たいとる : 『二月のゆるふわ愛され系』
ながさ :短い
どんなおはなし :地球お久しぶりのハルと二月の風物詩。 GL/蝙蝠前提だよ。


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生物は、その身体機構に惑星由来の単位が組み込まれている。
惑星の自転と公転、昼夜の長さと潮汐力の変化は、特に地表付近で進化した種の身体構造や内的機構、その生態を、
根本から規定する要因となり、生物は整然と反復される(かのように見える)天体運動に従ってきた。
それは個体に自己意識が芽生え、やがて種として暦という文化を持つに至るより遥か以前のこと。
そして、グリーンランタン隊は実に多種多様の星の出身者によって構成される。
ほとんどの成員の生得的、文化的単位がそれぞれ異なるので、組織として機能し、活動するために、
統一単位としてオアのものを採用し、“リング”が齟齬のない意志疎通を助けている。
で、あるから。
ハルも宇宙にいる間、基準となるのはオア時間。
地球が何月何日何曜日など考えない。
考えたとして、正確に把握するのはリングの役目であって彼でない。
よって、偶々彼の生まれ故郷に(比較的)近い(と言えなくもない)セクターに赴くことになったとき、
ハルの頭に浮かんだ“地球はそろそろいつ頃だろう”は、ワームホールをくぐりながら“たぶん二月?”へ変わり、
地球の二月の歳時記は薔薇の花束とチョコレート、ハートでいっぱいの街並み等々。
思い浮かべてみれば、北米大陸を見下ろす上空。
そして、

「ハッピー・バレンタイン! そんなもん全然ちっとも関係ねェ寂しー奴のために優しい俺が帰ってきました!
 メシおごれ」

悪名高きバットケイブを強襲した時点で、ハルは本日を二月十四日であると定めていた。
それが正確な日付かどうかなど知らない、少々ずれていたとして困りもしない、一輪の花とてない根無し草。
けれども、昼夜を問わず陰気な穴蔵に引き籠る友人の、俗世の塵芥など興味ございませんという澄まし顔が、
ハルを一目見た瞬間眉を顰めて厭ぁな表情をする、ただそのために、ハルは百億光年を越えてここに帰る。
性質が宜しくないと彼自身思わなくもない。
が、

「ぎゃーッ!?」

その口から滅多にない悲鳴をあげさせたのは、奥の岩陰から大儀そうに現れた男の姿。
今日は尋常な人間の形をしており、黒髪もそのまま、物憂いような胡乱な眼差しに透明なゴーグルをかけ、
異様なのはその首から下。
“肉屋”、という言葉がまず真っ先にハルの頭に浮かんだ。
吊り下げられた肉の塊をチェーンソーで解体する、あのエプロンと肘まで覆う手袋が、べっとりと赤く汚れている。

「煩い。 お前の声は響く」

と深みのある声が平素と変わらず冷淡に。
それがいっそう殺人鬼めいており、ハルは知らぬ間に心を病んでいた友人のために嘆いた。

「おまえ……いつかやらかすとは思ってたけどな、殺るならその前に言えよ!
 ピエロか? カカシか? あーもう酷ェ有様……」

言いながらハルの口元は笑っている。
少し近づけば独特の臭気からそれが何かの塗料らしいことはすぐに分かる。

「死体ちゃんと処分出来んのか? 手伝ってやろうか?」
「……事象の地平面に近づき過ぎたな。 狂いが生じたのは時間だけでないらしい」

ゴーグルに点々と赤い飛沫を散らしたブルースは、冴えた藍色の瞳でじろり。
指を伸ばしてくるハルを牽制する。

「知覚能力、総合的な判断力が著しく劣化している。 地球の医療では回復が見込めないのにどうして戻った。
 ……ああ、そういえばお前の不条理は元からだったな」
「そーゆークソ可愛くねェことしか言わないおまえがホントは俺のコトだいしゅき! だから、
 俺のために奉仕する機会を作ってやろうとわざわざ帰ってきてんだ。 ありがたく思え」

と、言ったのはハルだが、そんな戯言など一太刀で切り捨てる男が、手袋を外しながら何かを考えるように一言。

「今夜は、誰もいない」

一夜の過ちを両手の指であまる程度に重ねた相手だ。
昼間の回数が少ないかといえばそうでもなく、常識からすれば「今夜は誰もいない」はお誘いの言葉になるが、
珍しくハルが即座に応じなかったのは、目の前で素知らぬ顔をしている男、ブルースは常識の方が裸足で逃げ出す。
頭の回転が凄まじく速いのは確か。 だが、一般的な回転とは逆方向で互換性もない。
一般の御家庭にあるものからとんでもない危険物を生成するのは得意でも、
年齢相応の、四児の父親に備わってしかるべき生活感覚は、完全に欠落している。
この広すぎる屋敷に、そんな奴が独りきり。
(大丈夫か、こいつ。)
微かに去来したその思いは、実態に即した危惧だ。
(それでも一瞬ぐらりときたのは仕方ない。 セックスの相性だけは良い。)
ハルが黙って片眉を上げたのを、ブルースは分かったのか分かってないのか、

