今日は晴れた。
花を買った。
人を殴った。



『 cut out 』



もう殴らないでとそいつは言った。
涙と鼻血混じりのその声があんまり哀れで
相賀はまた拳を振り下ろす。
丁度頬骨を殴った堅い感触。
そんなに痛かったのか
そいつは目の下あたりを押さえて派手に転げ回った。
ねじれた泣き声が耳障り。
狭い路地裏にそれが反響するので
「うるさい」
相賀はそいつの顔をコンクリートの壁に叩きつける。
腕の下で鼻骨が潰れた。
悲鳴を上げかけた口を壁に捻じ込むようにして黙らせる。
声にすらならない痛みがそいつの身体をガクガクと震わせた。
「うるさいって言っただろ」
面倒臭そうに相賀は言い、ようやく腕から力を抜いた。
ぐにゃりとそいつの身体が横に傾ぐ。
相賀はその顔を覗きこみ、
血と泥と、涙でぐしゃぐしゃのそいつがまだ意識を手放せないでいるのを見て
口の端を吊り上げた。
「んじゃ、もう一度聞いてみようかー?
てめぇが舐めた口きいた、俺はどこの誰かなー?」
見開いた目に相賀の笑いが映る。
眼球が大きく震えるせいでその像は歪んで見えた。

スイマセンスイマセンスイマセンスイマセンスイマセン…

濁った音がそれだけを繰り返す。
「ねー、教えてくれよ」
小首を傾げる様に笑い、相賀はずっと左手に持っていたものでそいつを薙ぎ払った。
弾けた音は酷く軽い。
その感覚に、相賀はまじまじと自分の左手を眺めた。
赤や青や黄
色とりどりの花弁が はらはらはらはら散っていく。
手の中の花束は
首を折られて恨めしそうに相賀を見上げていた。
小さな赤い花の、可愛らしい頭がぽとんと落ちる。
自分が責められたような気がして
「…あーあ」
相賀は嘆息した。
肩を落とし悲しげに顔を歪める。
そしてその手で
逃げようとしていたそいつの頭を横薙ぎにした。
千切れた花首宙を飛ぶ。




見舞いには、花なんじゃないかなと、人に言われて行ってみた。
そうかもしれない。
だってあの人の病室はあんまり真っ白で
たぶん寂しい。
だから
退屈そうで眠そうで、
ずっと煙草ばっかり吸っているあの人の病室を
溢れかえるような花で埋めてあげたい。
そしたら少しは喜んでくれるかな。
花屋の兄さんは笑顔の人で。
どんな人に花をあげるのと聞かれた。
そんなの決まってるでしょ。
『好きな人』
俺の答えに、花屋の兄さんは更に笑顔。
好きな人に送るならとびきり綺麗じゃなくちゃダメだと言って。
赤や青や黄の
色とりどり花の名前を一つ一つ教えながら花束を作ってくれた。
花のことなんか知らないし、どんなのがいいかも分らないし。
悪いけど兄さん。
俺にはあんまり意味ない知識だ。
けれど
その花はたぶん、綺麗なんだと思う。

けれどそれを壊すのは酷く簡単なことなんだ。


花屋を出て歩く、空は晴れ。
気分がいい。
でも、やっぱり拾うんだ。道に転がるちっぽけな悪意を。
まったく嫌になるけれど、どうしたってそれを許しちゃいけないんだ。
だから
花束持った手を片方空けて
こっちに背中向けてふざけたコト喋っているそいつに近づいて
襟首捻って引き寄せたら、後は



そうして花のことは忘れてしまった。きれいなきれいな花のことはすっかり頭になかった。
ごめんなさい。



千切れた青い花弁がそいつの顔に貼りついていた。
だから相賀はまた殴る。
ぶっ倒れたそいつを花束ごと踏みにじったら笑えてきた。
「バーカ……」
血の色に染まった虚ろな眼窩はもう相賀のことを見ていない。
引き攣れた唇だけがうわ言のように許しを請う。
相賀は笑った。
「どーしたの?顔色悪ぃよ?キミ。さっきみたいに言ってみてよ。
麓沙亜鵺が、何だって?ねぇ。俺頭悪いからもう一度言ってくれないとわかんねーよ」
軽く、顔を蹴る。目の辺りを狙って。
「ねー」
もう一度。
「ねー」
もう一度。
ざらりとしたコンクリートや、そろそろ動かなくなったそいつの上を、綺麗な欠片が舞っている。
この千切れた花はなんて名前なんだっけ。
忘れてしまった。
ただ理解しているのは、
地面を這うそいつと、酷く苛立っている自分との関係だけ。
相賀はそいつの腹に重い蹴りをいれた。

