマセン…。
だけど、こうやってキツイ目で睨まれるのが結構好き…かも。

オレは、今度は緋咲サンがイケるように、オレの知るイイとこを攻める。
だんだんと、イイ感じに呼吸が荒くなる緋咲サン。
抑えていた声がだんだん抑えられない緋咲サン。
オレの動きに合わせて声を上げるその様子が、好き。
「…アッ…ハッ」
一際大きく喘いで、首を仰け反らせる。
体を強張らせて、シーツを握り締めて。
ハァ、ハァと息を乱して背中で大きく息をする。

まだ呼吸の乱れが治まらないうちにオレは動きを再開する。
「…あ、もー、やめろって…」
もう一回くらいイッときましょうよ。
長い睫毛に縁取りされた瞳は潤んで艶めいて。
オレだってそんな顔見たらとまらねえよ。
ゆっくりと動きながら、緋咲サンの、汗ばんだ額にはりついた前髪を、剥がして。
そして、まだ荒い呼吸をする唇を塞ぐ。
…そういえば、本日初めてのキス。
だって、普通にしてたら、するトキねェし。
そーいうコトは許されてねえカンジだから。
何かのドサクサに紛らせないと。
オレらの関係においては。

オレは緋咲さんの言葉を無視して、腰を動かす。
今度は四つんばいにして後ろから。
この体勢はプライドが挫かれるのか、嫌そうな顔で見上げてくる。
でも、体は結構好きなのを、オレは知ってるから。




オレは、眉をしかめて苦しそうに喘ぐ緋咲さんを見て思う。
どうしてオレ達はこうしてるのか。
こんなの普通じゃない…かも、しれない。
互いの欲望を昇華させるこの行為。
それならそこらへんの女でいいハズだ。
この人だって、苦しい思いをしなくて済むし。

だけどオレが欲情するのはこの人で。
オレはこの人が欲しい。
この人以外、いらない。
それは好きというのとは違うのか。
言ったら怒られそうでコワイから、言ってない。
…この人がどういう気でオレに抱かれてるのかは知らないけど。
少なくともオレは、…この人に惚れている。
自覚アリ。

「…ッつち、やッ…」
もっとオレを呼んでくれ。
こんなこの人を、他の誰にも見せたくない。
よく分からない関係でも他の誰かに譲りたくない。
緋咲さんの息遣いがオレの耳元で広がって。
それはオレの脳髄全部に広がった。



「緋咲サン…?」



オレの声だけ聞いて。
オレだけ感じて。
今この瞬間だけでも、オレで一杯だといいのに。





目が覚めたオレは、隣で眠る緋咲サンを見ていた。
この人の目が開いてるトキはこんなにマジマジ見れないし。
寝てるトキの顔って邪気ねーよな…。
目ェ開くと、こえーんだよ。
あの意地悪そうな目で見られると、ドキドキするし。落ち着かねえし。
緋咲サンが寝ている隙に、その形の良い眉に触れてみた。
「…ん…」
うっすらと目を開けた緋咲さんと目が合う。
ああ、目ェ明けても寝起きは邪気ねぇじゃん。
オレは、顔を近付けてそのままキスをした。
緋咲さんが全く拒まなかったので、酷く自然だった。
オレは自分でも驚いて緋咲さんを見ると、緋咲さんは黙ってオレの事見返してて。
ただぼんやりしてただけかもしれないけど。
「……」
オレ達はしばらく無言で見つめ合って、またゆっくり唇を合わせた。
オレは初めて普通の状態でキスする事に成功した。
…イヤ、これは、緋咲サンが寝起きのドサクサか…?
唇を離して、でも鼻先はくっつけたまま、互いの息遣いを直接感じた。

「土屋」
「…ハイ?」
「腹減った」
「………なんか作ります」
何となく感動してたオレに比べて、全くもって普通な。
まあ、いーけど。別に。
世の中そんなモンだ。

ベットの下に脱ぎ捨ててあった自分の服を拾う。
そしてのろのろと身に付ける。
「キャベツあった」
「…キャベツ?」
何で?
緋咲サンとキャベツ。ギャップがあるような。
冷蔵庫を開けると確かにキャベツが一玉。
…冷蔵庫チェックで女がいるか分かるよな。
キャベツ一玉とビール、あとはミネラルウォーターという冷蔵庫の中身を前にして。
何か違うよな…。
はて?とオレは首を傾げる。

「…それなー、相賀が持ってきた」
いつの間にか背後に立ってた緋咲サンがポツリと言う。
は?…何で相賀?
「てゆーか、寒くねえんスか…?」
振り返って見ると、スボンは履いてるけどやっぱり上半身は裸だった。
「…寒い」
ムッとしながら見返してくるので、どうしたもんかと悩んだオレは。
何で服着て来ないんスか。
その言葉を飲み込んで、自分の着ていたシャツを脱いで緋咲サンに羽織らせた。
ついでに、背中に腕を回して、自分の方へと引き寄せる。
「……」
オレの体温がちょうど居心地よかったのか、殴られなかった。
……でもしばらくしてクシャミが出た。
「…なんか服貸して下さい」
幸いな事にサイズは同じくらいだし。
イヤ、そのオレのシャツを返してもらってもいいんだけど…。

オレのシャツを着たまま、服を取りに行く緋咲サンの後ろ姿を見守りながら。
…だけど、なんで相賀よ?
オレはまた先ほどの疑問へ。
…でもまあ、相賀か。いっか、別に。
で、この相賀の持ってきたという謎のキャベツで、いったい何を作ろうか。
オレはかなり真剣に考え始めた。



























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あー、無理だと思います。
キャベツ一つでどうにかできるんですかね……
なんだか笑顔でキャベツを持ってきた相賀を想像してほんわかしましたよ。

チイ様からSSをもう一つ頂いてしまいました♪
微エロを要求していた僕にこんな美味しいものを……くぅっ(感涙)
ありがとうございます!

曰く、セフレだそうですが。
緋咲さんの方も、ちょっと居心地良さそうだと感じたのは僕だけでしょうか。
後半なんかきちんといちゃいちゃですしね!
でもそのいちゃいちゃっぷりを一刀両断したキャベツはものすごいと思いました。
恐るべし自然素材。



背後を気にしつつ退却。