たいとる : 『えびばでポッキー』
ながさ :短い
どんなおはなし :今年も11月11日です、間に合わなかったけどな! バリー×ブルースだよ。



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1年目。 「そんな日もあるんだね」というバリーの隣、ブルースは地獄のように黒いコーヒーを飲んでいた。
2年目。 バリーはいちご、ブルースは宇治抹茶。 早々に飽きたブルースはほとんどをバリーにあげた。
3年目。 バリーは反物質砲と心中、ブルースはうっかりオメガサンクション。
4年目。 時間の消失点で再会した二人は、キスをした。



5年目の11月11日午後9時11分。 バリーはまだ職場にいた。
『腹が減って死ぬ』という親友のメールには、『冷蔵庫の適当に食べて』。
まだ帰れない。
役所が6時に閉まっても、7時15分に通報を受けた殺人事件を警察が捜査しないわけはなく、
犯行現場での証拠採取に立ち会ったバリーがラボに戻ってきたのはつい先程。
仕事はこれから始まる。

科学は、答えに至る百の可能性を一つずつ潰して次の百への扉を開くことだ。
零から一を飛び越えて百に至る天才もいるだろうが、バリーは自分が凡人であることを承知している。
けれど、百ある可能性の一つずつ、誰より速く潰すのは、地球上の誰にも負けない。


日付も変わった頃、セントラルシティ警察の科学捜査研究所のゲートを一人の男が通過した。
もちろん守衛はIDを確認し、カードスキャンもクリア。
三十代前半かという男は、癖のある黒髪に黒縁の眼鏡、
少しくたびれた白衣のポケットに片手を突っ込み、もう片手にはテイクアウトの袋。
夜食を買って戻ってきた所員に思える男は、だが、そのIDカードは偽造されているだけでなく、
機器に通しても記録が残らないという優れもの。
堂々とラボに侵入し内部を闊歩する。
やがて、一つのドアを開けた。
皓々と照明のついた室内には誰もいない。
いや、隅に白衣を着た一人。
窓際に設けられた所員らのための休憩スペースの、ソファで少しうたた寝を、
というつもりが、すっかり寝入ってしまったらしい。
ついこの間まで学生だったと言っても通じそうな童顔で、白衣の下に着たTシャツはキャプテンキャロット。
口の端からよだれが垂れている。
侵入者は音もなく忍び寄り、相手が無防備に眠る様を確認すると、
傍にあるテーブルにワンタン麺と海南チキンライスを置く。
そして、白衣のポケットからすらりと取り出したのは、暗殺者のナイフ、
ではなくて、途中の自販機で買ったポッキーだ。
眼鏡を外した侵入者はブルース。
起きる気配のないバリーと、室内に置いてあるさまざまな器具や検査装置とを興味深げに見回す。
別に、死体と凶器に誘われてセントラルシティに現れたわけでない。 出張だ。
何故だか誰も事前に教えてくれず、会社に行くとそのまま空港に連行された。
(秘書も執事も伝えたと言うが、スケジュールについては是非意識がある時に話をしてほしい。)
バリーに連絡するのは、憚られた。
勤務中であるのは承知しており、何より、彼のセルフォンは持ち主でなく、
地球にいたりいなかったりする居候が手にしている可能性がある……。
迷う内に予定された視察を終え、これから会食、という合間にニュースが事件発生を伝えた。
今夜は忙しいだろうと察しがついた。
(しかし、顔を見ずに帰るというのは、元から選択肢として考えてなかったように思う。)
即席の変装姿のブルースは、改めてバリーの顔を覗き込む。
良く眠っている。
きっと事件解決の糸口が見つかったのだろう。
その寝顔の安らかさを、飽きることなくしげしげと眺め、そのうち、滅多にないことだが、悪戯心が湧いた。
おやつにと買ったポッキーに手を伸ばし、封を開ける。
好んでいたような覚えがあるだけで、さして理由があって選んだわけでない。
しかし、細いチョコレート菓子を摘まんで一本抜き出し、ブルースはそれを眠る人に近づけていく。
甘い先端を下唇にそっと、触れるか触れないか。
やがて、ごくかるく。
唇の感触で遊ぶ。

「……バリー」

名前を呼べば、答えるように口が動き、唇の隙間に注意深くポッキーを差し入れていくと、
動物的反射か、それとも寝惚けているのか、素直に食み、咀嚼し出す。

「君はもう少し、警戒というものを身につけるべきだな……」

言外に呆れたと告げながら、ブルースは微笑んでいる。
その観察力と推理力、ビリオネアプレイボーイの仮面に反して、素顔のブルース・ウェインは筋金入りの朴念仁だ。
木石の方がまだ人情の機微を解するだろうと言われるほどの、当人も自覚ある無愛想無愛嬌。
しかし、よくよく傍らで注意している者は、知っている。
彼の声や、眼差しには、言葉に表す以上の豊かな陰影、幾重の綾の揺らぎがある。
優れた聴覚を持つクリプトニアンに尋ねたならば、特に彼がある友人の名前を口にする時、
そこには独特の柔らかな、甘やかな響きが込められていると述べるだろう。
その事実を、世界最高峰の探偵は知らないが。

ブルースはただ、ほんの少しの遊び心。
半ばまで失せたポッキーをバリーの口から取り上げると、
代わりに自分を。




ところで、無論この時バリーの意識は覚醒していた。
寝た振りをしているのは突然わっと驚かせたかったのと、ブルースにイタズラされるなんて滅多にない経験で、
(彼の膝に眠っている子猫達を乗せて椅子から立ち上がれなくさせるのはバリーだ。)
だから、いつ目を明けてやろうかワクワクしていると、口からポッキーを取り上げられ、
あれ? もう終わり? と思う間に、唇になにか、優しいものが触れた。
ポッキーよりもあたたかい。
やわらかい。
それが何か考えようとすると胸の鼓動がどんどん速くなり、どこか切なさも混ざっているような。
バリーは目を明けた。
ソファの下、ブルースが両膝をついて見上げている。
その手に静止したポッキー。
突然子猫達に囲まれた時、ブルースはほとんど表情を変えないまま、どうしたらいいかわからない、という顔をした。
あの時と似た、何も言わない上目遣いの、けれど目許は桜色。
真珠のような歯をちらりと覗かせ、ポッキーの残りを唇で挟む。
バリーは、震えるような両腕でブルースを引き寄せた。
胸の内から駆け出そうとする気持ちを抑えなければ、振動で指が透過しそうだった。
差し出されるチョコレートの片端を銜える。
唇と唇が重なるまで僅かもない。
目の前で藍色がちかりと瞬いて、微笑。
バリーも笑って、彼と溶け合う。



長いキスの後、ブルースはすっかりバリーの腿を跨いでソファの上にいた。

「ここは適切な場所ではないと思うが……」

と言いながら、白衣を腕から抜いて床に落とす。
彼のベルトを外してシャツの中に手を這わせているバリーも、

「そうだよね、職場だもんね……」

口ではそんなことを言うけれど、微笑みを浮かべた唇とキス。
もう一度キス。 何度でも足りないからキス。
夜の終わりまで二人、しっかりと抱き合って、
キス。












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11月11日ポッキーの日。
ワンタンメンは汁無しシンガポール風
バリーさんぐらい徳が高いとメシと大富豪が向こうから一緒にやってくる。
翌朝、職場に泊まったのになんでそんなツヤツヤしてんのか聞かれる。
この二人ならどんだけイチャイチャしてたっていいじゃないか。
3年目と4年目のあれそれは気にしちゃダメだ。





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