「相賀」

自分の名を呼ぶその声を、誰のものかすぐに気づいたが
相賀は蹴るのを止めなかった。
するともう一度声をかけられる。
その声が充分に苛立っているのに気づき、相賀はようやく振り向いた。
「よ、土屋」
煙草を銜えた土屋はなんだか渋い顔をしていた。
「よ、じゃねーよ、バカ。いい加減にしとけ」
その咎める口調に、相賀は素直にそいつから離れる。
しかし土屋を見上げる双眸にはまだ底冷えのする光があった。
「そんなに怒んないでよ。コイツがあんましムカツいたからちょーっとシメてただけだろ?」
「バーカ」
土屋は言い切った。
「てめぇのはシメてんじゃなくてイジメてんだろ。ウゼェな」
あんまりはっきり言われた相賀は苦笑いをしてみせる。
土屋は深く紫煙を吸いこんで、地面に転がっているものに目をやった。
その眼差しを追い、相賀は唇を歪める。
「…だってコイツが悪いんだぜ?麓沙亜鵺なめてるコイツがさ…
俺は別に…前みたいに自分の好きで喧嘩してるわけじゃねーよ。
けど、ウチのことなめてる奴は許せねーだろ?土屋」

それが、たとえどんなにちっぽけな悪意でも、許されてはいけないんだ。
喧嘩する理由はその一つだけでいい。
他にはいらない。
煩わしいものは全部削ぎ落として、ただ透き通るくらいに研ぎ澄ませた
この牙は、ただ一つの理由のために、
あの人のためにあればいい。


土屋は答えずに紫煙を燻らせながら
相賀の双眸の奥に沈んでいる冷たい熱を眺め、
ただ一言、キチガイと呟いた。
相賀は口の端を吊り上げる。
「てめーもお仲間のくせに」
その言葉を土屋は鼻で笑い飛ばした。
「お仲間でもなんでもいいけどよ…あんまり遊びすぎんな、探すのに手間取る」
「そーいや、俺に何か用なの?」
「どうせならもっと面白い遊びに誘ってやろうと思って、な」
煙草を銜えた口許にどこか剣呑な笑みが浮かぶ。
「なに?なんかあんの?」
「爆音小僧」
相賀はその単語の意味することをすぐに理解した。
「爆音の特攻隊長サンが呼んでるってよ…俺達を」
「へぇ…」
楽しそうに笑う相賀の双眸にも剣呑な光がちらつき始める。
「確かにそっちの方が面白そーだな?
特攻隊長サンが来てくれてるんなら、親衛隊長サンも出て行かないと悪いね」
「しかもな…ソイツ一人らしいんだ」
「一人〜?何ソレ。カッコイイーわソイツ」
「だろ、だからさっさと行ってやらねーとな…」
にっと笑って土屋は歩き出した。
相賀もついて行こうとしたが、ふと踏みにじられた花束を目にする。
首から折れた小さな可愛い花
きれいなきれいな赤い花を
まだ地面に転がっているそいつの口に突っ込んであげた。
「いじめてゴメンね?」
笑顔で謝っていると土屋に軽く頭をぶたれた。
「いてっ」
「さっさとしろって言ってんだろ」
「だってムカツクんだもん。
この花だってほんとは緋咲さんトコに持ってくつもりだったのにさー」
すると土屋はぴたりと動きを止めた。
「…は?」
そしてまじまじと相賀の顔を覗く。
「花って…誰に」
「だから緋咲さん」
土屋はしばらくじっと相賀を眺め、どうもふざけているのではなく本気なのを理解すると
おもむろに視線を逸らした。
「おまえ何だよその態度ッ」
「…何でもねーよ……うん、まぁいいんじゃねーの、たまには」
そう言いながら、土屋は決して相賀と目を合わせなかった。
ただ、口許が微妙にひくついていたかもしれない。
土屋は相賀に背を向けてさっさと歩き出した。
「……どーせ今日は緋咲さん病院にいねーし、よかったな、色々と」
何が色々なのかよく分からない相賀は小首を傾げる。
「なーんだ。じゃ、ドコにいんの?」
「知らねー、朝からいねーし」
「使えねぇ奴」
「うるせぇなッ」
邪険に言う土屋から煙草をもらいながら、相賀は詰まらなそうに言った。
「ふぅん、いねーの?
じゃ明日行ってみよーかな……土屋も一緒に行く?」
それを聞いた土屋はようやく相賀と目を合わせ、
「いや、やめとく」
妙にはっきり言い切った。

















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えー、たぶん何度もどこかで言ってる気がするんですが
僕ん中で相賀は、犬です。走狗です。ワンワンです。
飼い主以外にはガブガブ噛み付くように躾の行き届いた犬コロです。
というか麓沙亜鵺はまるごとそんなイメージが…

爆音の特攻隊長サンは無論アっちゃんです。
12、13巻の横須賀にアっちゃんが行った話というのは割と好きでして。
でも…マンガだと緋咲はそこらへんの件知ってるけど、
小説だと知らない筈なんですよね。
土屋と相賀がその話を言えずにドキドキしてました。
…何ででしょうね、緋咲はどうやって知ったんでしょうかね。


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