『 赤いバケツとブルーギル 』
暑くて、だるくて、授業を抜け出した。
なのに、なんでこんなところにいるのか分からない。
沼がある。
葦に埋もれ、青く静かに沈んでいる。
水面を蛙がよぎり、ぎらぎらと反射する光が揺れた。
降り注ぐ灼熱の陽光に蒸発してしまいそうな、小さな沼だった。
一つ二つ開いた蓮華に誘われて、陽炎の中を白い蝶が舞っている。
あつい。
だから授業を抜け出した。
それなのにやっぱり暑くて気が滅入る。
こんなつもりじゃなかったと考えて、思い出す。
緋い瞳が笑ってる。
何が楽しいのか。
意味の分からない笑みを浮かべるそいつは、ちらりちらりと視線をこちらに寄越す。
葦の生い茂る泥地に立ったまま。
そんな顔をしてみせても、こいつのことは許してやらない。
暑くて、だるくて、授業を抜け出した。
たしかに誘ったのはこいつで、乗ったのは俺。
けれどこんなところに来たかったわけじゃない。
「緋咲」
うるさい、呼ぶな。
俺の機嫌が今どうなのか、分かんねーわけじゃねぇだろ。
てめぇの頭に蹴りをぶちこんで、水ん中に叩き落したいくらい、機嫌がいいんだ。
「緋咲」
呼ぶな。
葦を踏み分ければ、水の匂いが強くなる。
靴裏に感じる泥は柔らかい。
歩くたび、水の染み出る湿った音がする。
小さいと思った沼は、葦に隠れて大きく広がっていた。
高く伸びた夏草が影を落とす、沼の中で何かが動く。
近づいて青い水を覗けば、鋭い背びれが翻った。
魚は、どれくらい暑さを感じるだろう。
もしも水の上に出てきたら、脳味噌が爛れるほど暑いと思うに違いない。
また名前を呼ばれ、仕方なくそちらを向いた。
しゃがみこみ、何かをしきりに覗きこむそいつが手招きしている。
小さな赤いバケツがそこにあった。
子どもが遊ぶおもちゃのような赤いバケツ。
満々と張られた水の真ん中に、太陽が浮かんでいる。
眩しくて、目を細めた。
小さな水音を聞いた。
赤いバケツの底で、魚が一匹、身をくねらせている。
ゆだるような赤い水の中で、冷たい腹がてらてらと光っている。
「緋咲」
暑くて、眩しくて、目を開けた。
赤い光がその目を眩ませる。
窓から差しこむ西日が容赦なくベッドに降り注いでいた。
道理で暑いはずだ。
肩までしっかり被っていた布団から這い出し、身体を起こすと
逆光で見えなかった人間の顔が近づいてくる。
呆れたようなその顔を見上げ、
「ちっと、悪い夢見てたんだよ」
緋咲は唇を綺麗に歪めて笑ってみせた。
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ブルーギル。
けっこう厳つい顔をしているのに、腹びれは優しそう。
釣りをしたことはないですが、してみたいとは思ってます。
……どうせならきちんと食える魚がいいな。
もどる。