『 the spearhead 』
きっと、バカなんだろう。
土屋は相賀の事をそんな風に思っている。
他の奴より付き合いが長い分、評価に遠慮は無い。
相賀という人間は脳味噌の何割かを喧嘩に占められている。
だれと喧嘩するのか。
どこでするのか。
どうやって潰したいのか。
うきうきと計画しては、実行する。
そんな、三度の飯より喧嘩が好きな奴は馬鹿と称されても文句は言えないと思う。
その思いのまま、土屋は周囲を取り巻く喧騒に負けぬ声で叫んだ。
「おい バカ!一人で出過ぎんなよッ」
別に名前を呼んだわけでは無いが、相賀が振り返る。
敵味方入り乱れて殴り合う特攻服の群に紛れながら、こちらを向いた顔に喜悦が浮かんでいた。
人を殴れるのが心底楽しいんだろう。
怒号に包まれた夜の底、嬉嬉として相賀は悪意を解放する。
敵の群の中に一直線に突っ込み、殴り掛かってくる腕を掻い潜ると一人の耳を横殴りにした。
鼓膜でも破れたのか耳を押えて蹲ったそいつの頭を容赦なく踏み潰す。
相賀は、笑っていた。
相賀にとって自分を取り巻く全ての敵は、餌なのかもしれない。
飽きるまで貪りたいらしく、一人だけ突出している事にも気付いていない。
完全に回りが見えなくなっている。
土屋は舌打すると、手近にいた三人に指示して相賀の許に走らせた。
喧騒の真っ只中から戻すためではなく、思うままに暴れている相賀を孤立させないためだ。
相賀の事は取り合えずそれで置いておき、
全体の状況を見渡してみると、五分五分といったところだ。
こちらの人数の方が少ない事を考えれば、上手く進んでいるだろう。
狂騒する群影達の行末を冷静に予測しながら、土屋の頭の片隅に浮かんできたのは不思議な思いだった。
相賀を見る。
以前は、見境無く突っ込んでいくあのおバカに付き合っていくのは、確かに自分だったのに。
今は随分と喧嘩の仕方が変わったような気がする。
考えてみれば、あの頃は喧嘩でも何をするにも二人だったから、回りに気を配るなんて事は無かった。
世界に味方が一人しかいないと思えば、後は全て敵でしかない。
それは、良くも悪くも分かりやすい世界だった。
けれど今はそんなに簡単じゃない。
立場が変わって味方が増えた分、その動きを見なければならないし、
敵とそれ以外を識別し、その動きも見極めねばならない。
考えねばならない事、やらねばならない事は多い。
今日の集会で別のチームとかち合うようにルートを決めたのも土屋だ。
土屋は首を巡らせ、自分にそうさせた人間を振り返った。
「Aの座標は(3、1)、B座標は(−5、3)であるから、Y軸上の点Pとの距離は三平方の定理を用いて……」
微妙に、変な声だ。
声と言うより喋り方がおかしい。
何でもかんでも初めの音にアクセントをつけるから余計に変だ。
窓の外を見るともなく眺めながら、土屋はぼんやりとそんな事を考える。
教室の窓側一番後という良い席に座っている土屋が聞き流しているのは数学の授業だ。
ちらりと回りに視線をやれば、一応中学三年生で受験もあるから、教室の三分の二は顔を黒板に向けている。
残りは口こそ開きはしないものの、好きなようにしている。
しかし全員の顔に浮かんでいるのは、似たような気の無い表情だった。
土屋の机の上にはノートも教科書もあったが、偶に思い出したように一瞥するだけで
頬杖をつき窓の向こう、うそ寒い景色を眺めていた。
曇り空のせいか校舎の影がなく、眼下はどこもかしこも薄らぼやけて見える。
正面玄関の傍、円形の前庭は乾いた土が剥き出しになり、そこから黒く細いものが真っ直ぐに生えている。
まるでそれ自体が影のように。
夏に大輪の花を咲かせていた向日葵はもうとっくに枯れ果てていた。
茎も葉も煤けたように黒く、遠い夏を思い出す事も出来ない。
辛うじてそれが向日葵だと証明する頭は低く垂れ下がっている。
