マルボ○とラ△クと健康増進法的小ネタ
2003年7月 たばこ値上げしました。


『280円』



夕立あとは涼しげな風。
紫陽花揺れて雫こぼれた。
緩く続いていく坂の、黒く濡れたアスファルト。
雨の匂いはもう微か。
自販機に夕日が反射する。
眩しさが、少し心地好い。

暫く待って首を傾げた。
自販機に入れた硬貨は六枚280円。
ちょうどこれでぴったりのはず。ボタンもちゃんと押した。
なのに目当てのものが出てこないのは、いったいどういうことなんだ。
煙草の自販機の前で秀人は考え込んでしまった。
試しにもう一度ボタンを押してみようとしたとき、
後ろから流れてきた紫煙が夕日を透かした。
微かに甘いそれが、後ろに誰がいるのかすぐに気付かせるから、
秀人はのんびりと言った。
「金入れたのにタバコ出ねえよ、どうすんだ?こういうとき」
振り向いた先、応えは冷たい色をしている。
緋咲は、柳眉を顰めて立っていた。
何か胡乱なもののように秀人を見、それから自販機に近づく。
黙って白い指が指したのは、ボタンの傍にあるプレート。
 “280→300”
その小さな文字を緋咲は嘲笑う。
「足りてねぇよ、バカ。てめえは脳味噌も足りてねえな」
煙草を銜えた唇が、酷く楽しげな悪意に微笑した。
しかし、さらに辛辣な台詞が吐かれるよりも早く、
その口から煙草は秀人の手の中に取られている。
「返せ バカ」
途端に緋咲は不機嫌になるが、秀人は平気な顔でその煙草を銜えた。
茜の日に紫煙が白く悠々と流れていく。
「20円くれ」
「うるさい バカ」
「ケチ」
「10円玉なんてねーよ」
「俺も」
「てめぇの都合なんざ知るかッ。いいから人のもん返せ」
「やだ」
端的な秀人の言葉は、緋咲の瞳に明確な敵意を光らせる。
不意に緋咲は左腕を薙ぎ払った。
風を切った指の先は秀人でなく、叩きつけるように自販機のボタンの一つを押す。
かたんと煙草が落ちてきた。
同時に何か硬い音が響く。
「ほら」
緋咲はその臙脂色をした煙草と釣りの10円玉を、秀人に投げ渡した。
「返せ」
そしてひったくるように自分の煙草を取り返す。
秀人は手の中のものを見下ろし
「俺コレ吸わねーよ」
「うっさいボケッ」
「おまえの一本くれ」
「絶対ぇヤダ」









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最初のほうに書きましたが、2003年の7月にたばこが値上げされた直後に作ったネタです。
なんとなく、秀人くんのイメージはマルボロ赤なんです。
マルボロは、それまでは280円でした。
今現在、280円でマルボロは買えなくても、ラークは買えるはずです。
ちなみに土屋はラーク。
(*注 後に秀人くんの煙草はセブンスターということが判明しました)


ぷち主張。
秀人くんは緋咲さんが前にいると俺様度が三割増し。


お帰りはこちら。