『七夕には二人で怪談でも』
何時間か前に日は落ちて、コンクリの屋上はもうひんやりとしていた。
座りこんでいた時貞は、ふと顔を上げ空を仰いだ。
街の明かりが強すぎて天の川はよく見えない。
ぼやけた夜空に低い唸りが響く。
ヘリの赤いライトが流れて消えた。
時貞の傍、緋咲もフェンスに寄りかかって空を見上げた。
片手にはビール缶がある。
「今日、七夕だろ」
唐突に時貞は話を始めた。
いつものことなので、緋咲はビールを一口飲み、ぼんやりとそちらに顔を向けた。
「琴座のベガと」
時貞の指は冷めたコンクリートに星図を描きだす。
「鷲座のアルタイルがこういう位置にあるから…」
その指は素早く、淀みもない。
「…で、こんな風に天の川があるから、川をはさんで二つの星が向かい合っているみたいに見える」
緋咲はもう一度夜空を見上げた。
少しは暗さを増していたが、やはりぼやけたような夜空だ。
「……見えない」
「明るすぎるんだ。こんなとこじゃ星は見えない」
「ふぅん」
「もっと真っ暗なとこに行かないと。山ん中とか、海の上とか……ああ、そうだ」
何か思いついた時貞の顔には気紛れな微笑が浮かんでいた。
「怖い話してやろーか」
「ハァ?なんでそうなんだよッ」
呆れた声に時貞はにんまりと笑う。緋い瞳が猫のように煌く。
「夜の海で思い出したんだ。……怖ぇの?緋咲」
「バーカ」
緋咲は顔を顰め、時貞の前に座り直した。
その手の中で空になったビール缶がパキンと軽い音を立てる。
時貞は、ぬるくなった自分のを一口飲み、淡々と話し始めた。
「夏にな、彼女妊娠させた奴が……」
「ちょっと待て」
「ん?」
「……やっぱいい」
「なんだよ、まだちょっとしか言ってないだろ」
「嫌なんだよ、そういう話を知ってる奴から聞くの。生っぽくて」
「あー、わかる。なんかホントの話かもって思うんだよなー」
時貞はまたビールを一口飲み、ぼやけた空の中どこかに消えたヘリの赤い光を探した。
「……で、ソイツまだ中坊だったから…」
「いいって言ってんだろ」
「大丈夫。ここから怖いから」
「人の話聞けよ!だいたいその先どうなるか分かったから言わなくていいッ」
「分かってんなら別に怖くないだろ」
「別に怖がってねぇよ!」
退こうとした緋咲の腕を掴んで時貞はわざと顔を近づけ囁いた。
「赤ん坊生ませるわけにはいかないからって、ソイツは彼女を……」
「いいっつーのッ!!」
そして時貞は……
二人が夜の屋上から帰るには、まだ当分かかる。
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別に緋咲さんはびびりーな人じゃない。
でも怖い話が好きなわけでもない。
そこらへんの感覚は普通の人っぽい気がします、たぶん。
で、時貞つんはそんなのどーでもいいと思ってそうです、はい。
帰る。