項垂れて物悲しい群をなすその姿が、なんだか酷く見苦しく思えた。
さっさと切ってしまえばいい。
自分には関りの無い事だと思いつつ、胸の内に漠とした、苛立ちのようなものが差す。
それでも教室に目を戻すのが億劫で、土屋はぼやけた景色を眺め続けていた。
座っているのにも飽きて大きく伸びをする。
すると腿の辺りで何かが動いた。
ポケットを探ると、出てきたのは一本のナイフだ。
握って軽く手首を返せば、薄ら冷たい光を放つ刃が飛び出る。
しばらく手の中で弄んでいると、数学担任の声が途切れている事に気付いた。
顔を上げる。
「……土屋くん」
抑揚の無い声で呼び掛ける教師の頭には白いものが混じっていた。
土屋は答えず、ナイフを仕舞い込んだ。
そしてまた視線を外のぼやけた景色に向ける。
数学の授業は、何事も無かったように続けられた。
土屋は朽ち果てた向日葵を眺めながら、指の先にナイフの形を感じていた。
それは昨日の喧嘩で偶々手に入れたものだ。
昨日は、いつも通りだ。
相手は五人。
最初こっちが二人だと思ってなめてるのも、
形勢が悪くなると自分達の“先輩”だとか“バック”について御託を並べるのも、いつも通り。
ついでに、相賀が苛めると泣きが入るあたりもいつも通りだった。
少しいつもと違ったのは、五人の中の一人が意外と根性のある奴で、あるいは大馬鹿で、
その場から立ち去ろうとする二人にナイフを向けて突っ込んできた事だ。
ナイフがあるなら最初に出しておくべきだと、土屋は思う。
余裕を見せている内に喧嘩に負けたら洒落にもならない。
だから、やはりそいつは馬鹿なんだ。
結局今頃その馬鹿は病院にいるだろう。
そしてナイフは土屋の手の下にある。
鏡面のようだったその切っ先には、赤い染みがついていた。
休み時間になり、土屋が緩慢に机の上を片付けていると隣のクラスの相賀が来た。
空いた前の席に座り、早速持ってきた焼きそばパンを開ける。
「土屋、あのさ」
食べながら話す相賀に土屋は嫌な顔をした。
相賀は軽く手で謝ると急いで口の中の物を飲みこもうとする。
その間に土屋は焼きそばパンを一口頂いた。
朝は何も食べないまま家を出たから余計旨かった。
「でさ」
ようやく落ち着いた相賀が口を開く。
「岩崎さんが」
土屋は無言で相賀の顔を見た。
「うん?あぁ、昨日あの後で会ったんだよ。そしたらなんか話があったからーってメシ食わせてもらって。
ま、それはいいんだ。で、そん時岩崎さんが言ってたんだよ」
相賀は一旦言葉を切り、顔を寄せて声を潜めた。
「春な、岩崎さんが引退したら今の麓沙亜鵺の上にいる人達も抜けるだろ?そこまでは俺も分かる話なんだよ。
けど岩崎さん、俺らよか学年上の連中の半数以上ごっそり一緒に抜いちまうらしい」
土屋はまじまじと相賀を見返した。
確かに、妙な話だ。
幹部が抜けるのはまだしも、学年で言えば今の高一の連中まで抜けるのはおかしい。
抜けるのでなく、抜かされるのか。
「半数じゃなくてもっと数減らすかもってあの人言ったから、俺聞いたんだ。そんなに減らしてどうすんのかって。
だってそうだろ?代変わったら潰されっぞ、そんなん」
土屋は岩崎の事を考える。
人当たりは良い癖に、どこか食えない所がある2コ上の先輩で、十代目麓沙亜鵺の頭の顔を思い描いてみる。
「そしたら、次の頭は2コ下だから、ソイツより学年だけが上で、いても邪魔になる奴は抜いちまうって。
……2コ下って言ったら、俺達とタメだろ」
話は分からなくもない。
ただ、いきなり2コ下が次の頭になるなんて話は滅多に無かった。
しかもバイト姿がよく似合うあの先輩は、余程そいつを可愛がっているらしい。
要はそいつのために組織を身軽な状態にしておきたいんだろう。
土屋がそう指摘すると、相賀は大きく頷いた。
「岩崎さんもそんな事言ってた。……けど、それが一番揉めないんだとか言ってたかな?
