『伝説の万馬券』 秀人クンは夕焼けの下、家路をてくてく進んでた。 優しい色に染まるアスファルトの上、今日のゴハンの事考えてた。 そんな時。 小さな路地に入る角に緋咲が立っていた。 何してんすかね、アイツはまた。 黙ったまま秀人は緋咲に近づいてみた。 緋咲はなんだか呆れた顔で路地の奥を見上げていた。 「何してんだ」 そう言いながら、秀人も同じ方を覗きこんだ。 いきなり耳元で言われた緋咲は妙な声を上げて驚いた。 んが、秀人も充分驚いた。 「……はァ?」 だってその路地には馬がいたんだから。 馬。 推定馬体重450kg、いい感じに絞り込んでてこのままレースに出れますゼ!な栗毛のサラブレッドが、 どこか恥らいを浮かべてそこに佇んでいた。 「…緋咲」 「なんだよ、いきなりびびらせんなよ」 「バカ!!びびったのはこっちのほうだッ。緋咲、ソレ何だ!?」 「馬」 「…おまえわざと言ってねーか?」 「じゃあ馬以外のなんなんだよ」 「こんバカッ!!」 「力一杯言いやがったな、この野郎」 「俺はなんで馬がここにいんのか聞きてーんだよッ」 「んなもん俺が知るか」 「…おまえはよく犬とか猫とか妙なもん連れてくるからな…」 「向こうが勝手についてくんだよ」 「そんで最後には俺んちまでついてくんだろーが。……まぁ、それはいいや。緋咲はなんでここにいんだよ」 「さっき起きて煙草買いに行った帰りにここ通ったらコイツがいた」 「おまえ、ホント妙なのを見つけるな」 秀人と緋咲は一緒になって馬の方を向いた。 二人の視線に馬は恥ずかしそうに後退りした。 緋咲はその顔を軽く撫でてやった。 「…たまに、ニュースとかであんだろ。競馬場に搬送途中の馬が逃げたって」 「んー、年に2・3回はそんなのもあんな」 「コイツもそうなんじゃねーかな」 「かもな。…で、どうすんだ」 しょうがねーなー。 緋咲はちっちゃく呟いて、ひょいと軽く馬に乗った。 馬もそれが当たり前のような顔をして前を向く。 「じゃあちょっと行ってくるわ」 「ちょっと待てッ、緋咲!!」 「なんだよ?」 高みから秀人を見下ろす緋咲は小首を傾げた。 平然としている緋咲を見て秀人は一瞬どこからツッコんでいいか悩んでしまった。 「…あー、おまえはいったい何をしてんだ?なんでいきなし乗ってんだよッ」 「ん…コイツって要は落し物だろ」 「あ?あぁ、そうだな」 「だから、交番に」 “落し物は交番に” その言葉の意味はよく知っている、分かっている、が。 この場合それはどうなんだ?ありなのか? 「こいつ一人で交番行けねーだろ?だからちょっと行ってくる」 緋咲がそう言うと馬が静かに歩き始めた。 アスファルトを叩く蹄の音が軽快に響いた。 確かにその馬は一匹で交番に行けないだろう、けれど。 秀人は色々言わねばならぬことがあるような気もしたが、何だかもうどうでもよくなってきた。 「……まぁ、車とかな、危ないから、気をつけてな」 「ん」 「あと、人轢くなよ」 「分かってる」 そして暮れていく夕陽を浴び馬は颯爽と駆けぬけていった。 流れるような栗毛がきらきらと透き通って輝いている。 その姿はあんまり見事で、場違いだとかそんな言葉はもう口から出なくなる。 途中、一回だけ緋咲が振り返った。 「あ、今日も夕飯食わして」 秀人はただ小さく片手を上げて見送った… その後、ある日曜日。 たまたまテレビの競馬中継を眺めていた秀人がふと顔をしかめる。 「おい緋咲。ちょっと来てみろ…」 そんな馬話。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 元ネタは特拓同盟のお絵ビビから。 ちなみに『伝説の万馬券』はあるゲームに出てくるアイテムでした。 お帰りはこちら。 |