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『 暗黒シンデレラ 』 むかしむかーしのことです。 今となっては、それがどこの国だったのかなんて知りません。 森にかこまれた小さな国のお話です。 鏡のように美しい湖の側に古い大きな御館がありました。 そこに住んでいたのがシンデレラ(灰かぶり)です。 病気がちだったシンデレラのお母さんが死んだ次の春、お父さんは新しいお母さんをつれてきました。 けれどお父さんもあっという間に死にました。 そしてシンデレラは継母とその連れ子と三人きりで暮らすことになりました。 おかげでシンデレラは朝から晩まで働きづくめです。 だって広い御館なのに掃除をしたりごはんを作ったりするのはシンデレラだけなんですもの。 継母は人嫌いなのか、あんなにたくさんいたメイドを一人残らずやめさせてしまいました。 そしてその分の仕事全てをシンデレラにやれと言うのです。 朝は日の出まえに起き、水をくんで運び、火をおこし、料理をしたり、掃除洗濯と仕事はもりだくさん。 お母さんが死ぬまでそんな仕事したことなかったシンデレラはすっかり、ほこりまみれ、灰まみれ。 その甲斐あってか、今やシンデレラの家事処理能力は国で一番でした。 俺ってすごいかも。 暖炉のそばでつくろいものをしながら、シンデレラは少し得意になりました。 が、あわててその考えを頭から振り払います。 いつのまにかその過酷な労働条件を受け入れている自分に気付いたんですもの。 このままでは過労死させられる。奴らの狙いはそれかもしれない。 シンデレラは恐怖しました。 思えば、お父さんの死に様もおかしなものでした。 口から青い血を吐いたお父さんは、お弔いもそこそこに急いで暗い土の中に入れられたのです。 もしかしたら…… シンデレラは恐ろしいことを想像してしまいました。 想像の渦中の人、シンデレラの新しいお母さんは変わった人でした。 雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように艶やかな美しい黒髪…… だったらしいのですが、今は朝露に濡れるスミレのような髪をしていました。 その継母、滅多なことでは昼の光の中を歩きません。 赤い太陽が落ちた後、青白い大きな月が夜空にのぼるころに出かけては、朝焼けのころにようやく戻ってくるのです。 いったいどこで何をしているのでしょうか。 けれど何度聞いても教えてくれません。 あんまりしつこいと蹴られます。 初めて会った時に慣例で「お母様」と呼んだらものすんごい関節技をかけられて以来 未だにシンデレラは継母のことを名前にサン付けで呼び、逆らわないようにしていました。 それに継母は夜に出かけるたびに抱えきれないほどの金貨や、夜空のお星様のような宝石を持って帰りましたから そこから生活費をまかなっているシンデレラはまして文句なんか言えません。 また、継母の連れ子も問題でした。 歳はシンデレラよりいくつか上なのに、まったく子供っぽくてしょうがありません。 食べることに関しては悪食偏食食わず嫌い。 モノを扱わせたら汚す壊す片付けない。 もちろん家事仕事なんて何にもできません。 この義姉はただでさえ忙しいシンデレラの仕事を三倍くらいにしてくれました。 けれど義姉があれやこれやと言ってシンデレラの仕事を増やそうとするのは 子供っぽく甘えているせいだとシンデレラは知っていましたから、なかなかきつい事も言えません。 物分りがいいのも困りものでした。 日々、家事に追われながらシンデレラはふと考えてしまいます。 俺の人生、コイツらにこき使われるだけでいいのか。 そんなある日のことでした。 王子様のお妃を決めるためにお城で舞踏会を開くというお触れが国中に出されて、シンデレラと義姉にも招待状が届きました。 なんてのんきな国なんだ。 シンデレラの感想は簡潔です。 というより不機嫌でした。 義姉が舞踏会に出なくてはいけませんから、ただでさえ多い仕事が倍になります。 