いつから自分というものが崩れていくのか
それは己でも分からない
『妄想シミュレーター』
お題
アルコールの過剰摂取による急性影響について
<人格の変化>
・自制心を失い、暴力的になる
・衝動的になる
<酩酊による事故性の上昇>
・機敏な動作ができなくなる
・転落・転倒等多し
以上についての検証。
注意!
表に置いてある『カタルシス』とは完全に別世界。
『妄想シミュレーター』
第四回
“とりあえず、ビール”
煙草を口まで運びながら、すぐ傍にあるその横顔をちらりと盗み見る。
すると腕がすっと持ち上がり、白い手の甲で一瞬土屋の眼差しを遮った。
指の間を流れていく髪は照明を反射して淡い光を放つ。
少し長めの前髪を掻き揚げて緋咲はまたビールに口をつけた。
隣で土屋は静かに紫煙を燻らせている。
が、土屋の周りには既に充分デキ上がった人間ばかりだった。
顔を赤く、或いは青くして
普段の姿とは比較にならないほど陽気に笑う者。
逆に隅っこの方でたった一人の暗い世界に浸っている者。
まぁ、正しく酔っ払った連中だ。
土屋自身、前に座っている奴の呂律の回らない話に気の無い相槌を打っている。
そうしながら、緋咲を眺めていた。
緋咲は緋咲で斜めにいる相賀の支離滅裂な話を聞いていた。
時々楽しそうな笑い声が耳朶を打つ。
それは、話を聞いているというよりは
目の前にいる相賀の酩酊ぶりを楽しんでいるようだった。
切れ長の瞳を、目許だけほんの少し朱に染めて。
やはり酔ってはいるのか、普段よりずっと上機嫌に微笑んで。
けれど、ただそれだけ。
周りの連中のデキ上がりっぷりが凄まじいだけに、緋咲の様子は平然として見えた。
テーブルに運ばれてくる生ビールの半分は緋咲が飲んでいるのだが。
変わらぬペースで緋咲のグラスのビールは減っていく。
土屋は煙草を灰皿に捨て自分のビールを口に運んだ。
ぬるい苦味が喉を通っていく。
違うものが呑みたくなった。
「……なんだコイツ」
微苦笑混じりの声。
いきなりテーブルに突っ伏して寝てしまった相賀を見て、緋咲が笑っていた。
「そりゃ、緋咲さんに付き合ってたら誰でもそうなりますよ」
小さな微笑が、少し色を変えて空気を震わせる。
それは嘲笑に似ていた。
おまえはどうなんだよ。
きゅうと細められた瞳が囁く。
凍り付いた湖面を思わせる双眸で濡れたような光が揺れ。
赤い舌がちろりと覗いて酷薄な唇を軽く舐めた。
酔いの回った脳味噌に、その映像が染み渡っていく。
それは血管を逆に駆け巡り、身体中に浸透していく。
軽い、眩暈がした。
緋咲は生ビールのジョッキを掴みと土屋のグラスに注ごうとした。
「…あ、ビールはもういいっす」
「じゃあ他のな。
土屋は日本酒いけたよな?何があっかなー……」
緋咲は機嫌良く、お品書きに並ぶ酒の名に目を通していった。
潰される。
今日は確実に潰される。
覚悟を決めた土屋は、心の中で己のために合掌した。
「俺、ちょっと煙草買ってくるんで適当に選んでてください」
「逃げんなよ」
土屋は少し引き攣った笑みを返して腰を上げる。
瞬間、自分の身体が大きく揺れるのを感じた。
目の前が回る。
足許が覚束ないと思った次の瞬間、咄嗟に腕を伸ばした。
そのまま倒れる。
気付いてみれば、緋咲が下になっていた。
ほんのすぐ傍で冷たい色の双眸が煌いている。
「…おいおい、もう酔ってんじゃねーか。大丈夫か?」
押し倒された緋咲が呆れたような声で言った。
素面で機嫌が悪かったら、無言で殴り飛ばされてたかもしれない。
しかし、やはり機嫌が良いようで、それほど気を害した様子もなかった。
何かの拍子に掴んだ、緋咲の手首は少し冷たい。
自分の手が熱いのかもしれない。
そんなのに気を取られるから
「スンマセン」
謝る言葉も適当になる。
緋咲は自分を見下ろす瞳を見上げ、手首を掴む腕を一瞥し
「退け」
唇を吊り上げた。
「野郎に乗られて喜ぶシュミはねーんだよ」
その微笑の、背筋を粟立たせる悪意が、艶かしい腕を易々と土屋の中に伸ばし
白い指で身体の芯をそっと撫でた。
そして密やかに、土屋の何かを壊す。
「スンマセン」
土屋はもう一度謝ると
緋咲の上から退く代わりに、その両手を掴んで一つにまとめ
「失礼します」
短く断りを入れて手錠を取り出した。
「ちょっと待てッ 、何なんだソレはッッ」
「いや、すぐ済みますから」
言いながら既に土屋は緋咲の片手に手錠をかけていた。
残った手が風を切る。
咄嗟に顔を反らすと、眼球のすぐ傍を長い指が掠めていった。
「あ、あんた今目ぇつく気だっただろ!危ないでしょうがッ」
「危ないのはテメェの頭だッ こんバカ!!」
とっても真っ当なことを叫んだ緋咲は
土屋の襟足に手を掛けると引き寄せて思いきり頭突きした。
脳味噌を揺さぶる衝撃に土屋が低く呻く。
するとその身体はまた緋咲の上にぐったりと倒れ伏した。
「退けよっバカ!」
「…無理言わないでくださいよ。止め刺したの緋咲さんでしょうが」
ぐっと緋咲が言葉に詰まった隙に、脇腹の辺りを撫で上げる。
びくんと小さく震えた。
そんな素直な反応を打ち消そうとするような、きつい眼差しに
反射的に腕を止めようとする気持ちをねじ伏せ
服と肌の隙間に手を入れていく。
「てめぇ…ッ」
調子に乗んじゃねぇ!!
緋咲はそう叫ぼうとした。
が、一瞬早く同じ言葉を呟いて、土屋の横面を殴り飛ばした人間がいた。
殴られた土屋も、横になったままの緋咲も
呆気に取られてソイツの顔を見上げた。
起き上がった相賀は、完全に目が据わっていた
「アゴ引き千切って脳味噌引き摺り出すぞ」
呟きは、低い。
そしてまたぶっ倒れると、今度は安らかな寝息を立て始めた。
しばらく、
二人とも何も言わなかった。
が、やがてのそのそと身体を起こす。
相賀の声は、二人がヒクのに充分だった……
検証結果
危険、というか迷惑、色々と。
まともなオチとかそんなものはここで期待しないでください。
あと、コイツラはいったいどんなトコで飲んでるんだ!
と聞かれても困ります。
まぁ、たとえどんなところであろうと、こんな客は嫌。
隣にはなりたくないっすね。
でも三つくらいテーブル離れてたらこっそり覗いてると楽しいかもしれませんね。
なぜこれが妄想第四回かと言いますと、三回が別にあったからみたいです。
さっきファイル見つけました。
途中まで作って飽きたようで。
スプラッタなバレンタインネタなんですがね。すっかり時期逃してますね、うふふふ。
忘れたころにこっそりアップしてるかもですな。
素晴らしい加速で帰ってやる!