↓の小ネタは碧雲さんからいただいたイラストが元ネタです。
だからそちらを先にご覧になったほうが状況が掴みやすいと思います。


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 『2月14日』



いつもなら、学校に持っていっても仕様がないような薄い鞄が、
今日は何だか膨れて帰ってきた。
緋咲はベッドの中からそれを見上げ、随分と帰りの早かった秀人に声をかけた。
「……おまえ、何いれてんの」
「あ?」
「カバンなか」
秀人は、まだ寝惚けたような緋咲にちらりと目をやり、学ランのままベッドに腰掛けた。
「もらった」
そう言って膨れた鞄を緋咲に投げる。
緋咲は気怠るそうにそれを受け止め、開けてみた。
中から出てきたのは、綺麗にラッピングされた小さな包み。
とりあえず鞄の中に突っ込まれたようで、可愛らしいリボンが少し歪んでいる。
そんなのが幾つも秀人の鞄から出てくる。
すっかりベッドの上にそれらを広げて、
「ふぅん」
緋咲は笑った。
揶揄の眼差しを感じながら、秀人は煙草に火をつける。
「もてるんだねえ、秀人クンは。これなんか手作りじゃねぇ? あとこれも、これも」
「うるせぇよ、緋咲」
「なに? 照れてんの? 嬉しいんだろ? 嬉しいって言ってみな? ホラ」
「おまえな……」
秀人は渋面で紫煙を吐いた。
「知らねー間に下駄箱とか机ん中入れられんだぞ。んな押し付けみたいなのもらっても……」
緋咲が喉の奥で笑う。
後ろから小突いてくる膝に、秀人は背を凭せた。
「嬉しいけど、あんまし嬉しくねぇ」
緋咲はますます可笑しそうに笑う。
長い指の先で小さな包みを一つ摘み上げ、弄ぶ。
外面に騙されてるな。
独り言にいう唇が弧を描いている。
秀人は緋咲の手の中にあるものに気づくと、僅かに眉を顰めた。
「それは……」
「ん?」
「それだけは直接渡された」
「へえ……で? どーしたんだ、その後」
明るい群青の包みが指の間から秀人を見上げている。
「……もらっても、困るから。返そうとしたら泣かれた」
緋咲は呆気に取られて、まじまじと秀人を、その目を眺めた。
「おまえ 鬼か。バカじゃねーのか」
「うるせぇ。てめえには絶対言われたくねぇ」
今度こそ耐えきれずに笑い出した緋咲の頭を秀人は殴った。
緋咲は頭をさすりながらそれでも続ける。
「そんなもん適当に受け取れよ、嬉しくなかったわけじゃねーんだろ?」
「まあ……美人だったし」
「上? 下?」
「一つ上」
「……あーあ、惜しいことしたな」
「俺もそう思う」
小さな溜息をつきながら、秀人は言った。
「けど、そういう気分じゃねーんだよ」
「……ふぅん」
紫煙は緩く部屋の中を流れていく。
「どうすっかな、コレ」
秀人はベッドに広がっているものたちを見れないまま呟く。
「食えよ」
「食えねーよ、こんなに」
「じゃあ、捨てるか」
「……去年は皆に押し付けたら、後で吉岡にむちゃくちゃ言われたし」
「おまえらホントばかだな」
言いながら、緋咲は群青の包みを解いていた。
中は手作りらしい生チョコ。
白い指で摘み上げ、秀人に向ける。
「ホラ」
「だから、いらねーって」
「一応もらったんだろ? 泣かしたけど」
「だから尚更食えねーよ」
「面倒くせぇ奴」
緋咲は鼻先で笑い、唇にその指を持っていく。
しかしチョコを食べるのではなく、ただ軽く銜えて、秀人に向けた。
「ん」
線の細い顎が促す。
「……いらねーって言っただろ」
秀人は緋咲の傍に手をついて、その顔を間近に眺めた。
伏せた睫毛の長い影の下、見透かすような光がちらついている。
澄ました顔で緋咲は嘲笑っている。
けれどそこに浮かぶ確信や悪意の艶かしさに、眩んでもいいと思えるほど、
距離はもう近くなっていた。
額をつきあわせて、互いの目の底に沈んでいるものを覗き合って、
触れた唇は、しかし秀人の口にチョコだけ残して離れていく。
舌にはただ甘ったるいものが広がっている。
緋咲はそんな秀人を見上げ、楽しそうに笑った。
「おまえなんつー顔してんだ。ホント、食わせ甲斐のねぇ奴だな」
「……あっまい」
「当たり前だろ、チョコなんだから。 もっと他に言うことは?」
「すっげぇ甘い」
緋咲は唇を吊り上げ、何か言おうとした。
けれどその悪態は秀人の唇で塞がれた。
反射的に押し退けようとする腕に構わず、秀人は緋咲の顔を押えて逃げられないようにした。
歯列を割って無理に舌を入れ、甘ったるいものをよく感じるように、わざと舌を絡めた。
緋咲の指はまだ学ランの肩に爪を立てている。
歯列の裏を舌でなぞると、鼻にかかったような声をほんの小さく洩らすくせに、
指はいつか剥き出しの首に爪を立てていた。
ひりつく痛みが走る。
それでも、放してやる気にはならなかった。



骨ばった長い指が乱れた髪を掻き上げた。
忌々しげに悪態をつく唇が濡れている。
「……あっまい」
「当たり前なんだろ?」
柳眉を顰めて睨んでくる緋咲に、秀人は悠々と笑ってみせた。
「もっと他に言うことは? 緋咲」
「早く死ね」
「バカ」
「じゃ、さっさと続きしろ」
愛想の無い声でねだる瞳が少しだけ潤んでいた。

































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甘いのは二人ともダメという設定でした。
それをお互いに知ってる上で、嫌がらせの応酬。
あくまで嫌がらせ。
結果としていちゃついたとしても、それはそれそれ。



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