ちっ、仕事増やしやがって。 シンデレラは阿呆な企画を考えた奴をちょっぴり呪いました。 ようやく義姉の仕度が済んだ時、窓の向こうでは夕陽がお城の尖塔にかかっていましたから 義姉と継母は馬車に乗ってお城へと急いでいきました。 一人残されたシンデレラは暖炉のそばに座って久しぶりにのんびりです。 煙草を吸いながら思うのは、どうしてか継母のことでした。 黒いドレスに黒いヴェール。 いくら未亡人だといってもお城に行くには地味な格好でした。 もしかしたら継母には、目立ってはいけないような、何か不都合な理由があるのかもしれません。 そう思うとなんだか心配になってしまいます。 …んな阿呆な。 シンデレラは慌ててその考えを振り払いました。 自分があの継母の心配をするなんて、なんだか変な気分でした。 ため息をつきながら残った家事仕事を片付けようとしたとき、 もくもくと白い煙がたちのぼったかと思うと神経質そうな声が響きました。 「困りますよ。あんたなんでまだこんなトコにいんですか」 草色のローブにねじくれた木の杖。とがった鼻には小さなメガネ。 頭から爪先までおとぎばなしに出てくるような魔法使いはいきなり現われた非礼をわびることもなく 驚くシンデレラにおかまいなしにしゃべりまくりです。 「今日は王子の妃を決める大事な舞踏会だから、国中の妙齢な方はみな出席するようにと…ゲフッ!」 継母との生活ですっかりやさぐれたシンデレラは不法侵入者にとりあえず蹴りを入れました。 「ううぅ…あんたいきなり何すんですか」 「いきなり人んちに入ってくるほうがおかしい」 「それ言われると弱いんです……。まぁとにかく、あんたもさっさと舞踏会に行ってください」 「俺は忙しいんだ。まだ仕事が残ってる」 「またそんな所帯じみたことを…いや、もしかしたらうちの微妙な王子にはそんなところがクリーンヒットするかもしれないから やっぱりさっさと行ってください」 魔法使いが杖を振るうとシンデレラの姿はどこの皇族かと言わんばかりになりました。 「今ならオプションで金の馬車とガラスのくつもつきますよ。これなら文句ないでしょ。 残っている家事も私がどうにかしますから安心して、とっとと行ってきてください。 あんたがお城に行ってない最後の一人なんですよ、これでやっと私の仕事も終わりです。 いや〜、お役所勤めの魔法使いってのもこれでなかなか大変で…ゲプンッ!」 シンデレラは魔法使いを殴りました。 「勝手に話すすめんな。俺は別に行くって言ってねーだろッ」 「イタタタ……そんな事本気で言ってるんですか。もし、うまーく王子に気に入られたら玉の輿なんですよ。 知ってますよ?あんた相当こき使われているでしょう。ずっとそんな生活続けるつもりだったんですかー?」 シンデレラが黙ってしまったすきに、魔法使いは追い立てるようにシンデレラを馬車にのせました。 「さぁさぁ分かったらさっさと行ってください。いちおうこれはお役所命令ですから」 シンデレラが口を開くまえに馬車は動き出しました。 金の馬車は御者もいないのにお城へと向かっていきます。 馬車がお城の前まで来たというのに、シンデレラはまだ迷っていました。 継母や義姉に見つかったらどんな顔したらいいのか。 この舞踏会は妃を選ぶためのものだから、自分がここに来たということは やっぱりあの御館での生活から抜け出したがっていると思われるんだろうか。 そしたら、継母はどんな顔して自分を見るだろう。 そんなことばかりずっと考えていました。 シンデレラがうだうだやっているあいだ、お城の人たちは驚いて馬車を囲みました。 馬車を飾る薔薇や天使、四頭の立派な馬の馬具までみんな金なんですもの。 大きな月に照らされて透き通るように輝く馬車を見て、いったいどこの国のお姫様がいらっしゃったのかと大慌てです。 けれどシンデレラはいつまでたっても中から出てきませんでした。 そのうちに話を聞いたのでしょう、王子様がやってきて無理に馬車の扉を開けてしまいました。せっかちな人ですね。 王子様はシンデレラを見て息をのみました。 