どうせ放っておいてもソイツがやっちまうだろうけど、自分がやるのが一番手っ取り早いとかなんとか……」
相賀は立ち上がりながら焼きそばパンに乗っている紅しょうがを摘むと、
窓から捨てた。
下に誰かいたら嫌だろうな。
土屋は他人事のように考える。
「で」
焼きそばパンにかぶりついた相賀はくるりと土屋の方を向き直った。
「土屋に伝言」
口に物を入れて喋るせいで不明瞭な声になっている。
土屋はまた顔を顰めたが、その点については何も言わなかった。
「これから色々あると思うけど、ここまで話を聞いたんだから、待ってるよ、だって」
土屋は岩崎に少し前から麓沙亜鵺に来ないかと誘われていた。
今まではっきりした返答をしていなかったが。
「相賀は」
「俺は別にいいよ。つーか断る理由が無ぇし、岩崎さんの事は信用してもいいかなって思う」
「俺もだ。……ただ、気に食わねぇ事がある」
「その俺達とタメって奴だろ?」
相賀は同じ事を考えていたらしい。
土屋は、別に自分の事を喧嘩がものすごく強い奴だと思っているわけではない。
しかし、そうそう自分が負けない事も知っている。
しかもそいつはタメだ。
相賀と組めば3コ上にも負ける気はしないのに。
「何だ、ソイツ」
「うーん、分かんねぇ。岩崎さん何も言わねーんだもん」
「何だよソレ」
「だろ?もし俺らが入ったらソイツは頭なんだろ。あんまし訳分かんねー奴の下につけるかよ。
つーか、俺より弱ぇんなら話にもなんねーけど」
「まぁな。で?おまえそれ岩崎さんに言ったんだろ」
「ん、言った。そしたら会ってみろって。自分でどんな奴なのか確かめてみろってさ」
「確かめる、ねぇ……どっちが強ぇのか確かめろって事だろ」
相賀は丸っこい目を剣呑な光で煌かせ、唇を吊り上げる。
「勝った方が、次の頭だ」
俺はどっちでもいいかも、って思うんだけどな。
そう言った岩崎の事を土屋は思い出す。
土屋と相賀が顔を見せると、岩崎はそいつが来る場所をすんなりと教えた。
剥き出しの鉄骨が組まれたままの工事現場。
白くぼやけた曇り空を目指して錆びた直線が伸びている。
建設途中で放棄されたらしいその場所は土屋も良く知っていた。
昨日の喧嘩もここだった。
そういう風に使われる場所だ、ここは。
鉄骨の間を風が吹き抜ける。破れたビニルシートが騒がしくはためく。
剥き出しの土や、何気ない物陰にまでどこか寒々しい空気が漂っていた。
土屋は首を巡らせる。
誰もいない。
まだ来ていないのか。
岩崎は、次の頭になるのがそいつでも土屋でも、どちらでもいいと言った。
どちらでも面白いだろうし。
そう言って岩崎は食えない笑みを浮かべた。
土屋はそれが少し気に入らない。
麓沙亜鵺の頭にどうしてもなりたいだとか、特に拘りがあるわけではない。
正直に言えば、頭だとか族とか、そんな枠組もどうでもいいんじゃないかと思っている。
ただ、なめられるのは好きじゃなかった。
だから土屋はここに立っている。
土屋は傍らで煙草を吹かしている相賀をちらりと見た。
工事現場の入口辺りをじっと眺め、うきうきと目を輝かせている。
切っ掛けがどうあれ喧嘩が出来る事が嬉しいんだろう。
「なぁ、どんな奴かな?」
「さぁ」
楽しげな声に土屋は素っ気無く返事した。
相賀はバカだ。
人を殴る事、痛めつける事が好きで好きで堪らない、どうしようも無い奴だ。
けれど、そんなバカとずっと付き合って一緒に喧嘩してきた自分も、きっと馬鹿なんだろう。
土屋は相賀と自分を、そんな風に思った。
ふと頭上で空が騒ぐ。
尾の長い鳥が一斉に飛び立つ影が見えた。
空に羽ばたきが満ちていく。
「土屋」
相賀の声に土屋は視線を空から戻した。
そこにそいつがいた。
敷地の入口辺りで一度立ち止まり、こちらの姿を見ると煙草を銜えてまた歩きだす。
土屋は近付いてくる姿を見て、顔には出さなかったがほんの少し、拍子抜けした。
背格好は土屋と同じか少し高いくらいだろう。
長身と言っていいが馬鹿みたいに体躯が良いわけでもない。
遣り難い相手には見えなかった。
着ているのはあまり見ない制服だ。どこの中学なのか分からない。
「……あんたが、緋咲?」
そいつは二人の前で緩慢に歩みを止めた。
切れ長の双眸が玲瓏とした冷たさを孕み、土屋と相賀を見比べる。
性格悪いな、あの人。
独り言のようにそいつは呟いた。
「おい」
相賀がうずうずしながら言う。
