『おみくじ』


ところで。
緋咲薫は、占いの類は一切揃って当てにしない人間だったが、
それでもいきなり『大凶』の二文字を突き付けられたら良い気持ちはしない。
寧ろ占いなんてものを軽く見ている分、不意をつかれて馬鹿にされたようで腹が立つ。
だから、新年早々緋咲は不機嫌だった。
おみくじを引いたその場で動かなくなった緋咲を見、隣にいた土屋は怪訝な顔をした。
「どうしたんですか」
「別に何でもない」
そう言う緋咲は柳眉を顰めて手の中の小さな紙片を見詰めている。
その様子は、何でもなさそうには、あまり見えない。
ふと、切れ長の双眸があちらこちらを見回した。
どうも手の中のそれを何処かに捨ててしまいたいらしい。
怒ったような、けれど少し困ってもいるような横顔に、土屋は興味が湧いた。
ちらっとその手の中を覗いてみる。

『大凶』

「うわ」
土屋は思わず声に出してしまった。
途端に緋咲が嫌な顔をする。
「あ、いや、俺は別に……」
慌てて口から出てくる言葉に緋咲の柳眉がひくりとして逆立つ。
きんと冷たい雪の匂いの中に、それとは違う寒気が漂い始めたのを肌で感じる。
土屋は意味の無い弁明の言葉を飲み込んだ。
言い募れば募るほど、緋咲の機嫌は悪くなるだろう。
だったら。
「緋咲さん」
土屋は緋咲の手からおみくじを取り上げると、細かく千切り捨てた。
白い欠片が雪の上を舞い流れていく。
緋咲はきょとんとした顔をしてそれを目で追った。
何も無くなったその手に、土屋は自分のおみくじを握らせた。
「それ、あげます」
紙片に書かれた『大吉』の二文字。
緋咲は暫くじっとそれを眺め、雪の上に散り残った欠片を眺め、
やがて顔を上げた。
真っ直ぐに土屋を見るその瞳が、艶然と微笑んだ。
「優しいな、土屋は」
土屋の肩に腕を回して緋咲は機嫌良さそうに言う。
間近に覗き込んだ瞳に、土屋は思わず息を飲んだ。
冬の湖面のような双眸は濡れたように煌いて、まつげの長い影がゆっくりと揺れている。
「……なあ?」
囁きが耳朶を柔らかく撫でた。
土屋の中で心臓が一度有り得ない動きをした瞬間、
肩に回された腕が首を抱え込み、空いていた腕がそれを固定する。
そして。

土屋が落ちるのに十秒かからなかった。




何事も無かったように緋咲が煙草を取り出した時、
「あ」
拍子抜けさせる声がした。
そちらの方を向くと、相賀がようやく自分の引いたおみくじを見てみた所らしい。
訝しがる緋咲の視線に気付くと、相賀はほんの小さく開いて中を覗いていたおみくじを、
緋咲にも見せてあげた。
そして、何故だかちょっと照れたように笑った。
「……末吉」
良かったな、と答えてやる以外に緋咲は何も言えなかった。
ただ、慎ましく生きていけ、とは少しだけ思いながら、まだぐったりしている土屋を引き摺り上げた。


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新年からこんな感じで。
土屋の敗因は、ついでに余計な事をすることだと思いました。

お帰りはこちら。