微妙な嗜好の王子様にとってシンデレラはまさにストライクゾーンでした。 さっそく踊りの相手をしてもらおうとシンデレラの手をつかみます。 シンデレラは舌打ちすると、覚悟を決めて馬車から出ました。 いたるところに灯された明りで白いお城が夜闇に浮かんでいます。 何気なくその姿を見上げたシンデレラは、その場に凍り付きました。 ちょうど門の真上、二階の大きなテラスに立つ黒い影。 月明かりがその青白い頬を、黒いドレスに包まれた身体をなでていきます。 そこに誰がいるのか、シンデレラは気付いてしまいました。 ようやく気付いたシンデレラを見て、継母は冷たい色の瞳をきゅうと細め、 そして シンデレラはその場から逃げ出してしまいました。 そのあとは、まるで夢のようでした。 逃げる途中で落としたガラスのくつのせいでシンデレラはあっさりと探し出され、お城に行くことになりました。 シンデレラがいなくなってしまうことに義姉はかなり駄々をこねたようですがどうにもなりません。 あまりのことにぼんやりしているうちに、お城での生活が始まりました。 そこでは水をくむのも、火をおこすのも、料理なんてもちろん掃除や洗濯全て他人がやってくれるのです。 シンデレラがすることなんて何もありません。 何もしなくていいし、何も考えなくていいのです。 急にやることがなくなってしまったシンデレラが思い出すのは、あの御館のことでした。 あの二人はどうしているでしょう。 今までは家事を全部シンデレラがやっていましたから、困っているかもしれません。 それともとっくに新しいメイドでも雇っているでしょうか。 そしてシンデレラのことなんか忘れているのでしょうか。 そう思うとため息が止まらなくなりました。 胸をしめつけるのは、あの夜の継母の眼差しです。 シンデレラを見下ろした継母は、怒るでも嘲るでもなく、ただ楽しそうだったのです。 それを見た瞬間、シンデレラはどうしたらいいか分からなくなりました。 だって継母がそんな顔してシンデレラを見たことなんて、今までになかったんですから。 その場にいることが後めたくて、いたたまれなくて 気付いたら、シンデレラは逃げ出していました。 お城の中、シンデレラはその時を思い出してはため息ばかりです。 もう一度継母に会って、そして話がしたいと思いました。 ふさいでばかりのシンデレラを見かねて王子様がやってきました。 「君がいつも悲しい顔をしているのは、きっと家族のことを考えているんだね。 でも、もう何も心配することはないんだよ」 王子様はシンデレラの部屋の大きな窓を開けさせました。 夜風が吹く闇の向こうにはあの御館があるはずです。 「そろそろだ」 すると、真っ黒な夜に小さな赤が浮かびました。 それは見る見るうちに大きくなっていきます。 シンデレラは慌てて立ち上がりました。御館が燃えています! 御館を包んだ赤い炎は今やもうあんなに大きくなっています。 「ほら、もうこれで安心だ。君をいじめた人たちはもういないよ」 王子様は笑って言いました。 シンデレラは全身の血が引いていくのを感じました。 制止しようとする王子様を蹴倒してお城の外に飛び出ます。 炎のはぜる音が夜風にのってここまで聞こえてきました。御館を燃やす炎は赤々として天すら染めています。 あの二人が御館の中にいたら、きっともう…… シンデレラは走ることもできなくて、立ち尽くしました。 その時です。 轟音とともに地面が震えたかと思うと、シンデレラの後で赤い光があふれました。 お城が燃えています! 西の尖塔が火を吹いて崩れていきました。 泣き叫ぶ声に混じって「火薬庫に引火した」という悲鳴が聞こえたかと思うと、今度は東の尖塔が爆発して倒れていきました。 真昼のように明るい光があたりを覆い尽くします。 その中でシンデレラは見知った姿を見つけました。 男の子のように身軽な格好をしていますが、あれは確かに義姉です。 義姉もシンデレラに気付いたようで、子供がするように大きく手を振りながらお城の中に入っていきました。 