「だからさ、てめぇなんだろ?」
そいつは済ました顔で紫煙を細く吐き出した。
「……俺は、ここに来れば何か面白いもん見せてやるって言われただけなんだけどな……」
白い指が少し乱れていたタイを直す。
制服の袖の辺りに赤い小さな染みがついている。
それは、真新しい血のようだった。
土屋はその姿を凝視した。
微かな何かが頭の片隅に引っ掛かる。何かを思い出しそうなのに、どうしても思い出せない。
そんなもどかしさに土屋は内心驚いていた。
土屋を見据える瞳は、冷たい色をしている。
不意にそいつの唇が吊り上がった。
「何が面白いんだろうな」
酷薄だが形の良いそれには明瞭な悪意が浮かんでいた。
相賀が動く。
薄く微笑するそいつの顔を真正面から潰そうと拳を放った。
そいつは相賀の腕を軽く後に流し、そのまま踏み込んで土屋に肉薄した。
その反応の早さに土屋は目を見開いた。
半ば無意識に右腕が持ち上がったのは僥倖かもしれない。
次の瞬間、土屋は吹っ飛ばされていた。
右腕の感覚が狂う。
拳を受けた部分だけでなく肩まで重い痛みで軋んだ。
顔を上げると相賀と目が合う。
凍り付いたような顔をしていた。
その瞬間に土屋は理解した。
目の前の人間に、自分は絶対に勝てない。
痛みとは違うものが全身に走り抜ける。
厚い雲に覆われた空が、だらりと両腕を下げて立つそいつの顔に青白い陰影を作る。
整ったその顔が何か凄絶なもののように思えた。
視線が縫い付けられる。
嗤うそいつから目が離せない。
その時、視界の隅を掠めて影が動いた。
相賀だ。
地面に転がっていた鉄パイプを拾い上げる。拗くれたそれは昨日相賀が使ったものだ。
相賀の意図を理解した瞬間、土屋は制止しようとした。
その叫びが声になる寸前、相賀は身軽に跳躍し、頭の上まで鉄パイプを振りかぶった。
もしも当たれば只で済まないだろう。
しかし土屋の頭に浮かんだのはそんな事ではない。
微かな笑い声を、聞いたような気がした。
相賀の腕が振り下ろされる前にそいつの足が跳ね上がる。
爪先は綺麗な弧を描いて相賀のこめかみを蹴り抜いた。
地を蹴った軸足が着地しても、相賀の身体はしばらく落ちてこなかった。
相賀は奇妙な体勢で地面に激突した。
そして動かない。
土屋は静かに立ち上がった。
脳のどこかが麻痺しているようだった。
最初の一撃を食らった時に完全に打ちのめされたのかもしれない。
勝てない。
自分はこいつに勝てない。
しかし、それを理解する事と、受け入れて恭順する事は違う。
結局相賀と同じで、自分もやはり馬鹿なんだろう。
頭が悪いから身を震わせるどうしようも無い恐怖すら認めたくない。
冷たい瞳が土屋を見る。
土屋は黙ってその目を見返し、腕を下ろしていった。指先にあのナイフを感じた。
そいつは双眸を僅かに細め、動き出す。
土屋の手の中でナイフが翻り白刃が飛び出る。
その時既に相手はすぐそこまで距離を詰めていた。
土屋は距離を取るつもりでナイフを真横に振ろうとした。
しかし一直線に迫ってくる速度は土屋の予測を凌駕していた。
研ぎ澄まされた刃はそいつの鼻梁を掠める。
浅く切り裂いていくその感覚が土屋に伝わる。
土屋は息を飲んだ。
冬の湖のような瞳は、目のすぐ下を切られても瞬き一つしなかった。
射貫くような眼差しが胸の内で細く張り詰めていた何かを壊す。
その音を、土屋は聞いた。
「おまえ、あんましそういうの似合わないな」
その声と、強烈な吐き気で土屋は覚醒した。
身体の芯を鷲掴みにされて揺さぶられているみたいに気持ちが悪い。
閉じた目に光を感じるから顔は空の方を向いているんだろう。
なら、背中に感じているのは地面か。
しかし土屋には背中越しに感じる大地が蠢いているように思えた。
身体の平衡感覚が完全に狂っている。
苦労して目を開けると、誰かが顔を覗きこんでいた。
冷たい色をした瞳が土屋を見ている。
睫毛の長い影が硬質の表面で揺れているのを、土屋はぼんやりと見上げる。
「まぁ、いいか」
そいつは土屋の意識が戻ったのを見て、初めて楽しげに笑った。
鼻梁の傷から思い出したように赤い小さな雫が生まれていく。
「おまえら二人、俺が拾ってやるよ」
夜闇がざわざわと身を震わせていた。
土屋は首を巡らせ、緋咲を振り返る。
緋咲は単車に寄り掛り、一人静かに佇んでいた。
紫煙を燻らせるその姿は高見の見物をしているようにも見えるが、