「着替える。 ついてこい」

血塗れのエプロンを無頓着に投げ捨て、天然の岩肌から生えたようなエレベーターへ足を向ける。
「ついてこい」と言ったくせにさっさと閉じようとするドアの隙間からハルは滑り込んだ。
そしてブルースの顔を覗き込みわざとらしく、にやり。

「おまえにしちゃー、わかりやすい。」
「お前は常に破綻している」
「いーや、さっきのは素直でいい口説き文句だった。 ティーンにも無理だな」
「訂正しよう。 今夜はアルフレッドが不在で客に茶を振る舞うことも出来ない。
 申し訳ないがそのあたりに転がっているビーカーで水道水でも飲んでくれ」
「ビーカー水道水!」

案の定の真心に、ひひっとハルは笑う。

「じゃあ今日は、客のもてなし方から教えてやろう」

ウェイン邸だからといってエレベーターが特別広いわけでない。
一歩をつめれば無機質な空間の二人、吐息を感じるほど近く、瞳に映る影の深さを覗き込む。
くちづけを、あとわずかに足りないそれを埋めるのは、けれどハルでなく、まだ触れてもなく、
焦れたように鷲掴みに引き寄せるのは、客を迎え入れた主の務めであるべきだ。
凍えた両眼の底、紺青の嵐に雷光を閃かせて。
しかし、

「着替える」

音もなくエレベーターのドアが開き、ブルースもさらりと離れていく。
そこは天井まで届く書架が円形の壁を覆う、美しい図書室。
大理石の暖炉の裏にドアが隠されているのが古典的で、全くこの屋敷らしいとハルは思う。
秘密の部屋がきっと至るところにあり、幽霊のすすり泣く廊下の奥に拷問部屋があるのだろう。

「どうせ脱ぐだろ」

書架の方を向いてハルは唇を尖らせた。
文句があるのは稀覯本の数々並ぶその蔵書の方だと言いたげに。
そんなハルに一瞥をくれることなくブルースは部屋を後にする。

「出掛ける」
「……なんで」
「ディナーだ」
「はぁ?!」

流石、蝙蝠とは名ばかりの冷血動物。
はるばる宇宙の彼方からやってきた友人を飢えさせておいて、自分はどこかの誰かとデートだ。
ハルは、その場にぱったり力尽きた。
眠い。
眠りたい。
手足を投げ出して寝転んだのが廊下だとして、どうでもいい。
異臭無し、異音爆音無し、ガンマ線バーストの真っ只中にいるわけでなし、
お屋敷の廊下は寝るにも悪い場所でなく、大富豪の広くてふかふかのベッドなんか望んでもいない。
(せめて地球の肉が食いたかった……。)
いつの日かそれは彼の遺言として記されるだろう。

「嫌か」

声は、頭の上からハルへと墜ちた。
目をうっすら明けると、いつのまにかそこに立つ影は、陰惨な暗雲渦巻く氷の孤峰。

「えー、べつにー、好きにすればぁー?」

ハルは両の拳を目の上に置いてふたをした。
すると、

「……不味くはないが特別美味くもない、価格相応の食事とサービスを提供するダイナー」
「ん?」
「ビッグベリーゴッサム限定の趣味の悪いスペシャルセット」
「それ、」
「宅配ピザ」
「待って、何でグレード落ちてくの」

あからさまな溜息が回答だと言うように、

「お前の味覚は10歳児以下だ」
「他の誰に何言われてもおまえにだけは言われたくない」

ハルの拳は指を解いた。 その両掌で顔を覆う。 何を守りたいのかはよくわからない。
ふたをしたはずが喉のずっと奥で一顧だにされなかった僅かな可能性が俄かに弾み出す正体不明の発作。

「お前はとうに忘れただろうが、この星には誕生日を祝うという風習がある」
「……そうなんです?」

指のすきまからそっと見上げた、雲の絶え間。
藍色はにこりともしておらず、ハルは耐えきれず遂にふきだす。

「ハッピー・バースデー、ジョーダン」









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だいしゅき。
だいしゅきだけと、あんまり伝わらないといい。
なんかこう、人間の飼い主とペットのトガゲみたいな関係。
飼い主のほうはトカゲのこと可愛がって大事にしてるけど、トカゲが飼い主をどう認識してるかは飼い主には永遠の謎なのだよ。
まあ蝙蝠なんですけどね。
そしてお春さんは一定以上の予算の話になると自動的に自分を選択肢から除外するといいです。
美味しいとこディナーつれてってもらっても、最終的に落ち着くのは夜が白むまで営業してる川沿いのダイナーとかです。
角の席でなんかふつーにだらだらしてなよ。 あそこのカップルいつまでいるのみたいな目で見られなよ。


『アメリカン・サイコ』→『悪魔のいけにえ』。 特に意味はない。
本当は『マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン』のツルハシが良かったな。
実際のところぼっさまも蝙蝠もバレンタインなんかクソ忙しそう。








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