「ちょ、ちょっと待て…」 やたら元気な姿を見て安心しましたけど、どうしてここに義姉がいるのかわかりません。 義姉は御館にいたはずなのです。 いや、もしかしてお城を爆破したのは… 不意にシンデレラのすぐそばで悲鳴がしました。 無事にお城から抜け出してきた王子様が半狂乱で、火の手が広がっていくお城を眺めています。 人の家を燃やしておいて、自分の城を燃やされるとやっぱり悲しいのか。 シンデレラは王子様を殴ろうかとも思いましたが、あんまり情けない様子なのでやめておきました。 さっさとその場を離れようとすると、炎の届かぬ闇の中で何か騒動がおきています。 刃が激しく打ち鳴らされる音と、大勢の叫び。 それはしだいに静かになり、あとはただ夜風が不気味なくらい静かに吹き渡りました。 シンデレラは足を止めました。 王子様も闇の中を見つめました。 息をつめた沈黙の中、蹄の音が近づいてきます。 濃密な闇を割って炎明かりの中に現れたのは、一頭の恐ろしく大きな赤い馬でした。 目まで血みたいに真っ赤で、漆黒の馬具は炎に照らされてぬらぬらと輝いています。 そんな怪物のような馬の背にいたのは黒衣の継母でした。 シンデレラを見るとあの時のように小さく微笑みます。 「よく燃えてるな。邪魔なもんが消えて少しはこの国もすっきりするだろ」 楽しげに笑う継母からは血の匂いがしました。 雪のように白い横顔が炎明かりに染まり、冷たい色の瞳が愉快そうにきらきら輝きます。 赤々と燃える炎、崩れていく城、木霊する悲鳴や呻き。 その真ん中で継母は笑います。 背筋が冷たくなるのを感じながら、それでもシンデレラは継母から目を逸らせませんでした。 剣を抜き、奇声を上げて突っ込んでいった王子様が馬に頭を潰され炎の中へと蹴り飛ばされても、なんにも感じません。 継母を乗せた恐ろしい馬がゆっくりとシンデレラに近づいてきます。 「…俺はもう行く、少し遊びすぎた。夜のうちにこの国を出て、またどこか別の国に行く」 継母が昼間は出歩かなかった理由を、シンデレラは薄々気付きました。 たぶん継母は以前もこんな風にどこかの国から追われたことがあるのでしょう。 赤く燃え落ちていくお城を見る瞳には、透き通る冷たさしかありません。 「だから今夜俺の顔を見た奴はみんな殺す」 半ば予想していた言葉に、シンデレラは小さく頷きました。 けれど、たとえ殺されるのだとしても継母から目を逸らしたくありませんでした。 そして初めて、自分が継母に見惚れていたことに気付きました。 覚悟を決めたようなシンデレラに、馬上から継母が腕を伸ばします。シンデレラの襟首を掴んで、そして言いました。 「一緒に来るか」 思わずシンデレラは目を見開きました。 その時です。 四頭立ての立派な馬車がものすごい勢いで二人のところにやってきました。 「あんたら、まだそんなトコにいたんスか」 顔に煤がついた義姉が御者席からひょこっと顔を出します。 「そろそろ軍の本体が館から戻ってくるんで急いでくださいよ。もういただくものはみんなもらっちゃって後は逃げるだけなんですから」 見ると馬車の中はあふれるくらいお宝でいっぱいでした。 「おら、さっさとしろ」 継母に足で小突かれシンデレラは慌てて義姉の隣に座りました。 軍隊が近づいてくるのでしょう。地響きのような蹄の音がだんだん近づいてくるのが分かりました。 シンデレラが馬に鞭をいれます。継母が鋭い視線を後に投げかけます。 矢のように走り去る三人の背後で、一際大きな炎が上がりました… 「あの」 「なんだ」 「いつもこんなことしてんですか」 「バカ。だったらとっくに捕まってんだろ」 「はぁ」 「で、次はどこ行くんです?俺、海がいいな。今までずっと内陸だったから」 「おまえ川で酔ってただろ」 「海は西?」 「東だ」 その後の三人はわかりません。 東の海で海賊になったとか、あるいは南の大陸で黄金郷を見つけたとか。 色んな話はありますけれど。 でもきっと、おもしろおかしく暮らしたのでしょう。 |
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