冷たい瞳は詰まらなそうに狂騒の坩堝を眺めていた。
自分からこの喧嘩を仕掛けておいて、である。
土屋は口を開き掛け、不意に殺気立った気配を感じて前を向き直った。
木刀を振りかざしたデブが奇声を上げて突進してくる。
赤く濁った目の焦点は微妙に定まらず、どうも土屋ではなく後の緋咲を狙いたいらしい。
考えるより先に身体が動く。
次の瞬間そいつは白目を剥いていた。
そいつを殴り飛ばした拳を戻し、土屋はふと妙な気持ちになる。
今自分の後ろにいて、自分が守った人は、誰にも守ってもらう必要が無い人なのに。
そう思うと滑稽になる。
土屋は、はっと気付いた。
緋咲を見る。
相変わらず詰まらなそうな顔をして土屋を眺めていた。
その眼差しの理由を、土屋は理解していた。
「……頑張ってるなぁ、特攻隊長サン」
「あー、えぇ、まあ」
「お陰で俺はヒマでヒマで……どうにかならねー?」
緋咲が退屈そうにしているのは、
状況が五分五分どころか良くなってきたせいで自分のところにちっとも敵が来ないからだ。
「どうにかって言われても……これで俺が手ぇ抜いてたらそれはそれで怒るでしょ、緋咲さん」
「まぁな」
人の悪い笑みに、土屋は大袈裟な溜息をつく事で空しく抗議した。
その間にもまた背後から突進してくる気配がした。
土屋は肩越しに振り返りながら突っ込んできた奴の鼻を裏拳で潰す。
そいつの震える手からナイフが落ち、アスファルトに乾いた音を立てて転がった。
刃の反射する白く鈍い光が土屋の目を射る。
横たわるそれは土屋の視線を逸らさせなかった。
「……緋咲さん」
「ん」
「あん時、どうして……」
地面に崩れ落ちている人影を詰まらなそうに眺めていた緋咲は小首を傾げた。
「何だ、あん時って」
「その顔の傷ん時です」
土屋はナイフの根元を踏み付けた。
視線を上げないままその鏡面のような切っ先を見据える。
「もうちょっと、どうにかならなかったんですか」
緋咲は視界の外にいる。
その表情は分からない。
「あんただったら、もっと上手く出来たでしょ」
紫煙がゆっくりと流れていく。
緋咲は何も言わない。
「……そんな傷作る必要なんて無かった筈でしょ」
土屋は漸く顔を上げて緋咲の方を向いた。
緋咲の表情は、変わっていなかった。
「で」
「え?……あ、だから……」
「で、何だよ」
「その……、すいませんでした」
それは小さいが、はっきりした声だった。
一瞬、緋咲は虚をつかれたような顔をする。
それからふっと視線を外し、土屋から顔を背けてしまった。
土屋は今度こそ何を言ったらいいのか分からなくなった。
しかし、気付いた。
緋咲の肩が細かく震えている。
緋咲は片手で顔を押えるようにして、笑っていた。
一応、堪えようとしているらしいが、楽しげな笑い声を抑えきれていない。
「……ちょっと言ってみただけですよ。そんなに笑わなくてもいいでしょ」
不貞腐れて煙草を銜えた土屋に緋咲は自分のジッポを投げる。
ホント、馬鹿だな。
そう呟いた緋咲はようやく落ち着いたらしく、土屋の顔を覗きこんだ。
「悪いと思ってんなら、てめぇの仕事しろ。特攻隊長サン」
切れ長の双眸が土屋を真っ直ぐに見据える。
それから、治まりきらない喧騒に冷やかな侮蔑を向けた。
「あいつらの相手も飽きたな……潰すぞ。やる事は分かってんだろ?特攻隊長サン」
土屋は仄白い横顔をじっと眺めた。
そしてその冷たい眼差しを追う。
「……ちゃんと分かってますよ」
怒号に包まれた中へと足を向ける土屋の顔は、どこか楽しそうだった。
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あー、
原作だとここらへんの時間の流れがよく分からんので、部分的に捏造してます。
ハイ、いつもの事ですね。
土屋は相賀をバカだと言ってますが、きっと相賀は土屋の事をバカだと思ってるんじゃないでしょうか。
そんな二人の中学時代は学ランという事で。
えぇ、僕の趣味です。おかげで緋咲さんの制服が謎になってくれました。
原作だと緋咲は私服だろってツッコミは無しでお願いします。
ところで、バタフライナイフは好きですか?
僕は好きです。
もしかして陳腐な印象を持っている方もいるかもしれませんが。
やはりあのブレードが出る瞬間が好きなんですよ。
あまりクルクル回して遊ぶとどこかの芸人さんになりますけど。
もうWORKSに帰って寝る。